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鬼を抱きし人の血脈

天魔波旬監視局業務①

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 あれから六日経過して時刻は午前六時。今日は故郷に帰る日だ。
 リビングダイニングキッチンではくが朝ご飯を作り、鷹尾たかおはテーブルにノーパソを置いてタイピングをしていた。
 おにぎりとみそ汁と卵焼きと漬物をお盆に置き、二人掛けのテーブルに運ぶ。鷹尾はノーパソを収めてお盆を受け取ると食器をテーブルに置いた。魄が入りきらなかったお茶を持ってきてテーブルに置くと席に着いた。合掌をして「いただきます」と声をそろえると食事が始まる。

「さっきの報告書?」

 食べる前に魄が質問すると、鷹尾は漬物を食べながら頷く。

「そう。深夜に倒した時刻と種類と数を逐一報告する。報告を怠ると説教が飛ぶから本部はうるさい」

「東京って妖魔の数多いからねぇ」

 故郷では年に三回ほど遭遇すれば多い妖魔も、東京では一日に十回からニ十回は遭遇する。基本的に小石を投げる程度の労力だが、こう数が多いと面倒である。
 倒す数が多くなると報告も多くなりことさら面倒だ。と鷹尾は深い溜息をつく。
 彼は鬼を使役できるため、国の特殊組織『天魔波旬監視局てんまはじゅんかんしきょく』に所属している。文字通り妖魔を監視する組織だ。

 壱拾想一族と分家は元暦時代に無理やり組み込まれ、近畿地方をメインに陰で活躍していた。鷹尾も生まれたときから構成員候補だった上、十八歳になった春に天魔波旬監視局に呼ばれて公安系公務員の手続きを受けさせられた。故郷の県を担当していたが、魄と一緒に東京に来た際にこの地区の担当に異動させられた。
 東京はどの区でも妖獣の数がけた違いに多く、四六時中報告書を作っている状態だ。

「しかも家の用事で二泊三日帰省するって言ったら、ここぞとばかりに沢山仕事振ってきやがった。食べたらすぐにもう一軒の目撃場所いかないと。はーあ。故郷の方が楽だったなぁ~」

 溜息をつきながら卵焼きを箸で割って口に入れる。

「その……異動させてごめん」

 小さく呟きながら、魄は肩身が狭そうに視線を泳がせて箸を噛む。
 自分の目標に付き合ってもらっている引け目がある。天魔波旬監視局てんまはじゅんかんしきょくの仕事は鷹尾しかできないからだ。式鬼しきである魄は実戦以外関わることがない。まして業務関連では蚊帳の外のため任務に積極的になれとも言えない。

「二年……いや、あと一年半ほど我慢してよ」

 鷹尾は箸の先端を魄に向けてタクト棒のようにゆらゆら揺らす。

「なに言ってんだよ。資格とったら今度は就職して店の経営ノウハウを勧められるはずだ。二年か三年か知らないけど、その期間中はここで仕事しろって言われる」

 魄はなんとも言えない表情を浮かべた。

「東京は妖魔が多いうえ人手不足だから、俺に数年ほど居てくれってさ。こんなに頻繁に出没しているならすぐに百鬼夜行がおこりそうなもんだけどなぁ」

 妖魔が一定以上増えると百鬼夜行が起こり人の精神状態を異常にさせてしまう。そうすると交通事故・殺人事件・集団自殺・暴動などが多発して治安が悪くなってしまう。

「なら、最低でも五年……ほど……ですか」

「そうなると思う。まぁ、技術のノウハウは実際に働いてみて気づくことも多いから、魄にとって勉強になるんじゃないか? 卒業したら就職して経営についてみてこいよ。少々時間かかってもいいからさ」

 鷹尾が音を立てずにみそ汁を飲む。
 魄よりも三年ほど早く社会人になった言葉に感動を覚える。

「そんなことを言ってくれるなんてすごい。子供のころは」

「タンマ、それはもう引き合いに出さないでくれ」

 嫌そうに顔をしかめる鷹尾を微笑ましそうに眺める魄。孫を愛でる祖母のような雰囲気を感じて、鷹尾はやれやれと首を横に振った。
 
 幼少時の鷹尾は大変我儘で乱暴だった。魄は五歳にもなれば大人思考になっているので、鷹尾の面倒をみることが多かった。
 鷹尾は年下の女子にあれこれ言われるのが気にいらず暴言を吐いていた。そのため二人は犬猿の仲であり、いつも取っ組み合いの喧嘩をしていた。
 だが魄は鷹尾に勝てた試しがない。少しくらいの傷はつけられるが、『主を傷つけてはいけない』という意思が働くため常に手加減していたからだ。いつも悔しい想いをしていたのを今でも思い出す。

 月日が経ち成長の過程で善悪の分別がつくと鷹尾の態度が変わった。魄に暴言を吐くことはなく、取っ組み合いの喧嘩することも減った。妖魔と戦闘時は興奮状態に陥るため暴言や無茶ぶりをすることが多いが、あの頃と比べたらマシである。

 魄はにっこりと微笑んだ。

「ありがとう鷹尾」

「いいって。出稼ぎにきたつもりだし。まぁ、彼女作るつもりでもあるし、あー合コン断ったのちょっと残念だった」

 さらりと発言を受けて魄は目を見開いた。

「あ。そっか。タイミング悪かったね」

「べつに、好みじゃないから断る口実ができてラッキーだ」

 さっき残念って言ってなかったっけ? と魄は笑顔で毒づいた。
 食べ終わった鷹尾は両手を合わせてごちそうさまと呟く。空になった食器を重ねて椅子から立ち上がると、流しに持っていく。魄は鷹尾の動きを目で追いながら怪訝そうに眉をしかめた。

「ちょっと聞くんだけど、東京で嫁探しするなら私のことどう説明するの? 最初からわかっている人の方がいいと思うけどなぁ? あと実家にお見合い写真沢山届いていなかったっけ?」

 人の恋愛に口出しはしたくないが式鬼について理解できるかどうかが問題である。
 故郷の者だと魄の存在は認知されているので、鷹尾と共にいたとしても仕方がないと理解してもらえる。しかし事情を知らない人間からみれば彼女と間違われるかもしれない。
 同級生たちもわりと顔が整っている子多いけど。と器量の良い女子を数人頭に浮かべたところで、ハッと気づく。

「あーそっか、わかった! 職場で彼女探すんだね。天魔波旬監視局に勤めている人なら私のことわかるし。もしかしたらもう気になる人いるの?」

 少しだけ好奇心を出すと、流し台からガチャっと食器がこすれる音が大きく響く。どうやら鷹尾が乱暴に皿を置いたようだ。魄は腰を浮かせながら、手が滑ったのかな、とシンクを覗こうとしたら

「皿は割ってない。手が滑った。

 淡々とした口調で行動を制した。魄はすぐに椅子に座り言われた通り食事を続ける。
 鷹尾は食器を水で濡らし終わり、ハンドタオルで手を拭きながらテーブル横に置いてあるノーパソを抱えると、魄の横を通り抜けて自室へ向かった。リビングに三つドアがあり通路に近いところが鷹尾の部屋になっている。
 ドアを開けながら鷹尾はため息をついた。

「はー。憶測で言われるとイラっとする。さっさと食って現場に行くぞ」

 機嫌が悪くなっているのは激務のせいだろうと考え、魄は何も言わず頷いた。

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