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第二章
十
しおりを挟む「――キキ、疲れてはいませんか?」
「大丈夫です。有り難うございます、照灯様」
「菓子があれば良かったのですが……いけませんね、心の余裕もなくしてしまっては」
「照灯様……わたしはお菓子を求めるほど幼くは……」
「何を言うのです。キキはもっと幼くないといけません。甘えるのも幼子の仕事です」
照灯が入れ直してくれた茶の入った湯飲みに唇を触れさせた後、困った顔をしているキキを見て咲久夜は笑った。
「そういえば、菓子など久しく食べていないな。まあ、出雲へ行った時の楽しみにしておこう」
一時の静寂が流れる――窓からの夜の風は少し肌寒いが心地も良く、山の空気はどこまでも澄み、こうして茶を嗜んでいると今が戦の世とは夢のようにも思える。
(菓子のことを思い出すなど……)
先日までその存在も忘れていた。いや、京から離れて一年以上、そんなことは気にしなかった。
――安らぎを感じることなどなかった。
(本当に妙なる童女)
こんな穏やかな気持ちになるのも一年振り……それも全てキキのお陰だった。
怒りを忘れたことはない。だが、復讐に囚われ恨みに変わっていた。恨みは鬼を生む……鬼は人を喰らう。鬼を生んだ心は人を人で無くす。陰陽師の初めに教えられることだ。
それを鬼気持ちと呼ばれる少女に教えられるのも不思議なことだった。だからこそ、確信もする。
「――キキ」
顔を向けるキキに、咲久夜は伝えた。
「お前を、姉上に会わせようと思っている」
「姉上様……花知流様に」
「そうだ」
キキは何かを変える者かもしれない……その気持ちが強くなっていた。先程もそうだ、盲目になっていた目を開かせてくれた。
陰陽寮当主である花知流に会わせれば、もしかすれば戦自体に変化を起こせるかもしれない。
「咲久夜様、では、出雲に」
那都の言葉に咲久夜は頷く。
「そうだな、できるだけ早く行きたいところだが」
「しかし、須佐殿……武家の者達はどういたしますか?」
「ふむ……確かに、わしがいなくなれば、直ぐにでも京に行きそうだな」
先程の評定を思い出し、咲久夜はふっと息を付いた。
「須佐殿の気持ちは分かるが、気合いだけではどうにもならぬ。我らが負ければ天守様を護る者が居なくなる。天守様が居なくなれば、この国は終わる」
「…………」
「どうした、キキ?」
「わたしが聞いてもよろしいのですか?」
「言っただろう、遠慮は無用だと。お前は遠慮が過ぎる、もっと自由にしていい」
「有り難うございます」
キキはお礼を伝え、一拍の間を空け続けた。
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