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コンビニの営業スマイルは高くつく
しおりを挟む俺が仕事帰りに通うコンビニの店員は多分、世界一愛想がない。にこりともしないどころか、口をへの字にしっぱなし。長い巻き毛で目元を隠し、猫背でうつむいてばかり。唇を微動だにせず、蚊が鳴くような声量で物言うから「いひゃいまふへ」「あひひゃひょそさいはひた」といった具合で、はっきりと聞きとれたことは一回もない。
「よくクビにならないな」と感心するが、レジのやりとりはスムーズだし、人が並んでもあっという間に捌くから、仕事ができるのかもしれない。人によって態度を変えるでなし、安定に世界一愛想がないし。
もとより「コンビニのレジは接客業ではない」「コンビニのスマイルは高くつく」との認識なので、行きつけのコンビニのレジが、舌打ち連発インド人から、世界一愛想がない新人くんに変わっても、どってことなく、店を変えるなんてこともなく。仕事帰りの立ち読み、ビールとおつまみ購入の日課をつづけていた、ある日のこと。
会社の同僚と飲んで、いつもより帰りが遅くなったその日も「ウコンを買って帰ろう」と思いながら、立ち読みしていて。「いらっひゃいまへ!」と喚くのが聞こえた。
そりゃあ、耳を疑った。だって、入店したときレジには、世界一愛想がない彼しか見当たらなかったのだから。
「なになになに?どういうこと?どういうこと?」と動転しつつ、棚に隠れてレジのほうを窺えば、ぴんと背筋を伸ばし「いつものですね!」と天井に声を張り上げる新人くん。上官の命令に応じる兵士のようで、ただ、その顔は上気しているし、前髪からは、瞳のきらめきが覗けて。
「どうぞ!」と表彰状を授与するように差しだしたのは煙草。「おお、いつも気が利くな」と現金を渡したのを恭しく両手で受けとり、レシートをもらわずに「じゃあ、仕事に精だせよ」と歩きだした男に「あひがとうおざいました!」とまたも、噛み噛み裏返り挨拶。
くく、と笑いを噛み絞めつつ、棚のそばを通り過ぎた男は、明らかに、その筋のお方。コンビニの前に横づけした黒光りの車に、仰々しく人に扉を開けてもらって乗りこみ、颯爽と去っていって。
「怖くて、媚を売っているのか?」とレジのほうに向きなおるも、頬を赤らめたまま、去った車の残像を、うっとりと眺めているような彼。今時の軟弱そうな若者にして、Vシネオタクか、他の理由で、その筋のお方に憧憬を抱いているのかと、考えるのが妥当なところ。別に俺だって、そういう目で新人くんを見ていなかったはずが、勝手にフラれたように思い、胸が軋んだもので。
その筋の方は常連なのだろう。だとしたら、同じくらいの時間帯にいけば、また遭遇できるかも。と考え、フラれたようなショックを若干、引きずりつつ、好奇心から、翌日も赴いたところ。
今回は立ち読みしつつ、外を窺っていたので、黒光りの車が停車したのを見て移動。横目でレジが見えるポジションにつき、棚のものを物色するふりをして観察。「いらっひゃいまへ!」にはじまっての、新人くんの赤面噛み噛みぶりも、二人のやり取りも、昨日と変わらなかったものの「じゃあ」とその筋の方が去ろうとしたら「あ、あの!」と声を震わせつつ、一段と甲高く。
「ん?」と足をとめ、振り向いたのに、泣きそうな顔をしたのもつかの間「今日、バレンタインなんで!」と深々と頭を下げて、両手を突きだした。持っているのは、一口サイズのチョコ。
「男女関係なく、ご来店した方に差し上げているんでしゅ!」
「惜しい」と思いつつ「いや、これより前にレジを終えた客は、チョコ持っていなかったぞ」とツッコむ。まあ、ばればれな嘘に気づかないでか、気づかないふりをしてか「おお、ありがとよ」と満更でなさそうに受けとり、とどめの一言。
「こんなのもらうの久しぶりだから、なんか、照れるな」
「じゃ、ごくろーさん」と手を振って退店したのを「ありがとうございました」と見送ることなく、しばし顔を真っ赤に直立不動のまま。黒光りの車がいなくなって、大分経ってから、両手で顔を覆い、長々とため息をついた。
「もう乙女じゃん」と、でも、笑えなくて、やっぱり、なんだか失恋したよう。世界一愛想がなく、つれない彼のハートを射止めた、その筋のお方に抜け駆けされたようで、悔しいのかもしれない。「いや!勝負はこれから!」と奮発して○ーゲンダッツを十個、籠に入れ、さあ、レジへいざ尋常に!
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