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デイジーの受難
大路の迷走①
しおりを挟む嫌な予感がしたのだ。
ライブでメンバー全員でトークをしていて、俺の同級生の前林が酒に酔うとキス魔になるという話題になったときから。
よりによって、三村くんがこう言いだした。
「酔った前林にキスをされてないのは、デイジーの中じゃあ大路だけじゃない?」
「げ」という俺の心の声は、耳が割れんばかりの、ファンの黄色い声にかき消された。
ファンはありがたく、大切にしないといけない存在だけど、このときだけは「シャラップ!」と一喝したくなった。
もちろん、咄嗟に唇をかんだしプロのアイドルなのだから、顔色を変えることもなかった。
大体、「シャラップ!」と一喝するべきは、俺の思いを知りつつ、今一自覚の足りない恋愛音痴の三村くんだろう。
出演していたドラマがヒットしたことで、デイジーの他のメンバーより一足先に俺は顔と名が売れた。
映画やドラマ主演も務めるようにって忙しくなるにつれ、どうしてか足並みをそろえるようにグループが売りだされないで、むしろデイジーでの活動は減っていった。
どうやら事務所や業界のお偉いさんが、俺を独立させるか他の人気グループに加入させるか、考えての動きがあったらしい。
「どうして、皆と一緒に居られないのだろう」と首をひねりつつも、仕事に追われて考える暇はなく、そうして、デイジーとは切り離されたように、ピンで活動をしてプライベートを過ごす時期がしばらくつづいた。
そのころはまだ、俺は未成年。
なんとか事務所や業界のお偉いさんの意向を、角が立たないように退け、売れてきたデイジーに合流し、あらためてグループ活動をはじめたときには、成人をしていた。
未成年のころ、メンバーと離れ離れになっていて、寂しくてやるせなかったのが、メンバーでも三村くんへの恋心だったからだと、成人してデイジー再出発するのを機に、自覚させられた。
一旦、自覚してしまったなら、酒の席で酔った勢いや冗談でも、同性とキスなんかしたくなかったし、三村くんの目の前で、尻軽にできるわけがないではないか。
まあ、三村くんは俺の前で、酔った前林に思いっきりチューされていたけど。
酔った席での同性による悪ふざけキスを必死にしのいできて、操を立てているつもりだった相手に、何万人もの前で他の男とキスをするよう促されるとは。
いや、もちろん意地悪をしているわけではなく、メンバーからもファンからも恋愛について「鈍感」「無粋」とこきおろされている三村くんなだけに、俺に好かれているということを、あまり意識していないのだろう。
すこしは自意識過剰になってほしいものだ。
そう苛立っているうちにも、「キース」「キース」の大合唱になって、手拍子も合わさりライブ会場を揺らさんばかりになった。
俺の思いを知っている前林は、「いやいやいや」とはじめは抵抗していたものを、ファンサの鬼の異名を持つだけあって、ポケットからリップを取りだして、唇に塗りたくっている。
一段と黄色い声があがって騒がしい中、前林が間抜け顔でリップを塗るのを見てだろう、「ハハ」と笑う三村くんの声が耳を打った。
いい加減、頭に血が上った。
深く息を吸いこんで、「分かったよ!キスをすればいいんでしょ!」と黄色い歓声に負けじと叫んで、勢いよく後ろを振りかえった。
それまで俺は前林のほうを向いて立っていた。
そして、背後には三村くんが立っていて、先まで前林に語りかけていたこともあって、距離を詰めていた。
案の定、背後を向けば一歩ほど先に立っていて、他人事のように微笑ましそうに見ているその人に向かって、大きく足を踏みだして手を伸ばした。
手を頭の後ろに添えつつ、前のめりに顔を突きだして、踏みだした勢いのまま唇に口づけた。
唇をかるく食むようにしてから、上体を起こすと、俺の手にのけ反った頭を乗せたまま半歩ほど退いた体勢で、そりゃあぽかんとしていた三村くんは、一瞬だけ頬を強張らせた。
僅かな反応だったから、巨大なスクリーンに映っていても、気づいた人はほとんどいないだろう。
気づく間も与えないで、三村くんは腕で口元を隠して「あほ」と目を伏せた。
主演はなくても、ちょこちょこと演技の仕事をしているだけあって、恥ずかしがって悩ましげな表情を見せるのがさまになっていた。
演技と分かっている俺でも生唾を飲みこんだともなれば、ファンが黙っているはずがなく、とたんに鼓膜を破裂させるような黄色い絶叫が湧いた。
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