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スキャンダラスで破滅的な恋を

吉谷のスキャンダルな恋①

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俳優、吉谷俊介、三十五歳。

十五歳でスカウトされて、その年にオーディションに受かりドラマデビュー。
二番手を演じたのが評判になって、ドラマデビューをして間もなく仕事の依頼が殺到した。

これまでにない所属タレントのフィーバーぶりに、大手ではない事務所が歓喜した一方で、そんなに仕事が忙しくなるとは思ってもみなく、公立校に入った僕は、仕事と高校生活の両立を死に物狂いでしたもので。

どうにか、穴を開けることなく仕事をこなしていき、高校卒業を果たすと、そのころにはバブルのような仕事依頼三昧も落ちついていた。

顔と名前が広く知れ渡り、大手でない事務所が対応や管理に慣れてきた頃合でもあったからだろう。
その後は高校のときほど、引っ張りだこになることはなかったけど、年に三、四回はレギュラーの仕事が依頼され、それでほぼ固定された年間スケジュールが組まれつづけた。

ドラマ、たまに映画、舞台で、ニ、三番手を演じることが多く、落ちることも上がることもなく、そんな安定した地位、安定したスケジュールで俳優業をつづけ、かれこれ二十年。

まだ主演作がないのが、痛いところとはいえ、浮き沈みが激しい芸能界で、良くやってきたほうだと思う。

子役からつづけている俳優にすれば、芸歴二十年は殊更、誉められるほどではないけど、僕の場合は「よく、二十年ももったな」と不思議がられることが少なくない。
というのも、同じ年月、有名な女優との交際が絶えなかったからだ。

デビューしてから、仕事の依頼が継続してあったように、女優との交際が途絶えることもなかった。

それでいて「遊び人」という悪いイメージはつかず、相手とは交際中も、別れてからも、問題になったことがなければ、週刊誌で冷やかされ弄ばれることも、交際相手に情報を売られたこともない。

たまに取材などで、遠まわしに「女性関係でトラブルにならない秘訣は?」と聞かれることがあるものの、自分では特別なことをしているつもりはなかった。

ルールがあるとすれば、告白されても、すでに自分が交際していたら断るし、既婚者とは決して交際しない、というくらい。

中には、相手が別の人と交際しているのに、僕に告白してくるパターンもあるとはいえ、隠していたとして何となく勘付くので、その場合はすぐに応じずに、事務所に調べてもらったりするなど、芸能人として基本的対処をするまでだ。

そう、僕は基本的なことしかしていない。

相手が嫌がることをしない。

相手の求めに応じる。

相手を気遣い労う。

マスコミを敵に回して、周りから冷たい目を向けられるような事態になるのを避ける。

中でも、心を砕いているのはマスコミ対策だった。

まず、交際することになったら、あえて、悪どい大手の週刊誌に情報を流す。
マンションから交際相手と一緒にでてくるところなど、一番いいショットを、独占的に撮らせスクープにさせてあげる。

そういった手柄を与えてやれば、週刊誌はある程度満足してくれるし、交際相手にしろ心の準備ができ、化粧や服装で外見を整えて、マスコミのカメラの前にでていけるから、不満はないようだ。

その後は、交際関連のインタビューを積極的に受け、なるべく記者の質問に応えるようにする。

どこまで話していいかなど、交際相手と事前に相談した上で、主に僕が矢面に立ち「前の(大麻で捕まった)彼氏のことを、どう思ってますか?」とぶしつけな質問をされれば「僕は過去に拘らないほうなので」と笑って受け流す。

たとえ、そうして応えをはぐらかしても、質問に一つ一つ丁寧に応えるだけでも、時間を割いて心を砕いてくれたと思う記者は、割りと感謝してくれ、記事も悪いようにはしなかった。

頑なに隠そうとしたり、人権侵害だと責めたてようものなら、マスコミはむきになって、嘘やでたらめを流布するのも辞さなくなる。

丸きり嘘やでたらめだろうと、読む側は気にしないし、むしろ大袈裟だったり刺激的な記事を読みたがるものだから、部数や売上げの伸びにつながる。

訴えられたとして、週刊誌の売上げの額を前にして、賠償金など微々たるものとなれば、痛くも痒くもないと思うわけだ。

訴えられるリスクを恐れていないし、元々「週刊誌の記事を真に受けるほうが悪い」という風潮があるので、無責任で裏のない記事を書くのに彼らは躊躇いがない。

ただ、「マスコミは卑しいハイエナのよう」と軽蔑されているのを、意外に気にしているのかもしれない。
だから、そう見なして噛み付いてくる相手には容赦ないのだろう。

偏見や悪いイメージにとらわれず接しれば、逆に結構、容赦をしてくれる。
その見方は甘いと苦言されることもあるけど、二十年、血祭りにあげられなかったのだから、マスコミとの関係は良好といえる。

案外、ファンからも反感を買っていない。元々、年上の女性人気が高いせいか、ファンは大目に見てくれてバレンタインデーのチョコの数は、毎年さほど変動はなく、交際相手のファンから剃刀の刃の入った手紙を送りつけられることもなかった。 

マスコミに騒がれてマイナスのイメージをつけたり、仕事に支障をださせるような、彼らの女神を貶めることをしないからだろう。

もちろん僕は普段から、彼らを傷つける発言をしないよう心がけており、そうした配慮を買ってくれて、交際相手のファンは「変な男に駄目にされるよりいい」と容認してくれているらしい。

とはいえ、だ。

いくらマスコミやファンの理解を得ているといっても、僕の恋愛遍歴が、不特定多数の人の関心を引き好奇心を掻きたてるのに、変わりはない。

交際相手とトラブルにならずクレームもないからこそ、だったら、どうして別れるのか、結婚までいかないのかと、却って疑問に思うというもの。
「そんな一途でなんで結婚できないんですか?」と勘ぐられもするけど、僕はにこやかに、こう応じる。

「別れるときはほとんど、僕がフられるんですよ。
相手は優しいから、僕を責めたりなじったりしませんが、僕に何かしら問題があるのかもしれませんね。

女性は鋭いですから。
結婚ともなると、ふさわしい相手か、きちんと見極めるのでしょう」

僕から別れを切りだしたことがないのも、別れた理由がはっきりしないのも本当だった。
ただ、言っていないことがある。

フるときの交際相手の態度が、皆、似通っているということだ。

彼女たちは責めたり、非難してはこずに「あなたはできた人」と誉めつつも「私にはもったいない」「私ではつりあわない」「だから一緒にいるのが辛い」と涙を滴らせる。

はじめは、彼女たちの言葉を真に受けずに、僕の欠点や至らない部分に原因があるのだろうと思ったけど、誰もマスコミにネタを売ったり、テレビで暴露しなかったからに、本心だったものと思われる。

僕は彼女らが言うほどできた人間ではない。
が、彼女たちにそう思せる、僕の何かが彼女たちを遠ざけているのだろう。

その正体は分からないまま、くるもの拒まず交際をつづけていた僕だけど、芸歴二十年目にして、はじめて一ヶ月近く、恋人不在のままでいた。

仕事で少し騒がれてイメージダウンした影響もあるとはいえ、声をかけてくる女性がいないわけでもない。

中には、イメージダウンした今が、ねらい目と見ている女性もいるようだ。
が、僕はいつものように流されることなく「え、だって今、フリーですよね?」と粘る彼女たちに、胸を痛めつつも首を横に振った。なぜなら。

楽屋でぼんやりとしていたら、ノックの音がして、間を置かずに「今、大丈夫ですか?」と相手が踏みこんできた。

椅子から跳びあがりそうになったのは、驚いたからだけではない。
「あ」と言ったきり声を失くした僕は、ぼっ、と音が立ちそうに顔を熱くした。

「わ!吉谷さん、どうしたんですか!?」

明るい茶髪のくるくるパーマがプードルのようと、ファンにもてはやされるだけあって、両手で口を覆って跳ねるさまも愛らしい。

これまたプードルのような黒目がちの潤んだ瞳を向けられて、「尊い」とファンのように涙ぐみそうになったもので。

今回の出演ドラマの主演にして、僕より十歳下の若手俳優。

僕は彼に恋をしていた。



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