魚、空泳ぐ町

ルルオカ

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黒猫の妾

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一目惚れした自覚を、改めてしたなら、しかも黒猫に扮した黒田を目前にしては、平常心でいられず、生唾を飲みこむ。

すっかり逆上せて目を回しながらも、「似合うか?」の問いを放置しておけなく「はい・・・」と譫言のように呟いた。

目を細めて、口角を高く上げた黒田は、「ほくそ笑む猫のようだ」とうっとりする健二に口付けた。
舌をだしながらも、入れてこないで、唇を舐めあげ、ついばむように口付けを落としては、舐めるのを繰り返す。

猫が猫に毛づくろいするようだった。

しきりに頬ずりしつつ、口元に舌を這わて、頬を包んでいた両手を、そのうち下に滑らせていった。
顎から首、喉仏、鎖骨、胸、腹へと、体の輪郭を掌でじっくりとなぞるように。

子供の戯れのような手つきだったが、濡れた服に這う手は、指の揺れがしなやかなこともあって、どこか艶ぽっく、視覚的にだけでも、長くお預けを食らった身には辛いものがあった。
すでにズボンの締めつけは痛いほどで、呼吸も獣じみて荒々しくなっている。

折角、黒田が猫のように、じゃれついているのだから、「かわいい子猫ちゃんめ」と健二も悠々と、愛でるように撫でたいところ。

すこしでも触れたら、とたんに歯止めが利かなくなり、その頭を鷲掴みにしかねないほど、もう自制心は尽きそうにない。

まだ、序章もいいところで、早くも追いつめられているのは、溜まりに溜まっているからだった。
前に黒田と体を重ねて以降、自慰もしてなかったのを後悔しても、時すでに遅しだ。

百合耶家の最後の当主を見送った後、健二は黒田に交際を申しんだ。
黒田が肯いてくれて、正式な恋人関係になれたにも関わらず、それから今に至るまで、体を重ねることはなかった。

「屋敷でエッチはできないよ」と交際することになって、まず、黒田に注意をされたからだ。

「前は、企みがあって、わざとしたけど、恋人になったあんたを、もう危険な目には合わせられないし」

あくまで屋敷限定だったとはいえ、黒田が部屋にこもりっぱなしでは、禁欲を強いられているのと変わらず。

まあ、屋敷にこもっていたのは、短編集の刊行に向けての仕事や、長編の連載の準備に、忙しかったせいもあったから、それらが一段落するのを、待ちわびていたわけで。

ただ、空を泳ぐ魚が、猫とシャボン玉なって消え、水槽が粉々になった今、屋敷で行為に及んでも、もう邪魔者が池から跳びだしてくることはないだろう。

と、考えたのもあるし、黒猫の黒田を前にして、いい加減、据え膳もいいところだったから、腰を掴んで引き寄せた。

濡れたシャツ越しに、腹筋を撫でていた黒田は、互いの固いのが擦れたのに「っあ・・・!」と甘い鳴き声を漏らし、倒れかかってきた。
黒田も余裕がないらしく、脱力しきって健二の肩に顔を突っ伏し、息苦しそうにしている。

布越しに擦れるのがもどかしくも、突き上げたい腰を、どうにか留めた。
黒田の息が整うのを待ってあげたくありつつ、聞かずにはいられなかったからで。

「あの、パ、パンツ、はいていないんですか」

擦れたときに、ズボンの布が薄っぺらく思えたのだ。
黒田が無反応なのに「前は、はいていましたよね」と畳みかければ「あ、揺らさない、で」としがみついてくる。

間近で揺れる猫耳に、目を眩ませながらも、深呼吸して待つことしばし「そ、そう」と肩に頬づりするように肯いた。

「基本、一人で、いるときは・・・ノーパン。
前は、あんたと、まだ、交際、してなかった、し・・・さすが、に、よく、知らない、男と、いるときは、パンツ、はく、だろ」

「え、じゃあ、いつからノーパンに?」

「あんたが、交際を、申しこんで、きて、から・・・」

交際を申しこんでから二か月が経っている。
その間、屋敷では禁欲を強いていた一方で、黒田は何食わぬ顔をしてノーパンで、健二の目の前をうろついていたという。

「なんと無体な!」ともんもんとしつづけた、この二か月を思い返せば、抗議をしたいところ。

そんな不服など、そっちのけに、「ずっとノーパンだったのか!」と思春期の男子並に、めだたく鼻児を噴きそうになった健二は、胸を上下させ、呼吸を荒くした。
にわかな息の乱れに気づき、黒田が顔を上げたところで、噛みつくように口付けをする。

かるく頭突きをするように、しきりに顔の角度を変えて唇を食み、そのたびに舌をいれて、かき乱す水音を立てた。

幾度も勢いよく舌を突っこまれて、舌をからめとられ口内を舐め回され、早々、腰が抜けたようになった黒田を、その背に腕をまわして、徐々に倒していった。

床板に組み敷いたなら、口から抜いた舌をそのまま頬に滑らせ、涙を舐めとる。
ついでに舌なめずりして、上体を起こせば、人をこけにするように、猫耳とノーパンで散々煽ってきた男が、処女のように固く瞼を閉じ、腫れたような赤い頬にひたすら涙を滴らせている。

垂れっぱなしの涎を、親指で拭いつつ、背中を支えていた手を抜いて、そろりと腹へと滑らせた。
全身ずぶ濡れな健二と密着していたから、黒田の服もうっすら水気を含んでいる。

濡れた布越しの肌触りは、直接、手を滑らせるより、いやらしいようで、ぐちぐちと、へそに指をねじこむと、すかさず唇を噛んで、黒田が顔を背けた。

噛んでいる唇の隙間から、親指を入れて、一方でへそからは指を抜いて、下に滑らせ、固いのを撫で上げる。
歯を食いしばろうとして、親指を噛んだのに、驚いたように口を開けたから、その隙をつき、ねっとりとした指つきで下を撫でれば、「あ、は、ああ、あ・・・」と猫耳を揺らして、熱く吐息をした。

掌は当てずに、表面をなぞるように五本の指を滑らせ、耳にくすぐったい水音を立てる。

「は、ああ、あ、や、ん、あ、あ、ん」と親指を甘噛みして喘ぎながら、黒田は頑なに目を背けていたが、その顔を正面に向けさせようとはせず、健二のほうから耳元に口を寄せた。
乱れる黒髪から覗く、赤く染まった耳に「ふ」と笑い、息を漏らす。

「濡れた布越しのほうが、形が生々しく感じとれますね」

囁いただけで、手つきを変えたわけでないものを、「あ、ば、ん、か、やあ、ああ、あ、あ、あ!」と涙目で睨むようにしつつ、小さいを悲鳴をあげた。
腰を揺らすのを止めなくなり、元々濡れていた布を、内側から滲ませて、しとどにする。

濡れた布が張りついて、より形が浮き彫りになったのを、思い知らせるように、指先で細やかになぞり、いちいち水音を立てた。
と同時に、口から抜いた親指で、胸の突起をシャツ越しに擦って、反らした首を舐めてしゃぶる。

達するには足りない、マッサージに毛が生えたほどの愛撫だったが、「は、あ、ん、や、ああ、も、ん、も、う・・・」切羽詰まったように、黒田は息を切らし、首に埋まっている頭に頬ずりをした。
返事をせず、顔も上げずに、首に噛みつき胸を揉みつづけた健二は、むしろ下の手を退ける。

そっけない手つきながら、すぐに焦ったようにスラックスの前をくつろげて、剥きだしになったのを、黒く濡れた股間にすり寄せた。

てっきり、お預けを食らうものと、切なそうな、ほっとしたような息を吐いた矢先のこととあって、そう強く擦られたわけでないのに、「あ、ああ!」と腰を跳ねて、甲高く鳴く。

指で表面をしつこくなぞっていたように、水音を立てながら、剥きだしの先や側面を、ゆるゆると擦りつける。
黒田も濡れた布越しに、その生々しさを覚えてだろう、逃げる腰つきをしつつ、じれったくもあってか、もどかしげに体をくねらせ、健二の髪を食んだ。

しばし髪を食ませてから、腰を留めないまま、健二が顔をあげれば、すこし間を空けて、涙と涎まみれの顔が、振りむいた。
カチューシャがとれかかって、猫耳をずらしつつ、前髪の合間から、涙をたたえた瞳で物欲しげに見つめてくる。

艶めく黒目で惑わしてくるのに、理性をとばしそうになったが、奥歯を噛みしめて、黒田の腰が揺れないように、両手で押さえつけた。

涙を散らし、不安そうに瞳を揺らめかす黒田に、らしくなく健二は露悪的な笑みを浮かべる。

よく人に「このお人好し」と呆れられ、自分でも呆れて「心の広さは海のようですから」と自惚れるのでなく、自虐することがある。

そんなお人好しを絵に描いたような健二でも、さすがに二か月、「待て」と鼻先に手をかざされながら、目の前でノーパンでいられたことを、易々と許すことはできないようだった。





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