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魚、空泳ぐ町
⑰
しおりを挟む睫毛を跳ねつつ、黒田はすぐに返事をしないで、一つの質問が、食費に当たる対価になるか、考えているらしい。
そのうち、飲んだようで、伏せていた目を、やおら向けてきた。
了承されたものと見なしながらも、聞きにくいこととあって、長く間を空けてから「あの」とおずおずと切りだす。
「シングルマザー支援団体が、突然、閉鎖されたことがありましたよね。
そのとき、何があったんですか」
この二週間、健二は料理だけに、かまけていたわけでも、捜査の手を抜いていたわけでもない。
黒田の素姓を調べてから、ずっと引っかかっていたこと。今、問いかけた件について、深追いをしていた。
はじめは、百合耶家の当主が、契約違反をしたと見なし、黒田を切り捨てたものと考えた。
ただ、そうだとしたら、百合耶家を恨んでいるだろう黒田が、忌まわしい屋敷に再度、訪れ、しかも住みつくはずがない。
車椅子の彼女の世話を甲斐甲斐しくしてもいるし、それを見て、ふと思いついたのだ。
揉めたのは百合耶家と黒田だけでは、なかったのではないかと。
そう、疑わしいのは、二人の間を取り持っていた支援団体だ。
こういった支援団体は、悲しいかな、不正をしやすい。
おまけに、世間ずれした資産家となれば、格好のカモにされる。
百合耶家の当主は、できるだけ資産管理を自らしていたという。
屋敷だけでなく、お金に関しても、人に干渉されなかったのだろうが、なにせ、資産が天文学的桁だから、どうしたって、目が届ききらない。
慈善事業を隠れ蓑に、詐欺をはじめ、資金洗浄や税金対策などをする、ずる賢い悪党は、目が届ききらない、その隙をついてくる。
分かりやすくいえば、黒田へ渡す、報酬代わりの支援金を、ちょろまかしていたとか。
渡す予定の支援金を、多く見積もって請求していたとか。
長い間、そうして支援金を懐に入れていたのが、黒田の母親に緊急手術が必要となったとき、それまでの不正が祟って、露見をした。
横領をしていた首謀者は金を持ってとんずら。
元々、人間不信の当主は、裏切られたことで精神異常をきたし、もたついているうちに、黒田の母親は亡くなってしまった。
さもしい大人と愚かな大人に裏切られた黒田のほうこそ、百合耶家の当主を見損なって、母親が亡き後、堪えきれずに町から、でていったのかもしれない。
当主が亡くなっても、町に戻ってこなかったようだが、近藤貴文が亡くなったときは、警察が現場検証して間もなく、屋敷に住みついた。
どうしてなのか。
近藤貴文を手にかけた犯人に心当たりがあるからではないかと、健二は見ている。
黒田が見当をつけている犯人とは、横領の首謀者だ。
まんまと逃げおおせた首謀者だが、百合耶家の当主が亡くなったと知り、天文学的桁な遺産に目をつけ、また狙おうとしたのではないだろうか。
とりあえず、遺産の行方について調べ、出生届や戸籍がないものを、屋敷に住む車椅子の彼女が、新たな当主と嗅ぎつけた。
となれば、彼女に取り入ればいいと、算段をつけた。
が、彼女のそばには、管理人兼世話係の近藤貴文がつきっきりでいた。
白馬の騎士気取りに、彼女を守っているようで、計画の邪魔だったから、殺した。
というのは、飛躍した考えかもしれないが、黒田の母親を見殺しにしたような人物なら、やりかねないだろう。
そう、新たに彼女のお守役になった黒田の命も狙うはず。
ターゲットにされていると分かっていて、黒田は待っている。
近藤貴文、そして母親を殺した罪人を。
母親の死は、百合耶家の当主のせいでもあるが、すでに亡くなっている。
死なれたら、元も子もないと思い知らされたからこそ、もう一人の罪人との対峙を望んだのかもしれない。
対峙して、どうしたいのかは、分からないが。
殺人者が命を奪いにくるのを、待ちわびておいて、屋敷に男を置いている訳も、今一、分からない。
まあ、その点を除いて、胸糞悪い記憶しかないだろう屋敷に、黒田が居ついている不可解さを説明するには、これが何より、しっくりくる。
犯人の再来を待っている、と。
とはいえ、裏付けが取れない。
シングルマザー支援団体については、黒田と親しかったという、近所の老婆の証言によって知りえたものを、あらためて調べてみれば、役所に提出した書類など、見つけられたのは公的な記録だけ。
本命の団体が残した記録は、探しだせなかった。
公的な記録を調べても、横領した人物につながる手がかりはなく、代表者の名前が判明したところで、すでに亡くなっている始末。
記録にある名前を、片っ端から調べあげたとはいえ、行方不明だったり、連絡がとれても「なにそれ?」と覚えがないようだったりと、関係者から証言を得るのもままらないときた。
十五年以上前に、閉鎖されたとあっては、実態が掴みにくかった。
それにしたって、あまりに捜査の手応えがないものだから、そもそも、正規の団体ではないのかもしれないと、考えだした。
回りくどく、支援団体を介して、報酬という名の支援金を渡していた百合耶家の当主は、事情があって、黒田と直接お金のやりとりができなかったか、したくなかったのだろう。
また、極力、外部の人間に干渉されたくないという、難儀な人でもあるから、自ら、もっともらしいダミー団体を設立したとも考えられる。
それが「シングルマザー支援団体」だったのでは。
ダミー団体なら、看板を掲げた、はりぼてでしかないから、空っぽの中身を調べようはない。
ただ、仲介役は実在した可能性がある。
その人物が犯人であり、もしかしたら、仲介役の仕事の一環で、黒田と顔を合わせたことがあるかもしれない。
黒田は犯人を待っているだけでなく、顔を見知っているかもしれないのだ。
ともなれば、まっしぐらに質問もしたくなるだろう。
本当は、この閃きをしてすぐに、黒田には問いつめたかったものを、母親の死に関わることだから、中々、踏ん切りがつかなかった。
名目ができて、やっと問いを投げかけられたとはいえ、やはり心苦しさを拭えない。
黒田が無表情で、長く口を閉ざいしているから、尚更だ。
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