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黒猫の妾
④
しおりを挟む「密室殺人なんて笑止千万!鍵は、与志郎さんが開けたのですよ!」
宣教者が「アーメン!」と復唱を求めるような手ぶりをして、高らかに訴えたのに、大広間にひしめく屋敷の人間と警察関係者は、一斉に口をつぐんだ。
うち一人は、堪えきれなかったようで、おそるおそるながら「いや、鍵はかけられていたと・・・」と指摘するも「どうして、そう断言できるのです?」と間髪いれず、探偵に指を差される。
発言者の執事は声を詰まらせ、周りも応じなかった。
独壇場にふるまう探偵に圧倒されたのもあるが、首を捻る者もいる。
それらの反応を見とめて、探偵は小さく肯きつつ「屋敷中の人間に、聞きこみをしましたが」と声高らかにつづける。
「離れに行っていたのは、発見者の女中だけ、というじゃありませんか。
だというのに、その証言だけを当てにするのは、いかがかと思いますよ。
ご主人が鍵をかけていることについても、皆さん、女中の口からしか、聞いたことがないようでしたし。
私が聞きこみした限り、女中以外の屋敷の人間は、離れに近づかず、試しに扉のノブを回したこともないと、証言をした。
気になってはいたようですが、『下手なことをすると解雇される』と恐れていたとなれば、彼らの証言に嘘はないでしょう。
彼らが、そう恐れるほど、与志郎さんは気難しい人だったようですね。
普段は物静かでも、一旦、頭に血が上ると、手に負えなかったとか。
だから、父上ですら、離れには寄らなかったと、おっしゃっていましたよ」
「結局、鍵がかけられていたかどうか、確証はないのです」と説明し終えると「たしかに」「そういえば」と屋敷の人間はざわめいて、後ろのほうに佇む女中を見やった。
女中と探偵は、広間の隅と隅に立ち、ちょうど向き合う形でいた。
その間の人垣が割れて、お互い、あらためて見つめ合うことになる。
血の気がなく、白い顔をした女中が「私は嘘をついていません」とむきになったように告げたのに「ええ、嘘をついていません」と肯く探偵。
「どういうことだ」と広間がざわめきかけたところで「あくまで、聞かれたことに関しては」と付け加えた。
「あなたは離れの扉を開けた。
が、たまたま開いていたのではない。
与志郎さんが鍵を開けてくれた。
警察には、その部分を省略して告げた『だけ』。
詳しく聞かれなかったから、証言しなかった『だけ』でしょう。
周りにも、『わざわざ、知らせる必要がない』と判断をして、黙っていた。
『本当は逢引しているのではないか?』と問いつめられなかったから、黙ったままでいた『だけ』。
そうですよね?」
癇の触るような物言いに、女中は頬をひくつかせつつ、反論をしなかった。
口を利かない分、忌々しそうに睨んでくるのを、どこ吹く風で「あなたは幼いころから、屋敷で働いていて、与志郎さんに気にいられていたそうですね」と話の矛先が変えられる。
「化粧っ気がなく、こざっぱりした身なりからして、女嫌いな与志郎さんが、傍に置いておいても、苦にはならなかったようなタイプなのでしょう。
もちろん、色恋沙汰にもならなかった。
というより、あなたが自制をして、尚且つ、周りからそう見られないよう、気をつけていた。
あなたが女っ気をだして、噂が立つことになったら、与志郎さんが自分を寄せつけなくなるのが、分かっていましたからね。
女として報われなくてもいい。
どうせ、彼はどの女に見向きもせず、結婚しても妻を拒絶しているくらいだから、おそらく一生、誰とも添わないだろう。
結局、彼の傍に最期までいられるのは自分だ。
そう考えて、秘めた恋を通そうとした。
が、一生、誰とも添わないだろう、という見込みは甘かった。
この世には女だけでなく、男もいますから」
「男なんて」と悔しそうにこぼして、すぐに唇を噛んだ女中。
「珍しことではない。江戸時代から陰間茶屋はあったのですから」と冷ややかに探偵は見返す。
「あなたは、必死で恋を秘めていた。
そのことが裏目にでてしまった。
与志郎さんは、あなたにひどく無神経なふるまいをした。
あなたの心が荒んでいるのにも気づかず、いつものように、離れに招きいれた。
父上さえ寄せつけなかったのを、招きいれてもらえていたのだから、自分は特別と過信したのも、無理はない。
それとも、『声をかても、返事をしてくれない』『ノックしたら、ひどく怒られた』とあなたが吹聴して、人を遠ざけていたのかな?
それはともかく、彼ははじめて惚れた男のことを、嬉々としてあなたに語った。
あなたなら、『よかったですね』と分かち合ってくれるだろうと思って。
あなたにすれば、長年、血を吐く思いで自制してきた苦労が、水の泡となった瞬間だった。
もう、耐え切れなくなったのでしょう。それで」
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