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倒錯文学入水
八
しおりを挟む前に手が滑ってくる直前のことだった。
勢いよく開かれた襖がマス縁に叩きつけられる音がした。
意識を混濁させながらも、顔を傾けて見れば、敷居の向こうに仁王立ちの高井がいた。
さすがの山國屋も手を留めて見上げ、呆けているのだろう。
対して高井は燃えるような目で睨みつけ、何の一言もなく、体をひねり後ろに振り上げた足を突き出してきた。
僕からは見えないながらに、打撃の鈍い音がして、直後に食器が割れるなどの、けたたましい物音が立ったからに、蹴られた山國屋がふっ飛んだらしい。
吹っ飛んだ先を見ようとしたところで、上体を持ち上げられ、気がつけば高井の肩に腕を回されて引きずられていた。
はじめは驚きが勝って、ひたすらに高井の仏頂面を見上げていたものの、渡り廊下を通り室内に入ると、異常な体の昂ぶりを今更に思い出した。
通常ならともかく、一服盛られたとあっては、自然に萎えるわけがない。
どうした良いか、熱っぽい頭では判断ができずに、とりあえず離れようと体を力ませたら、気づいたらしい高井は、むきになったように引き寄せてきた。
すこしよろけて股間を擦ってしまい「あ」と甘い声と水音を鳴らしてしまう。
とたんに振り向いた高井は、着物の裾を割って覗かせている膨らみを見て、仏頂面のまま、顔色を返ることなく、横にあった襖を開けて部屋に入った。
使われていない座敷は暗く、襖を閉めると、ほぼ何も見えない闇に包まれた。
高井は夜目が利くのか、迷いのない足取りで歩いていき、辿りついたところで僕を後ろから引っ張って、座った自身に背中をもたれさせた。
真っ暗闇といっても襖の隙間から光が漏れているので、目が慣れれば、多少は見えてくる。
座敷は十畳ほどで、高井と僕が座っているのは部屋の隅だ。
ここなら大声を上げなければ、さほど人の耳につかないかもしれない。
そう思ったところで、高井の手が太ももの内側を滑っていった。
意図に気づいて、力の入らない手でそれを掴み「いい、自分で・・・」と高井の顔を振り仰いだ。
高井は一見、仏頂面のままで、暗がりで見る限り、細かい表情の変化は分からなかった。
とはいえ、健常な異性愛者なら、いくら相手が困っているからといって股間に手を伸ばすのは勘弁したいところだろう。
日頃から山國屋を嫌悪している高井なら尚更だ。
だから「自分で」と申し出れば、内心は安堵して退いてくれると思ったのが、高井は一旦は留めた手を躊躇なく滑らせ、もう片手で足を掴み広げた。
おかげで咄嗟に股を閉じることができずに、濡れた褌に触れられてしまう。
褌に手を添えられただけで聞くに堪えない水音が立って、全身が痺れるような快感が走った。
手を動かされたらと戦々恐々とする間もなく、濡れた褌ごと扱かれて、波のように押し寄せた水音と快楽にあっという間に飲みこまれ「あ、ああ、あん、やあ、あああ・・・!」と達した。
散々焦らされてのやっとの発散は、得も言われぬ解放感があったが、まだまだ体は火照って胸の突起も濡れた褌も張りつめたままだ。
荒々しく扱かれたものだから、布がずれて半ば剥きだしで透けている上に、僕が高井の手を持ったままで、まるで人の手を借りたような有様になって、その光景を見るだけで恥ずかしくも、我慢が利かなくなりそうになる。
高井の添えたままの手に擦りつけたいのを堪えて、熱い息を切らし胸を上下させる。
はだけた着物の襟がちょうど胸の突起に掠って、もどかしいその快感をそれでも胸を揺らして求めていたら、違う熱い感触のものが押しつけられた。
高井の指だと気づき「や、やあ」と声を上げたが、聞く耳を持ってくれないで人差し指で先を撫でながら、親指で側面を擦ってきた。
ただでさえ二つの指で器用に突起を揉みしだかれては平常心を保てないところ、一服盛られた体には善すぎて「ああ、やあ、ん、あぁん、や、やぁん」と喘ぐのをやめられない。
辛うじて腰を留めながらも代わりに胸を盛んに揺らしていまい、もう片方の突起が着物に擦れるのも善くて、だらしなく犬のように涎を垂流した。
心臓は猛り狂い体はどこまでも熱くなって、そうして行き場のない熱が溜まるばかりでは、体が爆発するように思えた。
胸の突起を触られてから、また漏らしっぱなしにしているとはいえ、やはり直接的な刺激がないと熱の放出はできなさそうだ。
高井の目の前で漏らしつづけておいて今更、恥じも糞もないのだから、思いっきり腰を振ろうかと思ったが、達して終わりかは分からない。
一度だって手伝わせるのは気が引けるのだ。
二度、三度と甘えるわけにはいかまいと、唇を噛んで喘ぎを飲みこみ胸にある高井の手の手首を掴んで首を振った。
僕の思いは伝わったのだろう。
高井は手を留めた。
半端なところで放置されて焦れながらも、厚い胸板に背中をもたれる。
一息吐いたなら上体を起こそうと思ったのだが、その前に高井が頬ずりをし、その動きの流れで耳の縁を舐め上げた。
寒気を伴った快感が這い上がってきたのに「は、あっ」と熱い吐息をしつつ、嫌な予感がして厚い胸板から背中を剥がそうとした。
が、間に合わず高井は俄然、勢いづいて耳をしゃぶりつき、同時に張りつめた褌の中に指をもぐりこませてきた。
「あ、ああっ、だめ、ん、あ、やあ、そん、なあぁ、全部、あ、あ、あん、やあぁん」
胸の突起を指で揉むのも再開させられては、甘やかどころではない暴力的なまでな快感がもたらされる。
襲ってくる快楽に抗えず、高井の手を汚すことも憚らずに股間を擦りつけて達しようとしたのを根元を強く握りこまれた。
そうして堰き止めながらも、尚も耳にしゃぶりつき胸の突起を揉みしだき追いつめてくる。
「や、だあっ、やあ、あん、やあぁ、やだあぁ」とむせび泣いて、もう恥もへったくれもなく自ら足を開いて突き出した腰を振った。
山國屋なら嘲笑うところだが、高井が遮二無二に黙って耳をしゃぶってきて、これはこれで善くて股を濡らしてしまう。
どこまでも溢れてくるのに蓋をするように割れ目に指を押し当てられ、根元と出口と両方を堰き止められる始末。
山國屋より加虐性愛の傾向が強いのかと思いきや、割れ目に押し当てた指を小刻みに揺らしだした。
あまり指を浮かさず液体を塗りつけるように、割れ目を掻いてくる。
堰き止められていなければ、とっくに達している状態の体に、細やかな指遣いで先を擦るなんて追い討ちをかけられては堪らなかった。
濡れた布が擦れるのに加えて、割れ目をいじられる水音が否応なく耳について、鼓膜が震え響いてくるのに体内からも犯されているような気になる。
「あ、も、や、ああ、だめえっ、んあぁ、あ、もう、僕っ・・・」
快感を与えられるだけ与えられて、満腹感で苦しいというのもあったが、達するのとは違う切ない痺れが、へその辺りからせり上がってきて戸惑う。
行為中に覚えたことがない感覚とあって恐くもなり、高井の着物に爪を立てて握りしめた。
僕の不安は伝わっただろうに、高井は一段と激しく耳を舐めまわし突起を苛めて、先の割れ目から水音を鳴らした。
ほんの息もつかせずに善がらされて「ああ、あ、あ、ああぁん、あん」と涙と涎を垂流しにだらしなく喘いだ。
挿入されているかのように、突き上げてくる快感に抗うことはできず、握りしめられているにも関わらずに根元からも衝動が湧いてくる。
尿意に似た感覚がして羞恥心を掻きたてられながら「は、あぁ、ああん」と噴出することなく、達した快感に酔いしれた。
身の内に巣食った甘い毒を、すべて放出しきれていないものを、先に達したときより体は満足したようで心地よい気だるさが全身に広がった。
体は熱っぽいまま、股間も膨らんでいたものを、正常な生理現象の範囲内のように思えるから、時間が経てば収まりがつくだろう。
狂っていた動悸と呼吸困難も落ちついてきて、掴んでいた着物から手を放すと、後ろから腕が伸びてきて胸に巻きついた。
前かがみだったのが、その太い腕によって背中を反らされ、高井の厚い胸板に寄りかからされる。
片手で僕を抱いて肩に顔を埋めるさまは愛おしげだった。
無粋に思える高井も色恋には情熱的なのかと、変に感心していたものを、途中で我に返って、太い腕に手を添えて起き上がろうとした。
まともに口を利けない代わりに「離れて」との意思表示をしたのだが、高井は腕の力を緩めるどころか、もっと強く抱きしめてくる。
痛いほどの腕の締めつけに泣きそうになりつつ「ぼ、僕は・・・」と声を絞りだした。
「心中、できなかった」
前触れがなければ脈略のない唐突な一言だった。
にも関わらず、高井は肩に顔を埋めたまま「あんた、阿呆だな」と動揺も迷いもなさそうに応じた。
「蟹崎尚だって、あんたとは心中しようとしなかっただろ」
言われて一瞬間空けて「確かに」と思い、苦笑した。
僕の頓珍漢な言葉に的外れでない指摘をしたからに、やはり高井も山國屋のように、僕の正体も蟹崎尚との関係も察していたのだろう。
そのくせ艶本の仕事を「いかがわしい」と豪語しながら、いかがわしい存在に当たる僕を、罵り非難をしてはこなかった。
何かと思うところがあったろうに、黙って担当編集者として傍に居たというのだから、一体、何を考えていたのやら。
どんな理由があるにしろ、山國屋に対しても馬鹿正直に無遠慮だった高井が、僕の前では秘めた思いを抱えて、取り繕っていたのかと思うと可笑しかった。
つい笑いを漏らしてしまうと、勘付いた高井が肩を噛んできたのだった。
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