俺の推しは人気がない

ルルオカ

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スマイルゼロ円は愛なのか

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帰り道の途中にあるレンタルビデオ屋で、一日一本、借りて観るのが、満身創痍企業戦士の俺の日々の癒し。このごろはもっと、レンタルビデオ屋に寄る足取りがかろやかに。

大学生くらいの男の店員さんが、お気にいりになったものだから。常連扱いされるのが不得手な俺に対し、毎日、顔を合わせても、馴れ馴れしくなく、そっけないでもなく、初めて来店した客相手のように、にこにこして丁寧な対応をしてくれる。

小動物のような愛嬌がありつつ、適度な距離を保ち、礼儀正しく弁えているのが、今時の若者にして偉いもので、いや、俺もまだ三十代だけど「日本も捨てたもんじゃないな・・・!」と変に胸を打たれたり。まあ、ないにしろ、いい意味で常連扱いせず、ぶれずに愛想よくしてくれる彼との、レジでの交流を、ありがたく生きる糧にさせてもらったもので。

その日も、選んだのと返却のものとを持って、レジに向かったら「いらっしゃいませ、まず返却のほうを確認させてもらいます」と相変わらず、背景にお花畑が見えるような爽やかな笑みに、素早くきちんとした処理。が、借りるものの中身、ディスクを見たところ、不具合があったらしく「すみません、少々、お待ちいただけますか」と背を向けた。

背後にいた、若い女の店員にぼそぼそと。「顔近くない?声潜めすぎじゃない?」となんとなく胸騒ぎがしつつ、待っていると、肯いた彼に、彼女が笑いかけて、そっと腕に手を添えて。

脳天に雷が打たれたような衝撃を受け、そのあとの記憶がしばらくない。いや、分かっている。俺だって同じくらいの年には、バイト先の女の子とよろしくやっていたし。性格がよく、しっかり者、なにより笑顔が魅力的な彼は、俺よりモてるだろうし。

分かっている。分かっているのだが、推しのアイドルができちゃった婚して突然引退発表したかのように、打ちのめされて、その日は帰宅して、映画鑑賞もせず、ベッドに倒れて生きた屍に。

一睡もできないまま、翌日、出勤。体調はすぐれないし、精神的にずたぼろで、五年も一日も欠かさないでつづけたレンタルビデオ屋通いに、さすがに気が乗らなかったのが、そうもいかず。

「お前の紹介してくれた映画、ネットで見られない!もう面倒だから、いっそ行きつけの店つれてって、おすすめの直接、渡してくれ!」

傷心の俺の気も知らず、会社の同僚が意気揚々と引っ張っていって。おまけに、またレジカウンターに二人でいるし。

大人げないと思いつつ、前のように、さりげなく二人でいちゃついてるのを見たくなく、同僚におすすめのものを渡したら、会計を済ませるのを待たないで、店外へ。軒下に佇むことしばし、店からでてきた同僚は「なんだあ!あの店員!」ときいきいと文句を。

「声小さすぎて、聞こえないし、人の顔見ないで、ずっと目をそらしているし!おまけに、俺が借りやつを見て、鼻を鳴らしたんだぞ!感じ悪!お前、よく、こんな苛つく店員のいるところ、毎日、通ってんな!」

「は?」と耳を疑い「ああ・・・レジ対応したの、女の子だったのか」と返すも「男だよ!男!女の子なら、許すっつうの!」と。「そうか」と相槌を打ち、尚も不平を垂れる同僚と肩を並べて歩きつつ、うわの空。

そういえば、俺以外の客に対応しているのを見たことがない。もしかして、本来、彼は不愛想な店員で、俺にだけ、惜しげもないスマイルゼロ円なのか。もしくは、俺が胸を痛めたように、狭い店内で俺と同僚が肩を寄せ合っているのを見て、むっとしたのか。

たまたまでしかなく、俺の思い過ごしかもしれないものを、一旦、意識をしてしまうと、もーだめ。「明日から、俺はどんな顔をして、レジに向かえばいいんだ?」と頭を抱えたくなるようで、でも、中学以来、いや、生まれて初めてのような、胸の高鳴りを抑えられなかった。



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