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彼の白無垢
しおりを挟む親の借金を肩代わりし、笑うと金歯がきらめく強面の男の求めに応じ、結婚することになった、うら若き娘。白無垢に身を包み、神主と三人だけの神前式を行い、一通り済ませて、神主が退出してのこと。
ゲへへとばかり「これでやっと初夜を迎えられるな!」と男が迫ってきて「あーれー」となんとか押しかえそうとしつつ、涙を散らす彼女。抵抗虚しく、白無垢の裾が割られそうになったとき「待てえええええええ!」と雄たけび。
「誰だ!」と固く閉ざされているはずの扉にふり向けば「正義の邪道マン参上!」と忍者のように黒ずくめでマントをはためかせる男が決めポーズ。「自分がどれだけ、相手にいやな目に合わせているか、身をもって思い知るがいい!」と跳びかかり暗転。
神社を外から撮った映像が流れ、夜空に「あ゛ーーーー!」と耳障りな甲高い叫びが轟いて。「また今日もつまらぬものに、崇高なイチモツをくれてしまった・・・」とマントをはたかめかして、颯爽と去っていく正義の邪道マン。白無垢の彼女が呆けている傍には、上体を突っ伏しつつ、半ケツをつきだし、息絶えたような男が。
俺がレギュラー出演しているコント番組。その人気演目の「正義の邪道マン」。ありきたりなヒーローものなれど、悪者が被害者にした仕打ちを、し返す、主に下ネタ系で、というのがユニークなところで「スカッとするし、思いっきり笑える」と大好評。
もともとは俺のコンビが、作りだしたコントながら、番組では放送作家に脚本を作ってもらっている。今回の脚本をもらい「いくら深夜枠でも、攻めすぎじゃ?」と苦笑したものを、口だしはせずに、そのまま撮影へ。いつも悪者役をやる相方も、けちをつけることなく、ただ、白無垢を着る彼だけが、すこし渋ってみせた。
女子人気の高い、若手のピン芸人、蘭丸は天然ちゃんのいい子。あまり、がっつかず、奇をてらうでもなく、自然体に突飛な天然ぶりを発揮するのが支持され、ファンだけでなく、芸人仲間やスタッフたち、多くに慕われている。
聞き分けのいい子だし、レギュラー陣で一番若いとあり、指示されたことを忠実にこなそうとするのが、今回はすこし意見を。「もっと、ごつい人が白無垢着たほうが、おもしろいんじゃないですか?」と。
「正義の邪道マンが登場するまでは『ああ、なんて可哀想!』って視聴者が真剣に見入って、ハラハラドキドキしてもらいたいから。女装が似合って、儚い雰囲気をだせる蘭丸くんがうってつけなんだよ」
筋の通った放送作家の説得に「そうですか。分かりました」とすぐに引き下がったとはいえ、そのあとも浮かない顔をして、撮影が迫るにつれ、そわそわと。気になって、俺も集中を切らしそうだったから、休憩所につれていき「どうしたの?なにか心配事?」と聞くと、目をそらしつつ「じつは・・・」と切りだした。
「俺、結婚を約束した人がいるんです。近々、二人だけで簡易な結婚式を挙げるつもりでいて。その前に白無垢に身を包んで、神前で儀式をするのは、なんだか・・・・。
分かっているんです。儀式はふりだけだし、プロなら仕事として割りきらないといけないことは。
・・・すみません。なんとか、本番までには、気分を上げるんで」
「いや、そんな」と返しつつ、なるほどと思う。たしかに、普通なら「それでも芸人か!」と一喝するところ、罰ゲームで全身クリームまみれになっても、文句を垂れず、笑みも絶やさない蘭丸が弱音を吐くとなると、よほどのことで、切なくなる。
といって、番組の視聴率を支える演目だから、取りやめはできないし、コント的に哀れな白無垢の娘は欠かせないので、キャラの修正も不可能。撮影スケジュールが切迫しているなら、解決策を考える暇もなく、せめて「大丈夫だよ」と宥めた。
「放送作家が云っていたように、途中までリアルな場面にするなら、男だとばれないよう、あまり顔を映さないだろう。そもそも、蘭丸くんだと分からないように、厚化粧するっていうから。
もし、恋人がコントを見ても、気づかないかもしれないよ。誰がどのコントのどのキャラを演じたか、演目ごとに、名前が明記されないから、大丈夫じゃないかな」
我ながら、気の利いた言葉をかけられたと思ったのが「そ、そうですね・・・」とむしろ、気落ちしたような蘭丸くん。訝るも「メイクのほう、お願いしまーす」と呼ばれて、その心境を探ることはできず。
白無垢を身にまとい、化粧をした蘭丸くんは、思った通り、ばっちりがっちり似合って、一見、男ではないよう。それでも、彼の顔色は優れず、そのまま本番に。
幸い、物憂げなさまがキャラにマッチして、撮影は順調。が、盃を傾けようとしたとき「待てえええええええ!」と雄たけびが。
俺ではない。俺の登場はまだ先で、フライング待ったをかけたのは、スタッフの若きAD。鼓膜を痺れさせたまま、周りが呆けているうちに、セットに踏みこんだADは、白無垢の蘭丸の手をとってスタジオの出入り口へ走っていった。
なるほど、恋人がADだったから、その目の前で白無垢姿をさらすのは、どうしても抵抗感があったのか。と、得心したのは、彼らが逃避行を決めこんで、三十分くらい経ったころ。
ほかの芸人やスタッフも同じくらいに、我に返ったものの、案外、騒ぎ立てないで、なんなら現場監督は「今のカメラで撮った?」と浮き浮きとしたように。果たして、熟練のカメラマン二人は放心しつつ、職人気質的無意識に、ADと正義の邪道マン扮した俺にカメラを向けていたらしい。
で、それを編集して、白無垢の娘を若き恋人が情熱的に助けだしたのに、すっかり出鼻をくじかれた正義の邪道マンが「え、誰?」と間抜け面を晒すというオチに。正義の邪道マンのコントの流れが、ややマンネリ化していたこともあり、予想外に梯子がは外される展開は「やられた!」と多くの人に満足いただけたよう。
世間にもてはやされたことで、クビ覚悟で白無垢の蘭丸を連れさったADは、むしろ昇進。狙ってではない、ぽかんとした顔が喝采されたのは、芸が褒められわけでなく不本意とはいえ、多難な若者の恋愛がうまくいくよう、すこしでも助力できたのなら、満更でもなかった。
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