姉の彼氏はわるい男

ルルオカ

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馬鹿犬も食わない俺たちの惚気

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毎朝の犬の散歩コースを変えてから、気になっている人がいる。

公園の道脇のベンチに座る男だ。

俺が通りかかるとき、ちょうどジョキング終わりなのか、屈みこんで肩で息をしている。
ダウンジャケットを着こんだ俺が白い息を吐くような真冬にあっても、上着を脱ぎ半そででいて、赤らんだ肌を湯気がでそうに、火照らせたり。

そうして張りつめた肉体を艶めかせるのを盗み見て、ひそかに生唾を飲みこむ毎朝。
サングラスが似合う、凛々しい顔をうつむけ、影がかったさまも、大変よろしい。

いってしまえば、意識が高そうなアスリート系ガチムチの彼がどタイプだった。

自覚したのは早く、小学校低学年のころ、オリンピックのやり投げの選手に見惚れて。
ただ、細身が多い日本男児に、そのタイプは中々いなく、すくなくとも、自覚してから今まで、俺の身近にはいなかった。

で、高校生になって犬の散歩途中にて運命の遭遇。

そりゃあ、お近づきになりたかったけど、いかんせん初恋だ。
恋愛経験値ゼロ。

しかも相手は同性で、素性どころか名前さえ知らぬとなれば、アプローチをするのにハードルが高すぎる。

それに、声をかけたとして、相手が俺を見覚えているやら。

いや、ここ三か月、毎日、顔を合わせているとはいえ、案外、早朝の時間帯、散歩、ジョキングする人で公園は混んでいて、ベンチの前を通り過ぎるときも、俺以外に三、四人が行き交うし。

たとえ、見覚えていたとしても、気位が高そうな(そこがまた、いいのだけど)彼なので「はあ?」と不審がるかもしれない。
でもって、翌日から、俺の犬の散歩時間にベンチに座らなくなるかも。

と後ろ向きに考えてばかりで、うつむいて通り過ぎる日々。

声をかけられないまま、ある日、突然、彼が消えてしまう可能性もあるなら「もっと後悔するぞ」と自分を叱咤するも、踏んぎりがつけられないで、今朝も今朝とて、とぼとぼとベンチに向かっていたところ。

いつもは俺の歩調に合わせて歩く、賢い愛犬(中型犬)が、だしぬけに勢いよく走りだした。
物思いにふけっていたから、つい手を滑らせてリードを放してしまい、はっと顔を上げるも、時すでに遅し。

ちょうど靴紐を結んでいた彼に猪突猛進して跳びついたもので。
クールに見えて、案外「え?うわあ!」と頓狂を声を上げ、体勢を崩して道に尻餅。

鼻息荒いまま、さらに我が愛犬が襲いかかったのに、内股になって腕で顔をガードしたさまは女子のよう。
サングラスをとばして、お目見えした瞳はうるうるして、眉は八の字になっていたし。

一瞬「あれ?見覚えがあるような?」と思いつつ、愛犬をとめようとしたものを「え」と踏みとどまった。

我が愛犬、いや、馬鹿犬が、首に噛みつかんばかりの勢いだったのが、ふくらはぎを抱きかかえて腰をへこへこしだしたものだから。

そう、あれだ。
マウンティング。

「今まで、したことがないのにな」と首をうねりながらも「ほんと、すみません」と首輪をもって引っぱるも、強情に抱きついて腰を振るのもやめない。

ただでさえ飼い主として、恥ずかしいところ、相手が相手とあって「くそ、こんな形で」と泣きそうになる。

唇を噛んでから、あらためて顔を見て謝ろうとしたら、相手のほうが、ぼろぼろ泣いていて「こんなはずじゃなかったのに」と独り言ちて。
「は?」と眉をしかめたものを、次の瞬間「あー!」と指さした。

「お前、転校していった八の字!」

泣き虫で眉尻を下げることが多かったことから「八の字」があだ名だった彼は、小学校のころのクラスメイト。

ジャイアン的な奴にイジメられていたのを、俺がよく庇っていたものだが、同じクラスになって一年たたずに引っ越し。
で、離れ離れになったはずが。

「こっちの高校に入りたくて、もどってきて、今は叔父の家に住んでいるんだ」

「そうなのか。
じゃあ、連絡くれればよかった・・・・ていうか、なんで、この三か月、声をかけなかったんだ。

俺は気づかなかったけど、お前は分かってたんだろ」

「・・・小学校のころ、本格的なアスリート系のガチムチな男に憧れるって、よく聞いたから。
それで、その、引っ越してから、鍛えまくって、その成果を見せたかったのだけど」

かつての貧弱泣き虫が、ガチムチ男前に豹変しながらも「僕、犬にトラウマが」と青ざめ震え、人の気も知らないで、俺の馬鹿犬が腰をへこへこしているさまは、えらく滑稽だった。

「台なしだ!」と嘆いているのだろうけど、見た目と、ほぼ変わっていない中身のギャップが、俺にすればマイナスではなく、案外、きゅんきゅんなツボだったもので。

足踏みしていた三か月はなんだったのかと馬鹿らしくなるほど、俺らは文句なしの両想いだったよう。

そりゃあ、馬鹿犬も食わないで「とっととやっちゃえよ!」と腰を振りたくもなるかもしれない。



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