姉の彼氏はわるい男

ルルオカ

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ハンドクリーム男子

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中学生のころ、友人が悩みを明かしたのに「はあ?そんなことを気にしているの?」と鼻で笑った。

翌日から友人は登校しなくなり、翌週には自殺未遂を。

遺書はなく、はっきりとした原因は分からなかったらしいが「俺のせいだ」と思わずにはいられず。
それまでは、快活でおしゃべりだったのが、その自殺未遂を境に、無口な根暗野郎に豹変。

誰とも口を利かないでいいよう、一生、引きこもっていたかったが、家庭事情からして不可能だったので、しかたなく社会へ。

まあ、案の定「なにを考えているか分からない」「もっと自己主張や感情表現しろ」と疎ましがられて、会社のおはらい箱的な部署に捨て置かれた。

出世の望みが絶たれたのは、もちろん。
毎日、膨大な紙の書類の処理をするという、非生産性の極みに、やり甲斐のない仕事をさせられたが、あまり人と関わらないでいいから、むしろ心安らいでいた。

愉しみがないわけでもなかったし。

ある日、僕ともっとも縁遠いような、営業部のエースにしてイケメン社員が「残飯処理」と称される会社ビル地下に、わざわざ足を運んだ。

営業マンとあって、肥溜めのよな部署の埃っぽい陰気さも屁でないように、笑みを絶やさず低姿勢に「申し訳ないですが」と。

「俺のミスで、必要書類がこちらに紛れこんだようで。
お時間があるようでしたら、探していただけないでしょうか」

書類の内容の詳細を教えてくれたから、スムーズに見つけられたし「分かりました」「はい、どうぞ」の二言で済ませ、渡すことができた。
ほっとしたのもつかの間「あ、手が」と書類を取ろうとしないで、目を丸くさせる。

一日中、紙を触りまくる仕事だから、手は荒れ放題。
といって、男だし、人目を気にしないでいい部署とあれば、やや恥ずかしくて手を握りつつも「あ、大丈夫です」と目を逸らす。

「かまうな、さっさと帰れ」とばかり態度をとったつもりが「いやいや、見てられないですよ」とポケットから、なにかを取りだした。

ハンドクリームだ。

ハンドクリームを持つ、その手を、あらためて見て「だから、手がきれいなんだ」と呟いた。
「営業マンだから、手先まで気にかけているのか」とはじめから、指先に注目していたから、つい心の声を漏らしてしまって。

すかさず、口元を手で隠した僕と、似たように、はっとした顔つきをして固まる彼。

「しまった」と焦るより、相手の反応に驚いたのだが「うっかりしたな。このこと内緒にしてくれます?」とまたもや、思いがけない発言。

「前にハンドクリームを塗ろうとしたとき『男なのに』って笑われたんですよ。
それから、人前ではハンドクリームをださないよう、気をつけていたんですけど」

眉尻を下げて笑いかけ、ハンドクリームをテーブルに置く。
書類を受けとって会釈し、去ろうとしたのに「あ、あの、これ」とハンドクリームを指差すも、顔だけ振りむけて「ありがとう」と応じた。

「笑わないでくれて」

ハンドクリームは口止め料かと思いきや、そうではなく、翌日から、彼は地下に降りてくるようになった。
営業部で不要になった書類、整理してまとめたのを、定期的に運んでくる係になったとかで。

まあ、花形の営業部エース様にやらせる仕事ではないから、彼が云いくるめて、地下通いできる口実を得たのだろう。
そう、解せないが、僕の顔見たさに、だ。

どうやら、もともと、自分の手の荒れがひどくて四苦八苦したから、似たような、とくに同性を放っておけないらしい。

また、ハンドクリームを常備するのを笑わずに「使ってみたけど、すごく効きました」と手を見せて感想を伝えたのが、お気に召したようで、声を弾ませて、手のケアの仕方を教えてくれた。

忙しい身とあって、会談は短く、ほぼ彼がしゃべり通し。
不愛想な僕が、ほぼ相槌しか打たなくても、ご満悦そうに「じゃあ、またね」と足取りかるく、帰っていく。

そりゃあ、惚れないでいられなかったけど、友人を自殺未遂させた(かもしれない)大罪人が色気をだそうとすると、たいていは身の程を思い知らされる。

時間をずらして、社食で昼食をとっていたのに、やかましい一団がやってきたときのこと。

目をつけられないよう、まだ半分しか食べてない食膳を持ち、去ろうとしたものを「なーなー営業部のエース!」と聞こえて、踏みとどまった。
返却カウンターの手前の柱に身を潜めて、耳をそばだてて。

「このごろ、会社の残飯処理部署に、よく顔だしているらしいじゃねえの!
あそこには、サイレントマンがいるっつうけど、実際どうよ!?」

「うん、いや、そうだな・・・・」

「知っているか?
あいつ、あんまりにも必要最低限しかしゃべんねえから、課長がブチ切れて『お前は生きているか死んでいるか分からない!』って罵倒したんだよ。

そしたら、倒れやがって。

で、ほら、一応、うちの会社、カウンセラーいるじゃん?
診てもらったわけだけど、サイレントマン、なんて云ったと思う?

『人を傷つけるのが怖くてしゃべれない』って!」

「マジかよ!ひきこりの中学生かってーの!

バッカらし!
だって、傷つけるつもりがなくたって、傷つけることなんて、しょっちゅう、あんだろうに!

ていうか、人を傷つけないで、生きていけないっつうの!

人を傷つけたくないって口にするだけでも、おこがましいわ!
お前は神かよ!ってな!

なあ、そう思うだろう!」

「ま、まあ・・・」



※  ※  ※



翌日、何食わぬ顔をして地下に来訪した彼が「これ、前に云っていたレシ」と駆け足トークをする前に「好きです」と告げた。

息を飲みつつ「はあ?」と声を張らなければ、捉えちがいをして「俺もだよ」とはにかみもしないあたり、察していたか、己にも心当たりがあるのだろう。

それでいて、頬を染めることなく、いつもおしゃべりな口を震わせるばかりで、目を泳がせるのは「残飯処理部署の日陰者に好意を寄せられるだけでも、営業部のエースには迷惑ですよね」とお見通し。

「でも、僕は口を閉ざしません」とすっかり、すべすべになった手で、爪がきらめく彼の手を握った。

「口を開いても、閉じても、人に迷惑をかけるのだったら、こそこそするだけ損だし、馬鹿らしいですから。
どうせだったら、神気取りに、正面切って、おこがましくさせてもらいますよ」







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