13 / 30
ハンドクリーム男子
しおりを挟む中学生のころ、友人が悩みを明かしたのに「はあ?そんなことを気にしているの?」と鼻で笑った。
翌日から友人は登校しなくなり、翌週には自殺未遂を。
遺書はなく、はっきりとした原因は分からなかったらしいが「俺のせいだ」と思わずにはいられず。
それまでは、快活でおしゃべりだったのが、その自殺未遂を境に、無口な根暗野郎に豹変。
誰とも口を利かないでいいよう、一生、引きこもっていたかったが、家庭事情からして不可能だったので、しかたなく社会へ。
まあ、案の定「なにを考えているか分からない」「もっと自己主張や感情表現しろ」と疎ましがられて、会社のおはらい箱的な部署に捨て置かれた。
出世の望みが絶たれたのは、もちろん。
毎日、膨大な紙の書類の処理をするという、非生産性の極みに、やり甲斐のない仕事をさせられたが、あまり人と関わらないでいいから、むしろ心安らいでいた。
愉しみがないわけでもなかったし。
ある日、僕ともっとも縁遠いような、営業部のエースにしてイケメン社員が「残飯処理」と称される会社ビル地下に、わざわざ足を運んだ。
営業マンとあって、肥溜めのよな部署の埃っぽい陰気さも屁でないように、笑みを絶やさず低姿勢に「申し訳ないですが」と。
「俺のミスで、必要書類がこちらに紛れこんだようで。
お時間があるようでしたら、探していただけないでしょうか」
書類の内容の詳細を教えてくれたから、スムーズに見つけられたし「分かりました」「はい、どうぞ」の二言で済ませ、渡すことができた。
ほっとしたのもつかの間「あ、手が」と書類を取ろうとしないで、目を丸くさせる。
一日中、紙を触りまくる仕事だから、手は荒れ放題。
といって、男だし、人目を気にしないでいい部署とあれば、やや恥ずかしくて手を握りつつも「あ、大丈夫です」と目を逸らす。
「かまうな、さっさと帰れ」とばかり態度をとったつもりが「いやいや、見てられないですよ」とポケットから、なにかを取りだした。
ハンドクリームだ。
ハンドクリームを持つ、その手を、あらためて見て「だから、手がきれいなんだ」と呟いた。
「営業マンだから、手先まで気にかけているのか」とはじめから、指先に注目していたから、つい心の声を漏らしてしまって。
すかさず、口元を手で隠した僕と、似たように、はっとした顔つきをして固まる彼。
「しまった」と焦るより、相手の反応に驚いたのだが「うっかりしたな。このこと内緒にしてくれます?」とまたもや、思いがけない発言。
「前にハンドクリームを塗ろうとしたとき『男なのに』って笑われたんですよ。
それから、人前ではハンドクリームをださないよう、気をつけていたんですけど」
眉尻を下げて笑いかけ、ハンドクリームをテーブルに置く。
書類を受けとって会釈し、去ろうとしたのに「あ、あの、これ」とハンドクリームを指差すも、顔だけ振りむけて「ありがとう」と応じた。
「笑わないでくれて」
ハンドクリームは口止め料かと思いきや、そうではなく、翌日から、彼は地下に降りてくるようになった。
営業部で不要になった書類、整理してまとめたのを、定期的に運んでくる係になったとかで。
まあ、花形の営業部エース様にやらせる仕事ではないから、彼が云いくるめて、地下通いできる口実を得たのだろう。
そう、解せないが、僕の顔見たさに、だ。
どうやら、もともと、自分の手の荒れがひどくて四苦八苦したから、似たような、とくに同性を放っておけないらしい。
また、ハンドクリームを常備するのを笑わずに「使ってみたけど、すごく効きました」と手を見せて感想を伝えたのが、お気に召したようで、声を弾ませて、手のケアの仕方を教えてくれた。
忙しい身とあって、会談は短く、ほぼ彼がしゃべり通し。
不愛想な僕が、ほぼ相槌しか打たなくても、ご満悦そうに「じゃあ、またね」と足取りかるく、帰っていく。
そりゃあ、惚れないでいられなかったけど、友人を自殺未遂させた(かもしれない)大罪人が色気をだそうとすると、たいていは身の程を思い知らされる。
時間をずらして、社食で昼食をとっていたのに、やかましい一団がやってきたときのこと。
目をつけられないよう、まだ半分しか食べてない食膳を持ち、去ろうとしたものを「なーなー営業部のエース!」と聞こえて、踏みとどまった。
返却カウンターの手前の柱に身を潜めて、耳をそばだてて。
「このごろ、会社の残飯処理部署に、よく顔だしているらしいじゃねえの!
あそこには、サイレントマンがいるっつうけど、実際どうよ!?」
「うん、いや、そうだな・・・・」
「知っているか?
あいつ、あんまりにも必要最低限しかしゃべんねえから、課長がブチ切れて『お前は生きているか死んでいるか分からない!』って罵倒したんだよ。
そしたら、倒れやがって。
で、ほら、一応、うちの会社、カウンセラーいるじゃん?
診てもらったわけだけど、サイレントマン、なんて云ったと思う?
『人を傷つけるのが怖くてしゃべれない』って!」
「マジかよ!ひきこりの中学生かってーの!
バッカらし!
だって、傷つけるつもりがなくたって、傷つけることなんて、しょっちゅう、あんだろうに!
ていうか、人を傷つけないで、生きていけないっつうの!
人を傷つけたくないって口にするだけでも、おこがましいわ!
お前は神かよ!ってな!
なあ、そう思うだろう!」
「ま、まあ・・・」
※ ※ ※
翌日、何食わぬ顔をして地下に来訪した彼が「これ、前に云っていたレシ」と駆け足トークをする前に「好きです」と告げた。
息を飲みつつ「はあ?」と声を張らなければ、捉えちがいをして「俺もだよ」とはにかみもしないあたり、察していたか、己にも心当たりがあるのだろう。
それでいて、頬を染めることなく、いつもおしゃべりな口を震わせるばかりで、目を泳がせるのは「残飯処理部署の日陰者に好意を寄せられるだけでも、営業部のエースには迷惑ですよね」とお見通し。
「でも、僕は口を閉ざしません」とすっかり、すべすべになった手で、爪がきらめく彼の手を握った。
「口を開いても、閉じても、人に迷惑をかけるのだったら、こそこそするだけ損だし、馬鹿らしいですから。
どうせだったら、神気取りに、正面切って、おこがましくさせてもらいますよ」
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?
こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。
自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。
ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?
学園もののBLゲームにモラルがなさすぎて風紀委員の貞操が危ういです
ルルオカ
BL
あまりにゲームで学校中で男子高生がエッチをするのに「モラルがさすぎ!」と怒る現実の男子高生。
そんな彼が風紀委員となって取り締まるのだが、一人だけ強敵がいて・・・。
2000字前後のエッチでやおいなBLショートショートです。R18。
この小説を含めた四作を収録したBL短編集を電子書籍で販売中。
詳細が知れるブログのリンクは↓にあります。
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる