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好きから好きへ
すれ違い。
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「雨宮くん。ここの問題はどうやって解くの?」
誰だこれ?
まず思ったのはそれだった。
目の前にいる少女の名は佐伯夕。
それは、わかる。だが、彼女は俺のことを『優くん』と呼ぶ。決して『雨宮くん』なんて名字で呼ばない。
だと言うのに、目の前で教科書とノートを開いている夕は俺のことを『雨宮くん』と、そう名字で呼んだ。
「雨宮くん?」
「あ、ああ悪い。どこの問題だ?」
「ここなんだけど」
夕が指差すノートには数式が途中まで書かれていた。どうにもここから先が分からず止まっているらしい。
問題を見た瞬間、頭の中にたくさんのイメージが浮かんできた。そのどれもがふれあい合宿から今夕と勉強をするまでの記憶だと、なんとなくわかる。
そして、俺と夕は過去とは随分と違う生活を送っていたみたいだった。
夕の告白の後、俺は倒れてしまったらしく、結局そのまま返事は出来ずじまい。
ふれあい合宿の後は、どこかお互いに気まずさを残しながらも普通にすごす。……いや、普通を意識しているが普通を意識しているがゆえに普通ではなかった。
そうして、夕は俺のことを名字で呼ぶようになり、俺も夕を名字で呼ぶようになっていた。
だというのに、こんな状況でも過去と同じように夕と一緒に勉強をしているなんて、少しだけ笑える。改めて運命の強制力とやらを知ってしまった。細かい部分は変わっても最終的な終着点、俺が夕を殺してしまうという結末は、そうそう変わるものではないのだろう。
過去はそう簡単には変わらない。
変えたとしても、分岐点の間で過去のとうりに戻ってしまう。
なら、なおさら夕とは付き合えない。
今日ここで、夕の告白に俺が返事をしなければならない。なぜなら、夕と試験勉強をした今日この日に……俺と夕は付き合い始めたのだから。
「夕……一つ言いたいことがあるんだけど」
「優くん……今なんて……」
「夕、おまえ……」
「あれ?……あはは、おかしいな。なんでかな」
困惑したように言う夕の瞳からは涙がこぼれていた。
何度拭いても流れる涙は止まらず、次第に涙を拭う手も止まってしまう。
「ただ、名前を呼ばれただけなのに……」
「夕……」
「もう大丈夫。大丈夫だから、優くんの言いたいこと……いっていいよ」
夕は俺がなにを言おうとしているのか分かっているのだろう。
だから、涙が止まらない。
それでもなにかにすがりたい思いで、俺の言葉を、続きを待っている。
「俺は……」
「うん」
「俺は……」
夕とは付き合えない。
たったそれだけのことが、言えなかった。
何度口を開こうとしても、心が拒絶する。
だが……
「優くん……分かってるから。私は分かってるから。だからちゃんと教えて」
「俺は……」
カラカラに乾いた喉へ、無理やり唾を集めて飲み込む。
「俺は……夕とは付き合えない」
「……そっか」
「ごめん……」
「優くんが謝ることじゃないよ……ちょっとごめんね」
夕はそう言うと、フラフラと立ち上がり部屋から出ていった。
俺はただ、ただその姿を見ることしか出来なかった。
「これで、いいんだよな……」
俺の呟きに誰からの返事もない。
そのはずだった……
「いいわけないじゃない」
声の聞こえた方へ振り向くと、いつの間に開いていたのか窓際に見知らぬ女の人が立っていた。
どこまでも真っ黒なドレス。そして黒い傘。
不思議な雰囲気の女の人だったが、最も驚いたのは彼女の瞳は仄かに赤く輝いていた。
「だ、だれだ?」
「私?私は通りすがりの天使ちゃんだよ」
赤い瞳を輝かせた彼女は笑顔でそう言った。
誰だこれ?
まず思ったのはそれだった。
目の前にいる少女の名は佐伯夕。
それは、わかる。だが、彼女は俺のことを『優くん』と呼ぶ。決して『雨宮くん』なんて名字で呼ばない。
だと言うのに、目の前で教科書とノートを開いている夕は俺のことを『雨宮くん』と、そう名字で呼んだ。
「雨宮くん?」
「あ、ああ悪い。どこの問題だ?」
「ここなんだけど」
夕が指差すノートには数式が途中まで書かれていた。どうにもここから先が分からず止まっているらしい。
問題を見た瞬間、頭の中にたくさんのイメージが浮かんできた。そのどれもがふれあい合宿から今夕と勉強をするまでの記憶だと、なんとなくわかる。
そして、俺と夕は過去とは随分と違う生活を送っていたみたいだった。
夕の告白の後、俺は倒れてしまったらしく、結局そのまま返事は出来ずじまい。
ふれあい合宿の後は、どこかお互いに気まずさを残しながらも普通にすごす。……いや、普通を意識しているが普通を意識しているがゆえに普通ではなかった。
そうして、夕は俺のことを名字で呼ぶようになり、俺も夕を名字で呼ぶようになっていた。
だというのに、こんな状況でも過去と同じように夕と一緒に勉強をしているなんて、少しだけ笑える。改めて運命の強制力とやらを知ってしまった。細かい部分は変わっても最終的な終着点、俺が夕を殺してしまうという結末は、そうそう変わるものではないのだろう。
過去はそう簡単には変わらない。
変えたとしても、分岐点の間で過去のとうりに戻ってしまう。
なら、なおさら夕とは付き合えない。
今日ここで、夕の告白に俺が返事をしなければならない。なぜなら、夕と試験勉強をした今日この日に……俺と夕は付き合い始めたのだから。
「夕……一つ言いたいことがあるんだけど」
「優くん……今なんて……」
「夕、おまえ……」
「あれ?……あはは、おかしいな。なんでかな」
困惑したように言う夕の瞳からは涙がこぼれていた。
何度拭いても流れる涙は止まらず、次第に涙を拭う手も止まってしまう。
「ただ、名前を呼ばれただけなのに……」
「夕……」
「もう大丈夫。大丈夫だから、優くんの言いたいこと……いっていいよ」
夕は俺がなにを言おうとしているのか分かっているのだろう。
だから、涙が止まらない。
それでもなにかにすがりたい思いで、俺の言葉を、続きを待っている。
「俺は……」
「うん」
「俺は……」
夕とは付き合えない。
たったそれだけのことが、言えなかった。
何度口を開こうとしても、心が拒絶する。
だが……
「優くん……分かってるから。私は分かってるから。だからちゃんと教えて」
「俺は……」
カラカラに乾いた喉へ、無理やり唾を集めて飲み込む。
「俺は……夕とは付き合えない」
「……そっか」
「ごめん……」
「優くんが謝ることじゃないよ……ちょっとごめんね」
夕はそう言うと、フラフラと立ち上がり部屋から出ていった。
俺はただ、ただその姿を見ることしか出来なかった。
「これで、いいんだよな……」
俺の呟きに誰からの返事もない。
そのはずだった……
「いいわけないじゃない」
声の聞こえた方へ振り向くと、いつの間に開いていたのか窓際に見知らぬ女の人が立っていた。
どこまでも真っ黒なドレス。そして黒い傘。
不思議な雰囲気の女の人だったが、最も驚いたのは彼女の瞳は仄かに赤く輝いていた。
「だ、だれだ?」
「私?私は通りすがりの天使ちゃんだよ」
赤い瞳を輝かせた彼女は笑顔でそう言った。
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