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第1章 幼年期からの始まり

その8 アールとイルダ

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 おれは六歳のとき『雨神イム』様への生贄として『聖なる泉』に落とされた。

 雨神様の本当の名前は「青竜(カエルレウム・ドラコー)」。
 この世界が始まったときに、最高神である真月(まなづき)の女神イル・リリヤ様から直接、この地方の人間を守護するようにと命を受けていた。

 聖なる泉の底に住んでいた青竜様は悠々自適に暮らしていたわけだ。
 ところが年月が過ぎるうちにいつの間にか人間たちは、雨を司る竜神として崇め、その従者として、約十年ごとに一人、生贄を泉に落とすようになっていた。
 生贄として捧げられた子供を、青竜様は引き受けた。
 
 というわけでおれは六歳で青竜様の従者になった。
 生贄になった時点で、それまでの肉体は「仮の体」として脱ぎ捨て、生命の本質だけになって、青竜様に、新たな本当の名前を授かり、人生をやり直すのだ。

 というわけでおれは以前の名前(もう忘れた)を捨て、「コマラパ」という新たな名をいただき、青竜様にお仕えしている。

         ※

 現在、八歳。
 この世界と同じだけの寿命を持つ、退屈を持て余している青竜様の遊び相手であると同時に、いろんなことを教わりつつ育ったのである。

 従者たちの中で一番新入りのおれは、ほかの子供たちの仲間に入っていけなくて、一人でも平気だぜ! というフリをしていた。

 ところが、先日のこと。
 青いカエル着ぐるみで子供たちの機嫌取り……もとい、触れ合いにいそしむ竜神様との相撲に加わってから、おれと仲間たちの関係が、少し近づいた。
 おれが勝手に距離感とか孤独とか思い込んでいたのだ。
                                                                              
 最初から気さくだったアールは、前にもまして打ち解けてくれている。
 ちょっぴりお調子者で、食い気が優先の元気なやつ。
 黒髪で黒い目で、日焼けしている。

 アールやほかの先輩たちは、青竜様の異界に来てからほぼ成長していないらしいので、体格は七歳くらいで止まっている。

 その中で、シエナ先輩は一人だけ年長でリーダー格の存在だ。
 可愛いなかにも凛々しくて毅然とした美人さんで、外見年齢は十歳くらい。
 ヒスイのようなきれいな緑の瞳が印象的で、腰まで届く鳶色の髪を三つ編みにしている。その上、戦ったら強そうだ。

(なんか魔法少女みたいだな)
 突然、おれの記憶の中から浮かび上がってくる単語。

 魔法…少女…魔女。精霊。
 そんな単語が、次々と出てきて。胸騒ぎがする。

「お、どしたコパ! 難しい顔して」
 コマラパだからコパ。
 省略しすぎだろ…。

「どうも頭の中がすっきりしねえんだ。いろんな言葉が、次々に頭に浮かんできて」

「もしかしてそれって前世の記憶か? いいなぁ」

「今世の記憶はないのにか」

「いっそ、いいじゃん。おれも生贄だからな。覚えてるのは、日照りが続いて、マサ(トウモロコシ)が育たなくて村のみんなが飢えて。それで雨の竜神様の従者になって、雨を降らせてもらえって。泉に落とされたのさ。家族は泣いてたけど止めてはくれなかった。……この世界に生まれてからの記憶なんていらないよ」

「そうか……」

 おれは、この世界(セレナン)に生まれてからの記憶がない。
 結構な高さからセノーテの水面に落ちた(たぶん突き落とされた)ショックか、ほかに原因があるのか、わからないが。

 青竜様のいうには『忘我の先祖還り』だという。

 本来は、『先祖還り』というものは前世の記憶を持って生まれ、この世に生れ落ちてからの記憶と経験を積み重ねていくものなのだが、何らかの原因で記憶を失う者が、まれにいるそうなのだ。
 
「前世のこと、せめてはっきりと思い出せたなら、いいんだけどな。じぶんでも自由にできないから、よけいに面倒だよ」

「まぁいいじゃん! 前世は前世。今じゃない。コパは、とりあえず健康だしさ!」

「おまえを見てると悩むのバカバカしくなってくるよ」

「おお!? いいけど、おれに惚れるなよ!」

「ちょっと! アール、コパくん! いいかげんにしなさいよ。シエナ先輩と青竜様が、大事なお話しをしてるでしょ!」
 おれとアールの隣に並んでいたイルダが怒った。
 くるくるまいた赤毛、気が強そうな焦げ茶色の目。
 たいてい怒っているが、その原因はいつでもアールなのだ。

「んもう。せっかくシエナ先輩が午後の作業のこと説明してくれてたのに、よく聞こえなかったじゃない」
 
「わりい」
「すまん」

「次からは気を付けてよね。特にアール! あんたはコパくんの先輩なんだからねっ」
 ぷいっと顔をそむけた。

「あいつ、よく絡んでくるんだよな」
 かくいうアールは、文句を言いながらも、姿勢がよくて背筋をまっすぐにのばしたイルダの後姿を目で追っている。

「おまえに気があるんじゃないか」

「え…まさか~」

「顔赤いぞアール」

 急にそわそわし始めたアールは、「ちょっと話してくる」と、イルダに近づいていく。
「なぁ、これからの作業のことだけどさ」

「何ようるさい。話しかけないで。シエナ先輩がこっち見てるじゃない! 怠けてるって思われたらあんたのせいだから!」

 前途多難だな。アール。
 女心は難しいぞ。
 なんでそんなこと自分が知ってるのかは、おれにもわからないけどな!

「じゃあ、みんな! さっきの青竜様のお話は聞いてた? 今日の午後からは、しばらく行ってなかった『黒森』で作業します!」
 シエナ先輩が、よくとおる声をあげた。

「おー黒森かぁ久しぶり」
 戻ってきたアールが、頭をかいている。

「おれは知らないぞ」

「そうだろうな。おれたちも、三十年ぶりくらいだもん」

「へえ?」

「その頃、そこの近くで火山が噴火してな。行けなくなってたんだ。火山灰とかに埋もれてさ」

 火山の噴火?
 灰に埋もれた森?

「そりゃあ大変そうだ……」

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