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第1章 幼年期からの始まり

その1 いきなり詰んでる生け贄の、おれ

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 あれ?
 ここはどこだ?
 頭上に、丸く切り取られたような空が見えた。
 雲一つない青空。ぐんぐん遠ざかっていく。

 ああ、おれは、落ちているのだ。
 自由落下というのか。
 ふわっと浮かぶ感覚があった。

 だが次の瞬間。
 全身が硬いものに叩きつけられたような衝撃があった。

 気がついたらおれは水中にいた。

 がぼっっ!

 盛大に口から空気の泡を吐き出していた。

 く、苦しい! 息ができない! 身体が沈む!

 何がなんだか、わからねえけど!
 このままじゃ、溺れる!

 おれは必死にもがいた。空気を求めて。

 間もなく水面に顔を出した。
 ここはどこだ?
 考える間もなく身体が動いた。そうだ、おれは泳げるからな。身体も凍るような水中にずっと浮かんでいられるわけないし、岸に着きたい。
 緑色の蔦みたいなのが垂れ下がっている。あれが壁か?
 十五メートルくらい泳いだろうか。
 岸にたどり着いた。
 壁の縁に沿って一メートル幅くらいの地面があったのだ。
 ありがたい。天の助け!
 どうにかこうにか這い上がって、息をついた。

 どこからか歌声が聞こえてきた。
 顔を上げる。
 丸く見える青空と、切り立った崖。崖には上から蔦が垂れ下がり、上空から差す陽光が筋を引いて、神秘的な様相を呈していた。

 ここは、巨大な縦穴か?
 穴の底は、井戸? 泉?
 湖というほど大きくはない。

 首が痛くなるほど見上げていたら、遙か遠く……穴の縁に、白い布を身体に巻き付けたような格好の人間が、五、六人。
 歌と共に……その人々は、手に掲げていた何かを……陽光を反射してキラキラと金色に光っている小さな物体を、投じた。

 小さな水音を立てて、降り注ぐ、それ。
 驚くほど透明度の高い水中に沈んでいく、それは。
 まるで、黄金や、翡翠のような色合いをしていた。

 そして水底は、光を反射し、エメラルドグリーンに輝いているのだ。

 ……あれ?
 こんなの、どこかで見たことないか?
 いや、正確には、見たんじゃないな。
 何かで読んだんだ。
 澄み切った水をたたえた、この縦穴は。
 セノーテ、って、やつじゃないか?

 しかも……。
 生け贄の泉?

 おれ、生け贄なのか!?
 ここがもし昔のマヤなら。(この仮定もそうとう奇妙だが)おれは雨の神ユムチャックに捧げられた生け贄なのではないか!?

「おお、ティトゥ……」
 若い女の声が、上空から聞こえる。
 それを止めたのは、しわがれた、老婆の声だった。
「およし。あれはもう神様のものだよ。セーア」

 女の泣き声。老婆の声。それに壮年の男の声が重なる。
「嘆くことはない、白い貝殻のセーア。おまえの幼児ティトゥは雨神様にお仕えするために旅立ったのだ」

「ティトゥ……」
 泣いている、若い女の声。

 あれ?
 おれの目から自然に涙が溢れ出た。
 あとからあとからこぼれ落ちる涙は、熱くて。
 冷え切っていたおれの心に、染みこんでいった。

 なぜだか何も、思い出せないけれど。
 きっと、あれは。
 おれの母親なんだ。

 おれの、名前は。
 ティトゥ……?

 涙をぬぐって、ふと、おれは今さらながら違和感をおぼえた。
 手が。小さい。
 っていうか、幼い! これじゃ幼児だよ!
 そんなばかな。

 え?
 なんで、おれは「そんなばかな」って思うんだ?
 本当は、幼児じゃないみたいじゃないか!?

 それにしても相変わらず、おれは絶体絶命の状況なのだった!
 雨の神様への生け贄に捧げられてるんだぜ!?


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