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第3章

その13 前世は夢か。加護は好きなものを好きなだけ?

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            13

 夢の中で、夢を見ているのだとわかっているときがある。
 たとえば、今。
 カルナックは、夢を見ている。

 いったい、ここはどこ?
 四角い、色を塗った金属の箱がすごい速さで移動して、見たこともないくらい大勢の人間が箱から出てきた。人間達は、妙な衣服を身に纏っていて、それぞれ向かうらしいところへ足早に歩き去って行く。
 地面が平たい。

 澄み渡った青い空に、白い雲が浮かんでいる。
 立ち並んでいる四角い建物。
 呆然と立っていると、後ろから、声を掛けてきたものがいた。

「おはよう! 今日もいい天気だねっ」
 気持ちの良い、爽やかな女の子の声だ。
 
 振り返ると、すごくキレイな少女が立っていた。
 親しげな、笑みを浮かべて。

 背中の半ばまである、明るい茶色の髪が、光を受けてきらめいて。ほっそりとした顔を、少しだけ癖のある毛先が包むように、柔らかくかかっていた。
 嬉しそうな笑顔で、駆け寄ってくる。
 みるみる顔が近づいて、どきっとする。
 頬が触れるかと思うくらいの距離まで顔を寄せてくるのだ。

「ねえ聞いてよ!」
 憤慨したように、話し出す。
「今朝、また雅人とケンカしちゃって。向こうが悪いのよ。先に謝ってくれたら、あたしも、『ううん、こっちも悪かったの』って、言えるのにっ」

「それじゃ、いつまでも彼と仲直りできないわよ」
 自分の口から、思ってもいない言葉が飛び出すので驚く。
「山本くんも本当は謝りたいのよ。杏子が許してあげなくちゃ」

「お~い杏子。悪かったよ、置いてくなよ。おお、並河も、おはよ」

「おはよう、杏子さん、香織さん」

 同じ年頃の少年が二人、駆けてくる。
 短い黒髪に黒い目をした少年たちは、清潔そうな、同じ色と形の服を着ている。
 どちらかといえば小柄で、幼い感じのする少年のほうに、なぜか、目をひきつけられた。

「香織さん」
 こちらを見て、それはもう嬉しそうに、笑って。
 胸が苦しくなるくらいに。


 あたりの景色が、変わった。

 空は重苦しい雨雲に覆われていた。
 霧のような細かい雨が、彼女の着ている黒い服に降りかかる。
「涙みたいだわ」
 彼女はつぶやく。
「……杏子は、居てくれるっていったのに。私、断っちゃった。泣いてるところなんか誰にも見られたくないの。……それなのに。なんで、きみは、ここにいるの?」

「香織さん」
 傍らに佇んでいるのは、小柄な、きれいな顔をした少年だ。
「オレがいる。ずっと、一生、そばにいるよ」

「……充くんは、死なない?」
 彼女が、尋ねる。
「私より先に死んだりしないと誓ってよ」

「永遠に。あなたのそばにいる。いつ、どこに生まれ変わっても。香織さんは、オレじゃイヤかもしれないけどさ」

「いやじゃないわ」
 彼女は応えた。
「きみと、だったら」

             ※

「あれっ? ここ、どこ?」
 気がついたとき、カルナックは、柔らかい、綿のようなものの上に横たわっていた。

 最初に飛び込んできたのは、かたわらで同じように寝ていたクイブロの姿だった。彼はカルナックを見て、心配そうに眉を寄せた。

「だいじょうぶか、ルナ」
 クイブロは手を伸ばして、カルナックの頬に触れた。
 その手を握り返したカルナックは、ぼんやりと、目をまたたく。なぜか涙が頬をつたっていた。

「うん。だいじょうぶ。なんか、寝ちゃってたよ」

「おれも。あの飲み物を飲んでからすぐ、眠くなっちまって」

『まあ無理はない。普段は摂取しない高レベルのエネルギー体を、急激に取り入れたせいだのぅ』
 返事が上から降ってきた。
 銀竜が、二人を覗き込んでいたのである。

「アル!」

「アルちゃん!」

 眠る前に約束したように、クイブロとカルナックは、銀竜に呼びかけた。

『うむ。良し、良し。クイブロ、ルナ。儂の友だち』
 満面の笑みをたたえ銀竜は頷く。

「でもアルちゃん、ルナって呼ぶのはダメだ。それは、ルナはおれの嫁で、おれだけの呼び名だから」
 クイブロは半身を起こして、あたりを見回した。
 まばゆい白壁に囲まれた洞の中。高い天井から、ほの青い光が差し込んでいる。
 
『なんだクイブロ。けちじゃのぅ。いいではないか。ルナ。可愛いのぉ』
 銀竜は楽しげに言う。

「ダメ! ルナって呼んでいいのは、おれだけ!」
 頑固にクイブロは言い張る。彼にとって、それは絶対に譲れないことなのだ。

「いい加減にして! それ、だいたい、おれのことだよね? クイブロも、勝手に決めないで」
 果てしなく言い合いを続けそうな銀竜とクイブロの争いに、カルナックが怒って、起き出した。
 長椅子のかたわら、床から一段高くなっているところに柔らかい綿を敷いてあり、そこに二人は寝かされていたのだ。
「おれは、アルちゃんなら、ルナって呼んでもいいな」

「だめだったら!」

『本人がいいと言っておるのにか』

「もう。アルちゃん。それよりあなたは二人が回復するのを待って加護を与えると言ってたじゃないの」
 クイブロも銀竜も譲り合わず、カルナックも呆れて、終わりそうもないやり取りにとどめを刺したのは、精霊族のラト・ナ・ルアであった。

『む。そうだったの。あの「エネルギー回復飲料チョコレート味改良版」を飲んで眠ったのだ、完全回復しておるはず。起きてちょっと歩いてみるが良い』
 銀竜はしぶしぶ、当初の目的を思い出して、言う。

「あっホントだ……身体が軽い!」
 さっそく起き上がったクイブロは、驚いた声をあげた。
「雪焼けでヒリヒリしてた頬っぺたまで、ぜんぶ治ってる!」
 嬉しそうに、飛び跳ねた。

「あ、おれも。寝る前は少し疲れてたけど、いまは、いくらでもまだ動けそうだよ」
 カルナックも起き上がって身体をひねってみた。

『そうじゃろう。身体が本調子でないと与えた能力も活かせんからの。では、加護を授けるとしよう。まずはクイブロからだ。おまえたち二人には、できる限りのものを与えると、ラトとも約束したしなぁ。普通は、一個二個だけなのだからな?』

 そう良いながら銀竜は、クイブロとカルナックの眼前に、ボードを開いた。
 空中に展開された半透明の巨大モニターのようなものに、たくさんの文字列が整然と並んでいる。

『読めるじゃろ? この世界を作ったセレナンの大いなる意思は、人間達の記憶に強く残っているものを全て、世界創造に取り入れたのだとか。なので、人間のよく知るゲームや、ファンタジーなるものに、かなり似た世界になっておる』

「ごめんそれ、意味わかんない」
 クイブロにとっては、ファンタジー? ゲーム? 何それ。という状態だ。

 考え込んでいるカルナックは、思い当たることもあるようだった。カルナックの中の、前世の記憶を持つ「香織」の意識なら、理解できるのかもしれない。

『おお。クイブロ。おまえは「思い出していない」人間じゃったか。いずれ思い出すやも知れぬのぅ。まあ、今は、それはさておき、だ。その文字は、「欠けた月」一族に読めるようにしてある。好きなものを選んでよいぞ。今の、育ちきっていない身体では充分に発揮できないものもあるが、成長すれば役立てるから気にするな』

「好きなものをって」

 眼前に広がる仮想モニターに、夥しい文字列が浮かんでいるのである。この中から選び出せというのだ。
 一例を挙げれば、『幸運』『身体能力向上』『対魔法防御』『常時完全回復』『呪い無効』等々。クイブロには、その効果がよくわからないものまで、さまざまである。

『そうじゃ。好きなだけ、選び取るがよいのだ』

「え……そんな」
 クイブロの喉が、ごくりと鳴った。
 好きな加護を好きなだけ取れ!?

「そんなん、かえって、迷うじゃないか……」

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