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第2章

その25 闇は消えて、残るは闇だけ

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           25

 全ての光が消え去った真の闇の中。
 ぽつんと、小さな光が浮かび上がる。

 それは、真っ白なウサギだった。

 白ウサギを抱いている子どもがいる。暗闇の中で一人、声もなく泣いている。

「どうして泣くの? ルナ」
 優しい声が聞こえ、ウサギをぎゅっと抱いたまま、ルナと呼ばれた子どもは顔を上げた。
 細く白い手が頬を撫でる。
 長い黒髪と黒い目をした美しい大人の女性が、ルナを膝に乗せて抱き上げる。

「おまえは、だれ?」
 不思議そうに見上げる、漆黒の瞳は涙に濡れている。
 白ウサギから放たれる光だけが闇を照らす中、黒髪の美女は優しく微笑む。

「ルナ、わたしの可愛い子。わたしはフランカ。『白い魔女』よ」

 一瞬の迷いの後に。
「お、かあ、さ……うわあああん」
 泣きながら、ルナは母親の胸に飛び込んだ。

「なぜ泣いているのか、わかっているわ。でも大丈夫。目を開けてごらんなさい」

「おかあさん、いかないで」

「どこへも行かないわ、ルナ。本当は、わたしはもう輪廻に戻り世界に還元されるべきなんでしょう。でも、ずっと、あなたの側に居て見守っているわ。さあ、目を開けて。お父さんが居る。そしてミツルくんも。ルナは覚えていないかもしれない。彼は未来永劫に、あなたのもの。わたしが昔、まじないを掛けたから。……それが良かったのかどうか、わからないけど」

 声が遠くなっていく。

 そしてルナは、本当の、目を開けた。

            ※

「いけない! カルナック。あなたが絶望したとき、闇が全てを呑み込んでしまう。気をつけて。よく見て! クイブロは生きてる!」

 ふいに耳に入ってきたのは、精霊の姉ラト・ナ・ルアの呼びかけだった。
 カルナックと呼びかけてきた美少女が、自分を思い、とても大事にしてくれていることが、はっきりと伝わってきた。
 そして自分は、誰かにしっかりと抱きかかえられていることも。

「大丈夫だ、ルナ」
 力強い声がした。険しいけれど優しい目をした、この男の人は。

「ぱぱ!」

「よしよし。落ち着いて。よく見るんだよ」
 
 倒れている少年の姿が目に飛び込んできて、ルナは息を呑んだ。

「ミツル!」

 すぐ側に、真っ赤に染まった、幅の広い大剣が落ちていた。

 危うく少年の身体を一刀両断にするところだった、その剣を止めたものがあったのだ。
 銀色に輝く片刃の剣が、血まみれの大剣を叩き落とし、床に突き立って、まだビリビリと刀身を震わせていた。

 ルナを抱いたまま、コマラパが近づき、片刃の剣を床から引き抜いた。驚くべきことに敷石に突き刺さっていたのである。コマラパが腰に差していた剣だ。

「た、助かったよ、コマラパ」
 クイブロは起き上がり、大きく息を吐いた。

「そこは『お義父さん』でもよいのだぞ、小僧」
 からかうようにコマラパは笑った。

「ありがとう、お義父さん」
 肩で息をしながら、クイブロは礼を言う。

「妙に素直になりおって」

 剣を引き抜いたコマラパは、抱きかかえていたルナの顔を見る。

「泣いていたのか。もう大丈夫だ。小僧は無事だしガルデルは死んだ。赤い魔女は、ガルデルがいなければ何をするでもない。じきに帰るだろう。もと来た場所にな」

 コマラパの言葉に、ルナは、ガルデルがいた場所を見た。
 ガルデルの姿は消え失せていた。
 甲冑だけが敷石の上に乗っている。

「ヤツは、突然、炎に包まれて。燃え尽きてしまったのだ」

「燃え尽きた?」

「ああ、まるで紙か木で造られたもののように。もしや、あいつは本物ではなかったのかもしれない。ラト・ナ・ルアが言うに、ここはおまえの心の中なのだそうだ」

「心の中?」
 ルナは、カルナックは、血の染みついた甲冑を見る。
 中身の無い、空っぽな。
 黒く焦げた木片のようなものが、まだ燻っていた。

「おれは……こんなものを、こわがっていたのか」
 呟いて、一度、まばたきをした。
 コマラパを見あげ、次にクイブロを見やる。

「たすけにきてくれて、ありがとう。ぱぱ。ミツル!」
 満面の笑みを浮かべて、言った。

「違う! おれはクイブロ! ミツルじゃないから!」

「いいではないか、小僧。そんな細かいことは、後でゆっくり話し合えば」

「細かくねえよ!」
 腑に落ちないクイブロだったが、自分に笑顔を向けるルナ(カルナック)を見たら、あらためて、心の底から嬉しくなってきた。

「う~ん、まあ、いいか。ルナを助けられたんだ。あとはどうでもいいや」

「そうだろう、そうだろう」

「帰りましょう。カルナック」
 ラト・ナ・ルアが、カルナック(ルナ)の手を取る。

「ここに捕らわれていたレニウス・レギオンは、もういないの。あなたはカルナックという新しい名前を自分でつけた。そしてあなたの伴侶クイブロは、ルナと呼び名をつけたの。帰りましょう、あなたの一番帰りたい所へ」

「それはきまってる」
 カルナックの目に、強い光が、戻ってきた。
「みんながまってるところ。レフィス兄さんと姉さんと、プーマの家族と、村のおばさんや、おじさんたちが笑ってるところ!」

 カルナックの腕の中にいた白いウサギの「ユキ」が、強い光を放った。
 青白い精霊火が幾つも集まってきて、カルナック、コマラパ、クイブロと、ラト・ナ・ルアを包み込んで、そして消えた。

                      ※

「ふん。こんなにしちゃって。どうするんだよ。いいけどね。こんなとこに、もう用は無いよ」
 鮮血の長い髪を振り乱し、暗赤色の瞳に暗い炎を宿した『赤い魔女』は、ふらりと立ち上がった。

「まあいいや。『漆黒の魔法使いカルナック』が夢の中で死ぬか、『闇』から救われるか、どっちに転んでもいいと思ってた」
 暗闇の中、赤い魔女は、頭を一振りした。
 一瞬で、コマラパが弟子だと思い込まされていた赤毛の青年の姿へと変わる。

「たまには、こんな余興も悪くはない。ルールの中で遊ぶのもさ」

「救われたカオリは『闇の魔女』じゃなくなったから。もうぼくへの脅威じゃない。うふふふふふ。あんな物理法則を無視した乱暴な攻撃だのコンピュータウィルスだのは、ごめんこうむるよ」

 セラニス・アレム・ダルは、一人、楽しげに笑う。

「今度会ったときは、もっと遊んでくれるかな? グーリア帝国の神祖ガルデルに、ご執心のレニウス・レギオンが生きていると教えてやったらどうするかな? ううん、あいつにそこまで親切にしてやる義理もないかぁ……ま、そのうちに、ね……」

 不穏な予言を残して、セラニスもまた、姿を消した。

 後には、主(あるじ)のない『闇』だけが残った。

    
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