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第1章
その33 奇跡の降る夜に祝いの歌を
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「おまえ! もう動けるのかい!」
ローサが声を詰まらせた。
感涙し、むせている。
「クイブロ! よかった!」
カルナックは初めて素直に喜びを声にあらわした。
身体の麻痺は、すでに解けたようだ。
だが、すぐには起き上がれないでいるクイブロに、ローサとカルナックが先を争うように抱きついた。
「よかった……! 自信ありそうに言っておいて、動けるようにならなかったら私、イル・リリヤを殺していたわ」
カルナックは喜びながらも物騒なことを口にする。
「殺すって、おまえ。そんな好戦的な。まるでうちの姉ちゃんみたいだぞ」
「わたしがどうかしたか?」
すかさずカントゥータが反応する。
「いや、呼んでねえから」
焦って首を振るクイブロである。
それに今は、何より大切な存在が、彼の腕の中にいるのだ。
「でもね、もういい。どんな月も、過去も悲しみも、私にはどうだっていいの。あなたがいれば」
クイブロの頬に、カルナックはそっと唇を寄せた。
その背中にクイブロは腕をまわして、きつく抱き寄せた。
くん、と。髪に手を差し入れて、鼻を寄せて、嗅ぐ。
頷いて、言った。
「やっぱり、カルナックだ。なんでそんなに大きくなったのか、……それに女の子だよな。わけがわからないけど。この髪の匂い。最初に出会ったときと同じだ」
目の前にいる美少女が、杯を交わしたカルナックと同一人物だということが、いまだに信じられなかったクイブロだ。
しかし、カルナックの髪の匂いは、同じ。花のような香りだ。
「うん。そう。『私も』カルナックだよ。わけは、あとで話す。ねえ、だいすき。やっと、みつけた、私の光。クイブロ、お願い、どこへもいかないで……」
顔を寄せたままで、目を閉じた。
「泣いてるのか?」
カルナックの頬にこぼれた涙を、クイブロは唇で吸い取る。
予想していなかったことに、カルナックは動転した。
「……そんな、だめ……」
頬を染めて恥ずかしそうに抗議する。
「心配かけて、ごめん」
クイブロは囁く。
抱き合う二人を、まぶしそうにローサは見やり、そっと、離れた。
カントゥータも、コマラパも、レフィス・トールとラト・ナ・ルアも。生暖かい目で、見守るのだった。
コマラパだけは、ひそかに拳を握りしめていた。
杯を交わしたといっても、まだ子ども同士である。特にクイブロのほうは。と、彼は考えていた。
互いの想いのたけを確かめ合うくらいは認めるが、容認できないところまで触れ合いが進むようなら、殴ってでも止めるつもりだった。
キスを始めたあたりでコマラパの辛抱が限界にきた。ところが拳をふるおうとしたときに、カントゥータが手をのばして、止めた。
「嫁御の親父殿。あなたは今、とても面白い顔をしているぞ」
楽しげに言うのである。
「なにっ?」
「赤くなったり、青くなったり、な。その……少し大目に見てやってくれ。婚礼の夜だ。まだ一人前の大人ではないが。抱擁くらいは」
「抱擁ですめばな。男なんぞは、勢いがついたら途中で止められるわけがない」
コマラパは苦いものを呑み込んだような顔をした。
「あなたにも若い頃があったのだろう?」
不思議そうにカントゥータが問う。
「だからだ! 子どもだろうが男はどうしようもないものだ! わたしも男だからわかるのだ!」
「……うむ。そうか、それは説得力があるな。しかし、可愛い末の弟の初恋だし、もう嫁なんだし」
カントゥータの言葉も、少し歯切れが悪かった。
「カントゥータ殿。あなたの弟と伴侶の杯を交わし、誓った。カルナックは我々が大切に守り育ててきた、愛し子。その子を、あなたがたに託します。どうか力になってやってください」
レフィス・トールが、間近で声を掛ける。
すると、カントゥータも、頬を染める。
「え、いや、も、もちろんですとも! 貴き精霊様」
「そのような他人行儀な。我々は親族となったのです。カントゥータ、我が人間の妹よ。わたしのことは名前で呼んでください。レフィス・トール、もしくはレフィスと」
「えっいいんですか! じゃなかった、レフィス様! 嬉しいですっ」
「いや、ですから『様』ではなく」
「でしたら、『お兄さま』と呼んでもいいですかっ!」
「は? はい、いいですよ?」
「やった~! 憧れてたんだ『お兄さま』! カルナックちゃんもさっき『お義姉さま』って呼んでくれたし! 可愛い妹もできて、もうサイコー!」
先ほどまでセラニス・アレム・ダルという手強い敵と、命をかけたやり取りをしていた反動か。緊張が解けたカントゥータは、素直に小躍りして喜ぶのだった。
もしかすると、今、この場で一番幸福なのは、カントゥータだったかもしれない。
「あのう、カントゥータさん。わたしのことも忘れないでくださいね?」
遠慮がちに、声をかけるラト・ナ・ルア。
「あっ、はい! もちろん! ラト・ナ・ルアちゃん! あなたもすっごい華奢で可愛い! こんなにきれいな兄妹が一度に増えるなんて、嬉しいっ!」
「ちゃん? あの、わたし、カントゥータさんより、かなり年上だったりするんですけど……ぜんぜん聞いてないですよね?」
「まあ、いいではないか。ラト・ナ・ルア殿」
握りしめていた拳を解いて、コマラパは笑った。
「みんな、あんなに喜んでいるのだから」
月光の下で、跳ね回るカントゥータが、クイブロとカルナックを、大牙と夜王を、カルナックの可愛がっているウサギの「ユキ」を、レフィス・トールを、巻き込んで、踊り出す。
祝いの席で踊るときに歌う歌が、飛び出した。
『 踊れ、踊れ。
高原に咲く、薄紫の小さな花よ。
どこからきたのか。どこへ行くのか。
そして戦士たちよ、戦いを恐れるな。
戦いで流す血は、大地の女神に捧げる供物 』
「それにしても、さすが戦士の村だな。婚礼の祝い歌までも、戦いに繋げるとは」
妙なところで感心してしまうコマラパだった。
「そうさ、宴会のやり直しだよ! 村の男たちは今頃、全員、なにも知らずに酔いつぶれているだろうけどね。叩き起こして、料理を作らせよう」
うきうきとしてローサが言う。
「なんといっても今夜は、めでたい席。婚礼の夜さね。……真月の女神さままで、ここにご降臨なさっておられるのだからね!」
月下の高山台地には。
金色の髪をした、美しい女神が。
つつましやかに、たたずんで。
人々を、見守るのだった。
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