上 下
22 / 144
第1章

その22 父と娘

しおりを挟む

               22

「何が起こった!」
 悲鳴を聞きつけたコマラパが駆け込んできた。
 続いてカントゥータ、ラトとレフィス、それにローサ。

 部屋の入り口には布を垂らして仕切ってあるだけで扉はついていない。


『おや、誰かと思えば。深緑しんりょくのコマラパ老師。お師匠様じゃないですか』
 およそ緊張感のない声をあげたのは、セラニス・アレム・ダル。

「おまえに師匠と呼ばれる筋合いはない。わたしを欺していたな!」

 コマラパの憤りなど、どこ吹く風。
 楽しそうにセラにスは歌い上げる。

『レギオン王国を一緒に巡ったのは楽しかったな。懐かしいな。だってコマラパ師、あきらかに『聖堂』に目を付けられてたし。あと少しで、助けた病人に密告されて異端審問に掛けられるところだったのになあ。これって恩を徒で返すってやつ? 裏切りって、すごい人間らしい行為だよね』

「まさか、おまえは。何もかも知っていたのか? 密告のことも」

『もっちろん! お師匠は何もわかってなくてかわいそうだった』
 セラニス・アレム・ダルは、コマラパの驚いた顔を眺めやり、楽しかった思い出話をするかのように、ご機嫌だ。

『ほんと残念だよ』
 くすくすと嗤う、笑う。

『そうすればエルレーンの大公は黙っていない。コマラパは大公が若い頃の教師であり、相談役を勤めていた。それを異端審問だとか火あぶりだとか。正義の人、エルレーン大公は黙ってはいなかっただろう。レギオン王国とエルレーン公国の友好関係も崩れ、戦争になっただろうね。沢山の人間が死ぬ。どれだけの血が流れるだろうね! ねえ、わくわくしてこない?』

「なんだ、この胸くそ悪い奴は」
 カントゥータが飛び出した。
 セラニスが、今しも首を絞めようとしているのはクイブロなのだ。

 飛びかかりざまに愛用の飛び道具、紐の先端に金属の錘(おもり)を結んだスリアゴを奮い、標的に打ち込む。

「なにっ! すり抜けた!?」
 危険な飛び道具スリアゴは、赤い髪の青年には当たらなかった。
 手応えもなく、何もない空間を通り抜けたかのようだった。

「あれは幻影だ。実体は地上にはない。ただ、あれは人の心を操るすべに長けている」
 レフィス・トールが言う。

「セラニスが触れているように見えるけど、実際に首を絞めているのは、クイブロ自身なの。このままだと、自分で死んでしまう!」

 ラト・ナ・ルアの叫びにカントゥータは次の行動に移る。

 投じたスリアゴを手元に帰す勢いにまかせ、今度はクイブロの身体に、先端の錘を絡ませ細綱をぐるぐると巻き付けた上で、引く。
 クイブロは勢いよく倒れ、床の上を転がってきた。

「姉ちゃん」

「しっかりしろ。起き上がれるか」

「動けないんだ。神経をどうかしたって……あいつが言ってた」

「大丈夫よ」
 クイブロの顔に、さらりと黒髪が落ちた。
 カルナックが、身を屈めてクイブロの頬を、いとおしそうに撫でたのだった。

「地上にいないセラニスには、人間に対して物理的に干渉する力はないから。だからこそ、降臨(インストール)できる器が欲しいんだわ」

「え。……え!? お、おまえ」
 クイブロは驚いて目を何度もしばたかせた。

「おまえ、だれだ?」

 彼の顔を覗き込んでいたのは、幼い子どものカルナックではなかった。

 年頃は十六、七歳。
 少女から若い娘へと成長する過程にある、大輪の花が開きかけたような、あでやかな美少女だった。

 あきらかに少女であると誰もがわかるのは、何も身につけていないからだった。

「私がわからないの? クイブロ。婚姻の杯を交わした、伴侶なのに」
 くすっ、と、美少女が笑った。

「カルナック!? うそだろ!」

「えええ!?」

「ど、どういうことさね!」

 クイブロもカントゥータも、ローサも仰天したが。
 一番驚いていたのは、コマラパだったろう。

「か、香織? 香織かおりなのか!?」

 それはコマラパ、並河泰三が前世で死別した娘、並河香織なみかわかおりの姿、そのものだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

処理中です...