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第1章
その4 赤い髪と暗赤色の瞳の、おしかけ弟子
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高原を吹き抜ける風が、コマラパを襲った。
身を切るような冷たい風だ。
精霊の白い森が消えて、コマラパは一人、高山台地に取り残されていたのだった。
「なぁんだ、あんたも失敗したのかぁ」
背後から聞こえた声に、振り返る。
登り道の途中で、精霊の森は自分には見えないというので待たせていた同行者が、そこに立っていた。
血のように赤い髪と、暗赤色の目をした青年。
確かレギオン王国の首都で、押しかけ弟子になったのだったが。
……彼の名前は、と考えて、コマラパの背筋が冷える。
弟子のはず?
だが考えてみればコマラパは弟子など取った覚えはなかった。
それに、なぜ、名前が思い出せないのだ?
突然、青年は声をあげて笑い出した。
「あっはははははは! なんだいその顔。『気がついちゃった』の? 予想してたより早く醒めちゃったなあ。つまんない」
「おまえは……誰だ」
コマラパは愕然とする。
精霊の森に入る直前まで行動を共にしていたはずの弟子は。
見も知らぬ青年だった。
「正義漢で名高い大森林の賢者サマだもの、ちょっとは期待したんだけどな。ねえ、どうだった? 森には入れたんだよね。精霊(セレナン)には会えたかい?」
子供のようにはしゃいで。悪びれもせず、ただただ、面白そうに。
ふいに、コマラパの胸に蘇ってきた言葉がある。
あの精霊の青年が言っていたことだ。
……『いったいどんな口が、そなたに偽りを告げた? そのものに、影はあったか? 次に出会ったなら、そのものの足下を見てみることだな。足下に影がなくば、それは実体ではない』……
……『実体を持たず、人の心に都合の良い幻を見せて、心や行動を操るものが在る。人間達はまだ知らないようだが』……
「おまえは」
まだ笑い続けている青年の足下を見る。
そこには、どんな影も、落ちてはいなかった。
「まさかおまえは。『魔の月』なのか?」
口にしたとたんに、青年の笑いは凍り付いた。
「へえ? 精霊は、そこまで話してくれたんだ? じゃあ、あれも聞いた? あの黒髪の子ども。あれは僕が現世に肉体を持って降臨するために、今はグーリア帝国の皇帝になっているガルデルが用意してくれた器なんだってこと」
ひどく楽しげに青年は言うが、コマラパにはよくわからない言葉も挟まれていたので、完全には理解しきれなかった。
だが、その内容は、不快の極みにあるようなものだろうと、察しはついた。
「あの子はぼくのものさ。なのにガルデルのやつ、殺しちまったものだから思い切りよく捨てちゃうし。それを世界が拾うなんて思わなかったよ。取り戻したいと思うのは当然でしょ」
「おまえのものではない。人間は、おまえの玩具ではないぞ」
コマラパの声に、青年は耳を貸さない。
「ねえ、わかってくれるよねお師匠さま? すっごく面白そうなんだ、あの身体。中に入ってる魂は、ただものじゃない。精霊火を虜にするくらいだよ。ぞくぞくするね。欲しいなぁ……」
いつの間にか赤毛の青年はコマラパの間近まで迫っていて、暗赤色の炎が燃えているような瞳で、彼を覗き込んでいた。
「ねえ。お師匠さま。また、ぼくと一緒に精霊の森を探そうよ。きっとこの場所にはもう現れないからさ。次に現れるのはどこかなぁ。旅っていいよね、お師匠?」
コマラパは目を合わせることを避け、視線を落とし、青年の足下の、影のない地面を見つめた。
「そうやって、ガルデルも誑かしたのか」
「そんなやつのこと、どうでもいいじゃない……もう、一緒に遊んでくれないの? お師匠さま。約束したよね?」
寂しそうに、目を伏せ、また、見開いた。
その瞬間。
コマラパは、その昏い瞳に魅入られた。
「ああ。わたしの弟子よ。いつまでも共に歩む約束を、したのだったな。おまえが教えてくれた、精霊に拐かされた子どもを、救うと……」
だが、そのとき。
おびただしい数の精霊火が現れ、コマラパの周囲を取り囲んだ。
青白い炎の球体は、後から後から、大河のように押し寄せて、青年の目の前から、大森林の賢者の姿を覆い隠した。
「また邪魔をするのか! 世界は欲張りだ。ぼくにだって、楽しみを残しておいてくれてもいいのに!」
苛立った声で青年は叫んだ。
けれどその叫びは、高原を吹き抜ける風にさらわれて消えていった。
あとには何も、残ってはいなかった。
これより後、レギオン王国では、大森林のクーナ族の賢人、深緑のコマラパの姿を見たものはない。
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