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第1章
その37 ハンサムウーマンVS…
しおりを挟む37
おれ山本雅人の従兄弟、沢口充と、並河香織さんの婚約は、驚きがおさまった後は、家族をあげての大歓迎。
並河さんが持ち込んだ高級な日本酒を差し出し、おじさんに上手にすすめるものだから、機嫌のいいこと。
「こんなにキレイなお嬢さんが充の嫁に! こいつはめでたい」
「気が早いよ父ちゃん! はめ外すなよ!」
充は顔を真っ赤にしていた。酔っ払ったときのおじさんは、陽気なドイツ人みたいな賑やかさ満載の、つまり陽気な酔っぱらいである。
「あの、あの、よろしくお願いします!」
香織さんが頬を染めて、頭を下げる。
「お父様、お母様。沙弥姉さま。それに優さん。あたたかいご家族に、加えていただけたら、うれしいです……」
「まーーーーーっっ!!! 可愛いっ! 充にはもったいないわ!」
感激する沙弥姉。
「まだ高校生じゃない。早まることないわよ。これからだって、もっといい人、いくらでも見つかるでしょ?」
「ええっ!?」
「やめろよ姉ちゃん! へんなこと言うなあ!」
「きゃはははは! 冗談に決まってるじゃん!」
沙弥姉の冗談は洒落になんない。
充は青くなるし香織さんはオロオロ。
おれと杏子さんも焦りまくりである。
その緊張した空気をほぐそうとしたのか、沢口のおじさんが、妙子おばさんを手招きして、言った。
「そうだ妙子、さっき電話で、じいちゃん呼んどいたぞ!」
「そりゃいいわ! あたしも後で呼ぼうと思ってたんだよ。おじいちゃん、急な話で驚いてたんじゃないの?」
「ああ。でも、すっごく喜んでな。さっきまで老人会のカラオケ大会だったそうだけど、すぐに飛んで来るって!」
じいちゃんというのは沢口のおじさんの大叔父にあたる人だ。
徒歩十五分の距離で、一人暮らしをしている八十歳だが、まだまだ矍鑠(かくしゃく)とした、元気いっぱいな楽しいおじいさんだ。
じいちゃんが来れば沢口家は勢揃いだ。
おれと、香織さんの親友、伊藤杏子さんと、お母さんの桃枝さんと、みんなで祝って、めでたしめでたし!
……あれ? なんか忘れてるような?
※
しばらくすると、おじさんの予告通り。
「お~い! 妙子さん、わしじゃ! カラオケで盛り上がっての~。じゃが充に嫁が来るってんじゃ、じっとしとれんわい。すぐに出てきた。ところで充は、もうそんな歳になっとったかいの。小学生じゃったろ」
玄関から大声が聞こえてきた。
「大叔父さんたら。充はもう高校生になったんですよ」
「高校? そうかそうか。そりゃあ、もう大人じゃな! わっはっはっはっ」
声が近づいてくる。
大叔父さんを一言で表せば、昔から続いてる超有名時代劇の「越後のちりめん問屋のご隠居」だね! それも初代の俳優さんの。見たことあるかって? たびたび再放送してるから、おれだって知ってるわけで。
「そうそう、家の近所まで来たら、山本んちの坊主が、うろうろしとったからついでに連れて来たわい」
「どういうことですかこれは!?」
大叔父さんの声に負けないくらいの大声が聞こえてきた。
あ。
山本んちの坊主、ね。
大叔父さんからしたら、そうなのか。
つまり、うちの親父、山本雅治であった。
そういえば連絡しなかったな。
どうせ仕事だろうと思ってたしな。
「どういうことなんだ雅人! やっと仕事を終えて帰ってみれば家は真っ暗だし伝言を聞いて、ここ(沢口家)にやってきてみれば、お前がいるじゃないか。なんで連絡の一つもよこさない!」
「悪い、親父。忘れてた!」
おれは素直に謝った。
「ばかもん! 悪い、のひとことですむか!」
ところが親父は、いつも何くれと逆らうおれが素直に謝ったことで、拍子抜けというか怒りの矛先を収めそびれてしまったみたいだ。
っていうか、感情の揺れ幅、振り切った。
「俺がどんだけ心配したと思ってる!」
目に涙だよ。やだなあ親父。泣き上戸だったよな。どんだけ呑んできたんだ。近頃、酒の量、過ごしてるんじゃないかな。親父には哀愁が漂うのである。
「親父、また呑んで帰ってきたな……連絡くれなかったの、親父もだろ」
「それがどうした!」
目が据わってて向きになる中年男とか、見苦しいよ。こんなざまじゃなくて素面のときに伊藤さんとお母さんに会って欲しかったな。
ため息が出る。
「なんだ雅人、その態度は!」
「いい加減になさいませ山本さん、いい大人が、恥ずかしいですわ!」
「はぁ?」
やっとおれ以外の状況に目がいった親父が声のしたほうに顔を向け。
「うえっ」
驚きを隠せないようすだ。
もちろん、そこにいたのが妙齢の美女(美魔女まではいかないかな。年齢相応の落ち着きと爽やかさを感じさせる)伊藤桃枝さんなのだ。
桃枝さん。桃の枝は魔除けだったな。親父のこじれた部分を祓ってくれないかな。
ハンサムウーマン、伊藤桃枝さんは、仁王立ちになっていた。
「ここはめでたい祝いの席なんです! なのに、そんな大声で。酔っ払ってるのは、山本さん、あなたじゃないですか。祝いの席を邪魔する気ですか!? それを、息子さんの話も聞かずに頭ごなしに! だいたい、仕事仕事って、いまどき、忙しいって言ってばかりの人は仕事管理のできない無能ですわよ。毎日のように午前様だそうですわね。どれだけ呑んでらしたの。酒臭い!」
鼻をつまみ、眉をひそめた。
けれども、すっごく、美人だ。
親父の表情が緩んでいる。
ちなみにこの騒動は、親父と、おれと、伊藤杏子さんと桃枝さんという、小規模な場で行われていた。
充と香織さんを中心とする沢口家と並河夫妻を加えた祝いの宴は、友好的かつ賑やかに、浮かれぎみの沢口のおじさんを抑えつつと、とどこおりなく進行中である。
いいなあ、おれも早く、そっちに参加したいなあ。
「そりゃあ営業で酒の席のつきあいもあるでしょうけど。酔っ払うほど呑むのは感心しませんわ。年頃の息子さんをほったらかしにして」
「そっ、それは」
親父がたじたじだ。
理詰めには弱い親父である。
加えて言えば、理知的な美女には、超がつくほど弱い親父。
最初から、完敗なのはあきらかだった。
「しかし雅人が連絡をしなかったのは確かで」
せこい抵抗をこころみる親父。
バカだな。認めればいいのに。
桃枝さんに一目ぼれしました、って。
「うるさい!」
なおも愚痴る親父に、桃枝さんが、キレた。
「ケツの穴の小さい男はサイテーですっ!」
その言葉と同時に。
親父の腹に、鋭く重いワンパン。続いて流れるような蹴りが下腹部に、それはもう見事に入った。
親父、ご愁傷さま。
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