328 / 360
第九章 アイリスとアイーダ
その6 女神アエリア
しおりを挟む
6
何も無い空間にいた。
浮かんでいるのか、落ちているのか、よくわからない。
周囲は、夜明け前の空の色に包まれている。
ああ、ここは。
思い出した。
セレナンの女神様、アエリア様に会ったところだ。
『やっと、わたくしを呼んでくれましたね』
頭の中に直接、声が響いた。
周囲を漂っていた銀色のもやが、みるみる集まっていき、美しい少女の姿になった。
年齢は十五歳くらい。
青みを帯びた銀色の長い髪に、アクアマリンのような淡いブルーの瞳。
柔らかな光沢のロングドレスは足首まで覆っており、素足に、ドレスと同じ素材と思われる純白の編み上げサンダルを履いている。
慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。
「ああ、アエリア様! そうです。あたし、どうしたらいいかわからなくて。それに前世のことも」
思いの丈を素直にぶちまければ、
女神様は頷いて、
『前世の記憶も繋がったようですね。以前のあなたは前世を「飛び降り自殺を図った」ときまでしか覚えていなかった。でも今は、その後のことも思い出したのですね』
女神様は全てお見通し。
『ヒトたちの生は、多様で多彩ですね。あなたも、以前は一面的な観点で出来事を捉えていたことが、今ならわかるでしょう。いえ、まだ。あなたはこれから先の人生を生き続けるのですから』
「そのことなんです、女神様!」
あたしは叫んだ。
「これからも生きられるの? 精霊様の聖なる水も、一時しのぎだって聞いて」
『あら。それは誰から聞いたの?』
「……えっ」
虚を突かれた。
「そういえば……いつ、誰に?」
『いいの、忘れなさい、覚えている必要はないことよ』
アエリア女神様が近づいてきて、あたしの額に指をあてた。
……気持ちいい。
水源の泉を連想した。
清冽な流れが、いやな感覚、重いもの、つらい感情、そんな、暗くとどこおったものを、どこかへ運び去って消してしまう。
『わたくしの担当する魂の中でも、とりわけ、いろんな重荷を背負ってしまった愛し子。誓って、あなたを幸せにしてあげる。失った大切なものを取り戻すこともできるの。ここ、セレナンでなら』
「アエリア様……ありがとうございます」
『前にも言ったでしょう。困ったことがあったら、いつでも頼っていいのよ』
女神様はあたしを胸に抱きしめた。
ふと、遠い昔に、同じようなことがあった気がした。
抱きしめてくれたのは、誰?
そこはもう、何もない空中ではなく。
白い、地面だった。
雪が降り積もっているわけではなくただ、純白の地面、周囲に生えている草むらも、灌木も、白くて。
ただ白い森の中に、自分はいた。
女神様の腕に抱かれて。
『アエリア。そろそろ、私にも彼女を紹介してくれない?』
心臓の近くで響いた声に驚いて顔を上げる。
長い黒髪と黒い瞳をした少女が佇んでいた。
見た目の年齢は(というのは、この美人さんがもし女神様だったら、人間の年齢なんてあてはまらないから)アエリア様より少し年上かな? 十七、八歳くらい。
とてもきれいな人だ。
前世の記憶にある、海外の雑誌の表紙や、ミスユニバースとかに選ばれそうな美女。
アエリア様と同じ純白のロングドレスの裾から、華奢な靴の足先がのぞいていた。
『あら、ありがとう。あなたも、とてもきれいよ』
笑ったら、あたりが、ぱあっと明るくなった気がした。
「あの、あなたは」
黒髪の彼女は近寄ってきて、あたしの手を握った。
ひやりと冷たい、しなやかな肌が触れる。
大輪のバラが咲いたよう。
少しだけ挑戦的な表情、整った顔だち……
ふと、違和感。
この人を知ってるような?
ふふふ、と、彼女は声をあげて笑った。
『そろそろ気づいているだろう? 《相田紗耶香》。いかにも、私だ』
妖艶ささえ漂わせていた美女の仮面が、するりと脱げて。
くくく、と低く笑ったのは、いたずらっ子みたいな表情の男の子。
長い黒髪に黒い目。
まとっていた純白のロングドレスが、裾のほうから上に向かって、ざあっ、と音を立てたかのような勢いで、漆黒に染まった。
同時に、瞳はアクアマリン・ブルーに変わる。体内からあふれだす魔力の色だ。
「えっ……え、え!? あなたはカルナック様?」
漆黒の魔法使いカルナック様、その人が。あたしの目の前にいた。
『しょうがないだろう。この《魂の座》では、誰もが、最も強く記憶している姿になってしまうのだ。現在の自分の容姿をイメージするのに少々時間がかかってね』
カルナック様は、いまいましそうに舌打ちした。
何も無い空間にいた。
浮かんでいるのか、落ちているのか、よくわからない。
周囲は、夜明け前の空の色に包まれている。
ああ、ここは。
思い出した。
セレナンの女神様、アエリア様に会ったところだ。
『やっと、わたくしを呼んでくれましたね』
頭の中に直接、声が響いた。
周囲を漂っていた銀色のもやが、みるみる集まっていき、美しい少女の姿になった。
年齢は十五歳くらい。
青みを帯びた銀色の長い髪に、アクアマリンのような淡いブルーの瞳。
柔らかな光沢のロングドレスは足首まで覆っており、素足に、ドレスと同じ素材と思われる純白の編み上げサンダルを履いている。
慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。
「ああ、アエリア様! そうです。あたし、どうしたらいいかわからなくて。それに前世のことも」
思いの丈を素直にぶちまければ、
女神様は頷いて、
『前世の記憶も繋がったようですね。以前のあなたは前世を「飛び降り自殺を図った」ときまでしか覚えていなかった。でも今は、その後のことも思い出したのですね』
女神様は全てお見通し。
『ヒトたちの生は、多様で多彩ですね。あなたも、以前は一面的な観点で出来事を捉えていたことが、今ならわかるでしょう。いえ、まだ。あなたはこれから先の人生を生き続けるのですから』
「そのことなんです、女神様!」
あたしは叫んだ。
「これからも生きられるの? 精霊様の聖なる水も、一時しのぎだって聞いて」
『あら。それは誰から聞いたの?』
「……えっ」
虚を突かれた。
「そういえば……いつ、誰に?」
『いいの、忘れなさい、覚えている必要はないことよ』
アエリア女神様が近づいてきて、あたしの額に指をあてた。
……気持ちいい。
水源の泉を連想した。
清冽な流れが、いやな感覚、重いもの、つらい感情、そんな、暗くとどこおったものを、どこかへ運び去って消してしまう。
『わたくしの担当する魂の中でも、とりわけ、いろんな重荷を背負ってしまった愛し子。誓って、あなたを幸せにしてあげる。失った大切なものを取り戻すこともできるの。ここ、セレナンでなら』
「アエリア様……ありがとうございます」
『前にも言ったでしょう。困ったことがあったら、いつでも頼っていいのよ』
女神様はあたしを胸に抱きしめた。
ふと、遠い昔に、同じようなことがあった気がした。
抱きしめてくれたのは、誰?
そこはもう、何もない空中ではなく。
白い、地面だった。
雪が降り積もっているわけではなくただ、純白の地面、周囲に生えている草むらも、灌木も、白くて。
ただ白い森の中に、自分はいた。
女神様の腕に抱かれて。
『アエリア。そろそろ、私にも彼女を紹介してくれない?』
心臓の近くで響いた声に驚いて顔を上げる。
長い黒髪と黒い瞳をした少女が佇んでいた。
見た目の年齢は(というのは、この美人さんがもし女神様だったら、人間の年齢なんてあてはまらないから)アエリア様より少し年上かな? 十七、八歳くらい。
とてもきれいな人だ。
前世の記憶にある、海外の雑誌の表紙や、ミスユニバースとかに選ばれそうな美女。
アエリア様と同じ純白のロングドレスの裾から、華奢な靴の足先がのぞいていた。
『あら、ありがとう。あなたも、とてもきれいよ』
笑ったら、あたりが、ぱあっと明るくなった気がした。
「あの、あなたは」
黒髪の彼女は近寄ってきて、あたしの手を握った。
ひやりと冷たい、しなやかな肌が触れる。
大輪のバラが咲いたよう。
少しだけ挑戦的な表情、整った顔だち……
ふと、違和感。
この人を知ってるような?
ふふふ、と、彼女は声をあげて笑った。
『そろそろ気づいているだろう? 《相田紗耶香》。いかにも、私だ』
妖艶ささえ漂わせていた美女の仮面が、するりと脱げて。
くくく、と低く笑ったのは、いたずらっ子みたいな表情の男の子。
長い黒髪に黒い目。
まとっていた純白のロングドレスが、裾のほうから上に向かって、ざあっ、と音を立てたかのような勢いで、漆黒に染まった。
同時に、瞳はアクアマリン・ブルーに変わる。体内からあふれだす魔力の色だ。
「えっ……え、え!? あなたはカルナック様?」
漆黒の魔法使いカルナック様、その人が。あたしの目の前にいた。
『しょうがないだろう。この《魂の座》では、誰もが、最も強く記憶している姿になってしまうのだ。現在の自分の容姿をイメージするのに少々時間がかかってね』
カルナック様は、いまいましそうに舌打ちした。
10
お気に入りに追加
276
あなたにおすすめの小説
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです
熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。
そこまではわりと良くある?お話だと思う。
ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。
しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。
ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。
生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。
これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。
比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。
P.S
最近、右半身にリンゴがなるようになりました。
やったね(´・ω・`)
火、木曜と土日更新でいきたいと思います。
おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~
月白ヤトヒコ
ファンタジー
教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。
前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。
元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。
最弱ステータスのこの俺が、こんなに強いわけがない。
さこゼロ
ファンタジー
俺のステータスがこんなに強いわけがない。
大型モンスターがワンパン一発なのも、
魔法の威力が意味不明なのも、
全部、幼なじみが見つけてくれたチートアイテムがあるからなんだ!
だから…
俺のステータスがこんなに強いわけがないっ!
【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!
猫石
ファンタジー
目が覚めたら、人間と、獣人(けものびと)と鳥人(とりびと)と花樹人(はなきひと)が暮らす世界でした。
離婚後、おいしいお菓子と愛猫だけが心の癒しだったアラフォー女は、どうか自分を愛してくれる人が現れますようにと願って眠る。
そうして起きたら、ここはどこよっ!
なんだかでっかい水晶の前で、「ご褒美」に、お前の願いをかなえてあ~げるなんて軽いノリで転生させてくれたでっかい水晶の塊にしか見えないって言うかまさにそれな神様。
たどり着いた先は、いろんな種族行きかう王都要塞・ルフォートフォーマ。
前世の経験を頼りに、スローライフ(?)を送りたいと願う お話
★オリジナルのファンタジーですが、かなりまったり進行になっています。
設定は緩いですが、暖かく見ていただけると嬉しいです。
★誤字脱字、誤変換等多く、また矛盾してるところもあり、現在鋭意修正中です。 今後もそれらが撲滅できるように務めて頑張ります。
★豆腐メンタルですのであまめがいいですが、ご感想いただけると豆腐、頑張って進化・更新しますので、いただけると嬉しいです、小躍りします!
★小説家になろう 様へも投稿はじめました。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
ゆとりある生活を異世界で
コロ
ファンタジー
とある世界の皇国
公爵家の長男坊は
少しばかりの異能を持っていて、それを不思議に思いながらも健やかに成長していた…
それなりに頑張って生きていた俺は48歳
なかなか楽しい人生だと満喫していたら
交通事故でアッサリ逝ってもた…orz
そんな俺を何気に興味を持って見ていた神様の一柱が
『楽しませてくれた礼をあげるよ』
とボーナスとして異世界でもう一つの人生を歩ませてくれる事に…
それもチートまでくれて♪
ありがたやありがたや
チート?強力なのがあります→使うとは言ってない
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
身体の状態(主に目)と相談しながら書くので遅筆になると思います
宜しくお付き合い下さい
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる