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第八章 お披露目会の後始末

その30 黒竜くんは働きたくない

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 時間が止まっているとグレイスさん(偽物)が言ってた、灰色の街に、突然あらわれたアーテルくんは、あたしの迷いもろともに、全てを吹き飛ばしてくれた。

 ところで、アーテルくんは、お家からほとんど出た事も無いあたしの、数少ないお友達。
 十二歳くらいの美少女の姿。けれど、その素性は名前でもわかるように黒竜(アーテル・ドラコー)なの。

 最初に会ったのは、三歳の時だった。
 アーテルくんは第一世代の精霊グラウケーさまと一緒にいた。
 ちょっとしたピンチに陥っていたあたしとカルナックさまを助けてくれたの。もっともカルナックさまは危機的状況でも平然としてらしたけど、三歳幼女だったあたしを伴っていたことが弱点になっていた。
 アーテルくんとグラウケーさまに命を救っていただいた、この恩義は忘れないわ。
 このときアーテルくんは、友情のしるしにって鱗を一枚くれたの。実際はとっても大きな鱗だけど、そこはたぶんカルナックさまの魔法で小さく加工していただいて、精霊石のブレスレットに組み込んでもらってた。

 ついさっきまでは、そのことさえ、幻惑されていたらしいあたしは認識できなくなっていたんだけど……。
 うう、悔しいっっ!

 そんなあたし、アイリスを見やって、アーテルくんは、小さなため息をついた。

『やれやれだよ。できればボク、この世の終わりまで働きたくないんだけどなぁ。知らないかもだけど、このボクが出るなんて、よっぽどのことさ。なのにキミ、結構な頻度で、ピンチになっちゃってるんだから』

「ごめんなさい」
 いつの間にかだまされてたんだものなあ……我ながら情けないわ。

『まあ、仕方ないよ。それよりさ、乗せてあげるから、とっとと、脱出しよっか』

 次の瞬間、アーテルくんの姿は『黒竜』になっていた。
 二階建ての家くらいの大きさのドラゴン。全身は真っ黒な鱗に覆われていて、陽光を反射してキラキラと輝いてる。
『さあ乗って』
 首を下げて石畳の路面につけた。あたしはこわごわ、足をかけて、のぼる。
 どういう仕組みなのか、アーテルくんの鱗がさざ波のようにざわざわ立って動いて、あたしを運んで、肩甲骨の間くらいのところに座席みたいなくぼみを用意してくれた。

『さあ行こう』
 大きな翼を広げたかと思うと、アーテルくんの巨体がふわりと浮いた。
 生き物としての竜たちのことはわからないけど、アーテルくんや銀竜さま、青竜さま、白竜さまたち、女神さま直属の使命を帯びた『色の名前を冠した竜たち』は、羽ばたいて飛んでいるのではないのだそう。
 周囲に『力場』というものを発生させて浮いているのだって。

 だから、空高く浮き上がるのも、瞬時にできてしまうのだ。

『ごらん、下を。灰色の帳が消えていくだろ?』

「ほんとうね! 色が戻ってる!」

 眼下に広がっているのはエルレーン公国の首都シ・イル・リリヤの、美しい白大理石に覆われた街並みだ。
 夜がすっかり明けて、建物もキラキラ、ところどころに設けられている緑地もみずみずしく光っている。
 人の姿はまだ見えない。
 みんなまだ眠っているのかな。
 いろんな邸宅の中では、もう起きて働いている人たちも沢山いるんだろうな。

 ローサや、執事のバルドルさん、エウニーケさんたちも……。

 エステリオ・アウル叔父さまも、朝は早起きだったわ。
 今はまだ入院してるんだろうけど……怪我は回復してるかしら。お見舞いに行けるくらいに……ルビーさんもまだ退院できないのかな?

 ああ、会いたい!
 エステリオ叔父さま、お母さま、お父さまにも!

 どんどん思い出してしまって、たまらなくなる。
 半月か一月くらい、我が家に帰ってないんだもの。

『この街を見せたのは良くなかったかな……家が懐かしいだろ? 帰りたいよね』
 心を見透かしていたように、アーテルくんが言う。

『だけど、まだだよ。カルナックの直面している危機は、この国の危機……ひいては世界を脅かす。ま、そんなだから、ボクが動くしかないんだけどさ。だって、ほんとのところ、ボクは世界の終わりまで引きこもっていたいんだ。おお、ボクの安穏たるモラトリアムよ!』

「せかいの、きき? って?」

『早い話、グラウケーがね。なんとかできるのはキミだけだって。キミをカルナックのことろに連れてけって、言うんだよ。怖い怖い』

「グラウケーさまが……あたしを?」

『さあ、このまま一気にカルナックのところへ連れて行くよ……ただし』

 アーテルくんの声は、音波ではなく、心に直接伝わってきた。
 だから、わかる。
 アーテルくんの、困惑が。ためらいが。

『まだ、あちらも解決してはいないから、現在進行形でバトル中なんだよねぇ。カルナックは、ボクのこと怒るだろうなー……あんな場に、キミを連れていったら』

「あんな?」

『……ま、いっか。連れて行くって判断したのはサファイアとランギとシェーラザードだし、グラウケーもそうしろって言ったんだし。ボクはともかくキミの危機を救ったもんね。アイリス、カルナックが怒ったら、口添えしてね。そこんとこヨロシク!』

 すごく焦ってるのが伝わってきた。
 どうしたのかな?

「えっ?(怒るって?)うん、よくわかんないけど。アーくんがアイリスを助けてくれたって、お師匠さまにちゃんと言うわ、約束するよ!」

『よかったあ、それなら安心だ』
 アーテルくんは、ふふふっと笑った。焦ってたのが、ゆるりと融けた。

『じゃあ行くよ! 向かうのは、エルレーン大公の宮殿の……地下室さ! ん~、地下牢っていうんだっけ?』

 いきなり不穏なワードが飛び込んできましたよ。

 えっ待って。
 今なんかフラグ立ったんじゃ……!?
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