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第七章 アイリス六歳
その30 アフタヌーンティー(6)デビュー
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30
「アイリス、安心しなさい。魔導士協会が君の後ろ盾についたことを、今夜の招待客は知ることになる。誰にも、手は出させないよ」
カルナックお師匠さまが、頼もしい笑みを浮かべて、おっしゃった。
『『『『アイリス、あたしたちもついてるわ。だいじょうぶ、守護精霊の姿は一般人には見えなくても、加護は、絶対にあなたを守るの』』』』
守護精霊のシルル、イルミナ、ディーネ、ジオが、あたしの頭上を飛んで、光の粉をまき散らす。
すると、お父さまとお母さまの表情も、安心したように、やわらいだ。ふたりは精霊を見ることはできない。守護精霊たちが言ったように。
「お父さま、お母さま。守護精霊たちが、加護の力を、降り注いでくれているのよ」
「見えないけれど、確かに感じたよ」
「素晴らしいことね。安心したわ」
あたしは二人と、両側から手をつないでもらった。
護衛メイドさんたち、サファイアさんとルビーさんもいる。
きっと、だいじょうぶ。
「では、会場へ」
重い樫の無垢材でできた扉を、カルナックさまが押し開ける。
外の空気と、音が。
どよめきが、一気に、流れ込んできた。
すぐ目の前に、一段高くなったところに席が設けてあった。お客さま方から見れば、一番奥になるところだ。
お父さまとお母さまに挟まれて、椅子に腰掛ける。
ぎっしりのお客さま。
テーブル席について、あるいは立って、立食形式みたい。
(なあんだ、たいしたことないじゃない)
呟いたのは、あたしの中のイリス・マクギリス。
(ニューヨーカーでキャリアウーマンのイリスさんにはそうでしょうけど)
(あら、月宮アリスちゃんだって、前世はアイドルでコンサートもしてたんでしょ。だったら、このくらいは屁でもないんじゃ)
(イリス・マクギリスさん屁はないです! せめてオナラです!)
あたしとイリス・マクギリスさんは、思わず、しょうもない突っ込みをしてしまったのは、内心の緊張をおさえるためだった。
怖くないわけない。人数の問題じゃない。
この世界に生まれて、初めて会う、善意の人かそうでないかも知らない人たちだもの。
怖いけど、両脇にはお父さまとお母さまがいて、サファイア=リドラさんとルビー=ティーレさんも守ってくれてる。他にも魔法使い達が集まってきていて、エルナトさんと妹のヴィーア・マルファさんも、それに、エステリオ・アウルがいた。やっと彼の姿を見て、あたしは、ほっとした。
「皆様、今日の良き日に、お集まり頂きましてありがとうございます。我が家の一人娘、アイリスは、無事に六歳の誕生日を迎えることができました。本日のお披露目に、ささやかな祝宴をご用意致します。まずは午後の茶会から、休憩を挟みまして夕刻より晩餐会をもうけます。どうぞごゆるりとお楽しみください。ラゼル家一同、心よりおもてなしさせて頂きます。また、この席上にて、かねてよりお伝えしておりましたアイリスの許婚も披露したしますので、どうぞ、よしなにお願い申し上げます」
お父さまが壇上からご挨拶すると、観客から盛大な拍手が巻き起こる。
集まった招待客たちは、ラゼル商会の顧客や取引先、銀行の方たち。
皆、どちらかと言えばアイリス本人より当主であるお父さまとよしみを結びたくていらしているのだ。
そう思うと少し気が楽。
次々と、一人ずつやってきて、会釈してお父さまと手を握って、祝いの言葉をのべて人垣の間に戻っていく。
中にはこんな人も居た。
「ヴェールでご尊顔を見ることがかなわず残念でございます。お母上そっくりの、実にお美しいお嬢さまに違いないことでしょうに。もう許婚がいらっしゃるそうで。めでたいことです。我が家の愚息など、紹介するもおこがましいですわい」
息子さんを連れてきていたのかな。
「これからもよろしくお引き立てのほど、お願い致します」
お父さまはさらりと受け流す。
あらかじめ、アイリスには既に許婚がいると、招待客たちに情報を流しておいたので、スムーズ。その方が、面倒が起こらなそう。さすがお父さま。
「許婚はどのような方でいらっしゃるので? どの家の、お幾つぐらいの方ですかな」
食い下がって情報を引き出そうとする人もいる。目がぎらぎらしてて、ちょっとイヤ。ヒューゴーお爺さまと同類な感じ。
「さきほどお知らせしましたように、のちほど紹介いたしますので、お席につかれてお待ちください」
許婚に対して微妙に敬語を控えめにするあたりで、身内だと、わかる人にはわかるかな。
果てしがないように思えた、顔見せの人たちが、ようやく終わった。
お爺さまは来なかった。
プライドが高そうだったし、今さら招待客と同列に挨拶に来るわけもないかも。
ここでシャンパンみたいに発泡している飲み物のグラスが配られ乾杯。お酒は出さないってルビー=ティーレさんが言ってたから、ペリエみたいなものかな。
乾杯が終わると拍手。
そして、再びお父さまは壇上から、「アイリスの許婚を紹介させて頂きます」と言う。
お客さま達の視線が集まる。
進み出た人物が、一人前の魔法使い『覚者(かくしゃ)』の白いローブを纏った魔法使いだったことに、驚きと、納得したような声とが混じる。
「許婚は成人の魔法使いか。残念だ。相手が同年代の子どもなら、我が家のつけいる隙もあったのに」
誰かの独り言を、風の精霊シルルが拾って、あたしの耳に届けてくれた。
こう考える人が多いだろうとカルナック師が提案し、彼らへの牽制として、この婚約を計らってくれていたのだ。生まれた時点でとは知らなかったけれど。
あたしにとっては、むしろ喜ばしいことだった。
おかげで、ずっと大好きだったエステリオ・アウル叔父さまと許婚になれたのだもの。
「アイリスが生まれた時からの許婚、エステリオ・アウル」
お父さまが言う。
声を張り上げる必要はなかった。この時には客達はしんと静まりかえっていたのだ。
進み出たエステリオ・アウルは、一同に頭を垂れる。言葉は述べない。
魔法使いは寡黙なもの。それは誰でも心得ている共通認識らしい。
「ふん、茶番だわい!」
ふいに声があがって、一同はそちらを向く。
ああ、お爺さまだ。やっぱりね。
お爺さまが何も仕掛けてこないわけがなかった。
それにしても捕まっているはずなのに。カルナックさまがおっしゃていたように、影武者とかいたのかしら。
「生まれた時からの許婚? どうせ魔法使いどもの入れ知恵だろうが」
お爺さま、それ当たってます。魔法使いの長カルナック様の取り計らいです。
「当人達の意思はどうなのだ」
お爺さまがこれを言い出すのはちょっと不思議。貴族や、大きな家では、本人の意思と関係なく婚約が結ばれたりするものではなかったかしら。
ところがそれに対して「そうだ本人の意思は」「まだ六歳なのだから」と、尻馬に乗るような発言が続いた。ひそひそと、表だって声を上げはしないが。
雰囲気が悪い。こんなのイヤだ。
せっかくエステリオ・アウルとあたしは許婚になれたのに。
あたしはうつむいてしまう。
「アイリス。お顔を上げて」
お母さまの声に、あたしは上を向く。
すぐそばに、エステリオ・アウルの顔があって、驚いた。
「わたしはアイリスの許婚だ。きみを護ることを誓う」
え?
これは後で、晩餐会のときにカルナック師とコマラパ老師の前で誓うはずだった言葉では?
驚くあたしに、エステリオ・アウルは、顔を寄せて。
彼は微笑んで、あたしの頬にキスをした。
そのときあたしは悟った。
あたし、月宮アリスは。
エステリオ・アウルに捕らわれた。
もうずっと、これから、死ぬまで。
「アイリス、安心しなさい。魔導士協会が君の後ろ盾についたことを、今夜の招待客は知ることになる。誰にも、手は出させないよ」
カルナックお師匠さまが、頼もしい笑みを浮かべて、おっしゃった。
『『『『アイリス、あたしたちもついてるわ。だいじょうぶ、守護精霊の姿は一般人には見えなくても、加護は、絶対にあなたを守るの』』』』
守護精霊のシルル、イルミナ、ディーネ、ジオが、あたしの頭上を飛んで、光の粉をまき散らす。
すると、お父さまとお母さまの表情も、安心したように、やわらいだ。ふたりは精霊を見ることはできない。守護精霊たちが言ったように。
「お父さま、お母さま。守護精霊たちが、加護の力を、降り注いでくれているのよ」
「見えないけれど、確かに感じたよ」
「素晴らしいことね。安心したわ」
あたしは二人と、両側から手をつないでもらった。
護衛メイドさんたち、サファイアさんとルビーさんもいる。
きっと、だいじょうぶ。
「では、会場へ」
重い樫の無垢材でできた扉を、カルナックさまが押し開ける。
外の空気と、音が。
どよめきが、一気に、流れ込んできた。
すぐ目の前に、一段高くなったところに席が設けてあった。お客さま方から見れば、一番奥になるところだ。
お父さまとお母さまに挟まれて、椅子に腰掛ける。
ぎっしりのお客さま。
テーブル席について、あるいは立って、立食形式みたい。
(なあんだ、たいしたことないじゃない)
呟いたのは、あたしの中のイリス・マクギリス。
(ニューヨーカーでキャリアウーマンのイリスさんにはそうでしょうけど)
(あら、月宮アリスちゃんだって、前世はアイドルでコンサートもしてたんでしょ。だったら、このくらいは屁でもないんじゃ)
(イリス・マクギリスさん屁はないです! せめてオナラです!)
あたしとイリス・マクギリスさんは、思わず、しょうもない突っ込みをしてしまったのは、内心の緊張をおさえるためだった。
怖くないわけない。人数の問題じゃない。
この世界に生まれて、初めて会う、善意の人かそうでないかも知らない人たちだもの。
怖いけど、両脇にはお父さまとお母さまがいて、サファイア=リドラさんとルビー=ティーレさんも守ってくれてる。他にも魔法使い達が集まってきていて、エルナトさんと妹のヴィーア・マルファさんも、それに、エステリオ・アウルがいた。やっと彼の姿を見て、あたしは、ほっとした。
「皆様、今日の良き日に、お集まり頂きましてありがとうございます。我が家の一人娘、アイリスは、無事に六歳の誕生日を迎えることができました。本日のお披露目に、ささやかな祝宴をご用意致します。まずは午後の茶会から、休憩を挟みまして夕刻より晩餐会をもうけます。どうぞごゆるりとお楽しみください。ラゼル家一同、心よりおもてなしさせて頂きます。また、この席上にて、かねてよりお伝えしておりましたアイリスの許婚も披露したしますので、どうぞ、よしなにお願い申し上げます」
お父さまが壇上からご挨拶すると、観客から盛大な拍手が巻き起こる。
集まった招待客たちは、ラゼル商会の顧客や取引先、銀行の方たち。
皆、どちらかと言えばアイリス本人より当主であるお父さまとよしみを結びたくていらしているのだ。
そう思うと少し気が楽。
次々と、一人ずつやってきて、会釈してお父さまと手を握って、祝いの言葉をのべて人垣の間に戻っていく。
中にはこんな人も居た。
「ヴェールでご尊顔を見ることがかなわず残念でございます。お母上そっくりの、実にお美しいお嬢さまに違いないことでしょうに。もう許婚がいらっしゃるそうで。めでたいことです。我が家の愚息など、紹介するもおこがましいですわい」
息子さんを連れてきていたのかな。
「これからもよろしくお引き立てのほど、お願い致します」
お父さまはさらりと受け流す。
あらかじめ、アイリスには既に許婚がいると、招待客たちに情報を流しておいたので、スムーズ。その方が、面倒が起こらなそう。さすがお父さま。
「許婚はどのような方でいらっしゃるので? どの家の、お幾つぐらいの方ですかな」
食い下がって情報を引き出そうとする人もいる。目がぎらぎらしてて、ちょっとイヤ。ヒューゴーお爺さまと同類な感じ。
「さきほどお知らせしましたように、のちほど紹介いたしますので、お席につかれてお待ちください」
許婚に対して微妙に敬語を控えめにするあたりで、身内だと、わかる人にはわかるかな。
果てしがないように思えた、顔見せの人たちが、ようやく終わった。
お爺さまは来なかった。
プライドが高そうだったし、今さら招待客と同列に挨拶に来るわけもないかも。
ここでシャンパンみたいに発泡している飲み物のグラスが配られ乾杯。お酒は出さないってルビー=ティーレさんが言ってたから、ペリエみたいなものかな。
乾杯が終わると拍手。
そして、再びお父さまは壇上から、「アイリスの許婚を紹介させて頂きます」と言う。
お客さま達の視線が集まる。
進み出た人物が、一人前の魔法使い『覚者(かくしゃ)』の白いローブを纏った魔法使いだったことに、驚きと、納得したような声とが混じる。
「許婚は成人の魔法使いか。残念だ。相手が同年代の子どもなら、我が家のつけいる隙もあったのに」
誰かの独り言を、風の精霊シルルが拾って、あたしの耳に届けてくれた。
こう考える人が多いだろうとカルナック師が提案し、彼らへの牽制として、この婚約を計らってくれていたのだ。生まれた時点でとは知らなかったけれど。
あたしにとっては、むしろ喜ばしいことだった。
おかげで、ずっと大好きだったエステリオ・アウル叔父さまと許婚になれたのだもの。
「アイリスが生まれた時からの許婚、エステリオ・アウル」
お父さまが言う。
声を張り上げる必要はなかった。この時には客達はしんと静まりかえっていたのだ。
進み出たエステリオ・アウルは、一同に頭を垂れる。言葉は述べない。
魔法使いは寡黙なもの。それは誰でも心得ている共通認識らしい。
「ふん、茶番だわい!」
ふいに声があがって、一同はそちらを向く。
ああ、お爺さまだ。やっぱりね。
お爺さまが何も仕掛けてこないわけがなかった。
それにしても捕まっているはずなのに。カルナックさまがおっしゃていたように、影武者とかいたのかしら。
「生まれた時からの許婚? どうせ魔法使いどもの入れ知恵だろうが」
お爺さま、それ当たってます。魔法使いの長カルナック様の取り計らいです。
「当人達の意思はどうなのだ」
お爺さまがこれを言い出すのはちょっと不思議。貴族や、大きな家では、本人の意思と関係なく婚約が結ばれたりするものではなかったかしら。
ところがそれに対して「そうだ本人の意思は」「まだ六歳なのだから」と、尻馬に乗るような発言が続いた。ひそひそと、表だって声を上げはしないが。
雰囲気が悪い。こんなのイヤだ。
せっかくエステリオ・アウルとあたしは許婚になれたのに。
あたしはうつむいてしまう。
「アイリス。お顔を上げて」
お母さまの声に、あたしは上を向く。
すぐそばに、エステリオ・アウルの顔があって、驚いた。
「わたしはアイリスの許婚だ。きみを護ることを誓う」
え?
これは後で、晩餐会のときにカルナック師とコマラパ老師の前で誓うはずだった言葉では?
驚くあたしに、エステリオ・アウルは、顔を寄せて。
彼は微笑んで、あたしの頬にキスをした。
そのときあたしは悟った。
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