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閑話 赤竜の夜ばなし

その1 滅びた国の話をしようか

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 暗い空を離れ灰色の雪は降り続けていた。凍てついた風とともに吹雪となって、あらゆるものに襲い掛かる。
 まれに雪が降りやむこともあった。だが、ごうごうと唸りながら雪原の表面を削りとっていく風が、地吹雪を起こす。極寒の地に、もう何か月も太陽は昇ってこない。

 そんな北の果ての凍土に、その城はあった。
 広い庭園も厚い壁も高くそびえたつ尖塔も、すべて純白だった。雪と氷に覆われているが故で、もともとの建材が何であったのかを推測することは困難だった。

 広大な雪原にも氷の森にも城の内部にも、人の姿はどこにもなかった。

 ただ、不思議なことといえば、城の内部は、凍り付いてはいなかったのだ。あたかも、ここだけは春がとどまっているかのように。
 そして、城には。
 ただ一人の主君がいた。

          ※ 

「客人、おれは退屈だ。なにか話せ。話題がなければ、このおれが、この果ての地で、つい先だって滅びた国の話でもしてやろう。さして面白くもないがな」

 あかあかと燃えさかる暖炉の前にあぐらをかいて座り、洞穴の主人は言った。
 ルーフスという、赤毛の少年だ。床には羊毛を圧縮して作られた板が敷き詰められている。

 向かい合っている男は、客人であった。
 まれなる旅人。
 訳ありで着の身着のまま、荷物さえほとんど持たずに冬の森をさまよっていたところ、目の前に扉が現れ、隠していたはずの彼の名前を、抑揚のない声で呼ばわって、こう、問うた。

『凍って死ぬか。生きて竜の咢に入るか。好きな方を選ぶがいい』

 まれ人なる旅の男は、選んだ。
 そして、この城に招かれた。

「ルーフスさん、その、私は冗談が苦手でして」

「もちろん全く冗談ではないぞ」

「は、はあ?」

「ともかく旅の者よ、こんな地の果てまでよくぞ訪れてくれた」
 ルーフスは楽し気に声をたてて笑う。

「さあ火酒を飲め。強い酒を好まぬなら濁り酒もあるぞ。ここにたどり着くまでにさぞかし寒かったであろう。とくと暖まらねば、儚き『ヒト』の身などたやすく凍えて死ぬ。肉も食え。暖炉でイモも焼いている。ひとり居が長くての、あまり構いつけもできぬが。ああ、悲観するでもないぞ、いざというときは自動人形に給仕をさせよう、いくらでもある」
 にやりと笑う。その表情は、大人びて見えた。

 炎のように逆立つ深紅の髪はふさふさと肩にかかり、赤さび色の瞳もともに、白い肌に映えている。
 華奢な肢体をした十歳ほどの少年だ。

 だが、ほんとうにそうだろうか、と、ふと、惑いを憶える。
 十歳くらいという見た目からは意外なほどに、古式ゆかしい言い回しや、王侯貴族を彷彿させる尊大な態度。
 ひとが寄りつきそうにない辺境の土地だ。
 幼い少年がひとり住んでいるというのも、思えば、妙だ。

 いや、ヒトではない、などと思う己がおかしいのだろう、と思い直す。
 たとえ、暖炉の炎に照らされて床に投げかけられる影が、あり得ないほど大きく、思いもよらぬ異形の姿を描き出し、背中にコウモリのような翼が生えている巨体のように見えたとしても。
 そう、あたかも。
 目の前に居るのは十歳の少年などではなく、巨大な翼を持ったドラゴンででも、あるかのように。

 バカな。旅人は自嘲しつつ、火酒を注がれた杯を手に取ってながめた。まるで氷から削り出したかのように透明度の高いグラスだ。美しい、見事なカットが施されていた。

 強い酒と聞いたので用心しつつグラスに口をつけてみた。
「ぐ!」
 たまらず、激しくむせた。
 のどが焼ける。
 これほど強い酒とは!

「はははははは! 悪かった、ヒトは水で割って飲むものだった、忘れておったわ」
 赤毛の少年が高らかに笑った。手を打ち合わせる。それを合図にして、メイドらしき人物が、料理を盛りつけた大皿を次々に運んできた。

「さあ飲め。食え。話は、それからだ」
 ルーフスは笑う。
「冬の夜は、長いのだ。おれも、気は長いほうだぞ。仲間内ではな」

 冗談とも本気とも、つかなかった。
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