208 / 360
第六章 アイリス五歳
その33 お祭りと花火と前世の記憶
しおりを挟む
33
懐かしい花火の音に、あたしは聴き入っていた。
眼をつぶったら、浮かんでくるのは……
前世の、女子高生だった『月宮アリス』の記憶に、鮮やかに焼き付いている光景だった。
夜空に大輪の花を咲かせる花火。
もっとも前世では、こんなに近くで見たことはなかったけれど。
夏祭りの花火を見たくて、毎年、パパとママと出かけたわ。
ものすごく人が多かった。
迷子になりそうで、ママの手を握ってた。
だけどパパったら、わたあめがすごく好きで、金魚すくいをやろうって言い出したのはいいけど、ぜんぜんすくえないの。それを見てママもすごく笑って。
……思い出したら、泣けてきた。
十五歳の夏祭りの思い出は、こんなにも鮮やかなのに。
あたしは十六歳になる前に死んでしまった。
ごめんなさい、パパ、ママ。もっと一緒にいたかった。親孝行もしてないのに。
ごめんなさい。
思い浮かぶのは、笑顔ばかり。
ねえ、
あたしは、ここよ。
時間も空間も、21世紀の東京からはるかに遠い、この異世界に転生して。生きているの……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
「アイリス!」
ふいに、声がした。
ぐしゃっと。
大きな手が、あたしの頭にのせられて、髪の毛を遠慮無しにぐしゃぐしゃにしていて。
「帰っておいで」
呼びかけられた。
はっと、あたしは、目を開けた。
急に、周囲の音が耳に飛び込んできて。
見上げたら、そこには、カルナックお師匠さまの、優しい笑顔があった。
「お、おししょうさま。いつ、いらしたんですか」
びっくりして、とんちんかんなことを言ってしまったみたい。
「ああ。たった今、来たところだよ」
いたずらっぽい、笑みをこぼした。
「目を離したら、きみはすぐに迷子になってしまうからね」
「ひどいです!」
頬をふくらませると、
「お披露目前の子どもは、魂が、迷子になりやすいんだよ。だから、精霊に攫われないように用心しないといけないって、知ってたかな?」
冗談とも本気ともつかないふうに、言った。
周囲を見回し、後方にたたずんでいるお父さまお母さま、エステリオ叔父さま、エルナトさまに、目をやった。
そのかたわらにコマラパ老師さまがいらっしゃっているのを見て、あたしはほっとした。
まかせておきなさい、と言いたげな、笑顔。
コマラパ老師さまは、そこにいるだけで、とても安心感があるの。実際に体格もよくて貫禄もあるし経験豊かな、戦闘も得意な、賢者さまみたいな!
「サファイア。ルビー。幼子が『なにものにも』攫われないように、よく見ていてくれと頼んだよね?」
カルナックさまの問いは静かだったけれど、とたんに、あたりを緊張と静寂が支配する。
「祭りには、精霊もやってくるんだよ。見えないかもしれないけれどね」
サファイアさんとルビーさんは、しばらく無言で頭を下げていて、促されると、ようやく口を開いた。
「「は、はい! お師匠様! 申し訳ありません」」
「だいじょうぶだよ。怒っていない。今回は、きみたちの怠慢ではない。例によって精霊の、気紛れだ。補助をつけよう。『牙』!『夜』!」
大きな声ではないのに、口にしたとたん。空気が、はじけた。
純白と漆黒の毛皮に包まれた、巨大な二頭の魔獣が、派手なアクションで空中に出現して、降り立った。あたしの影の中から抜け出して。
ふだんはあたしと『貸し出し契約』をして、シロとクロっていう仮の名前で呼んでいるのだけれど、本来の主あるじであるカルナックお師匠さまのことが大好きでたまらないの。
「私も楽しみにしていたんだよ! さあ、生徒たちの屋台を見て回ろう」
やっぱり、屋台だった!
お師匠さまが、あたしを抱き上げた。
「も、もう五歳だし抱っこはなしで!」
「おや水くさいな。ぎっくり腰の心配なら、私はだいじょうぶだからね!」
そういう問題ではないんですけど。
エステリオ叔父さまの顔色が悪いです。エルナトさま、笑い過ぎです!
懐かしい花火の音に、あたしは聴き入っていた。
眼をつぶったら、浮かんでくるのは……
前世の、女子高生だった『月宮アリス』の記憶に、鮮やかに焼き付いている光景だった。
夜空に大輪の花を咲かせる花火。
もっとも前世では、こんなに近くで見たことはなかったけれど。
夏祭りの花火を見たくて、毎年、パパとママと出かけたわ。
ものすごく人が多かった。
迷子になりそうで、ママの手を握ってた。
だけどパパったら、わたあめがすごく好きで、金魚すくいをやろうって言い出したのはいいけど、ぜんぜんすくえないの。それを見てママもすごく笑って。
……思い出したら、泣けてきた。
十五歳の夏祭りの思い出は、こんなにも鮮やかなのに。
あたしは十六歳になる前に死んでしまった。
ごめんなさい、パパ、ママ。もっと一緒にいたかった。親孝行もしてないのに。
ごめんなさい。
思い浮かぶのは、笑顔ばかり。
ねえ、
あたしは、ここよ。
時間も空間も、21世紀の東京からはるかに遠い、この異世界に転生して。生きているの……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
「アイリス!」
ふいに、声がした。
ぐしゃっと。
大きな手が、あたしの頭にのせられて、髪の毛を遠慮無しにぐしゃぐしゃにしていて。
「帰っておいで」
呼びかけられた。
はっと、あたしは、目を開けた。
急に、周囲の音が耳に飛び込んできて。
見上げたら、そこには、カルナックお師匠さまの、優しい笑顔があった。
「お、おししょうさま。いつ、いらしたんですか」
びっくりして、とんちんかんなことを言ってしまったみたい。
「ああ。たった今、来たところだよ」
いたずらっぽい、笑みをこぼした。
「目を離したら、きみはすぐに迷子になってしまうからね」
「ひどいです!」
頬をふくらませると、
「お披露目前の子どもは、魂が、迷子になりやすいんだよ。だから、精霊に攫われないように用心しないといけないって、知ってたかな?」
冗談とも本気ともつかないふうに、言った。
周囲を見回し、後方にたたずんでいるお父さまお母さま、エステリオ叔父さま、エルナトさまに、目をやった。
そのかたわらにコマラパ老師さまがいらっしゃっているのを見て、あたしはほっとした。
まかせておきなさい、と言いたげな、笑顔。
コマラパ老師さまは、そこにいるだけで、とても安心感があるの。実際に体格もよくて貫禄もあるし経験豊かな、戦闘も得意な、賢者さまみたいな!
「サファイア。ルビー。幼子が『なにものにも』攫われないように、よく見ていてくれと頼んだよね?」
カルナックさまの問いは静かだったけれど、とたんに、あたりを緊張と静寂が支配する。
「祭りには、精霊もやってくるんだよ。見えないかもしれないけれどね」
サファイアさんとルビーさんは、しばらく無言で頭を下げていて、促されると、ようやく口を開いた。
「「は、はい! お師匠様! 申し訳ありません」」
「だいじょうぶだよ。怒っていない。今回は、きみたちの怠慢ではない。例によって精霊の、気紛れだ。補助をつけよう。『牙』!『夜』!」
大きな声ではないのに、口にしたとたん。空気が、はじけた。
純白と漆黒の毛皮に包まれた、巨大な二頭の魔獣が、派手なアクションで空中に出現して、降り立った。あたしの影の中から抜け出して。
ふだんはあたしと『貸し出し契約』をして、シロとクロっていう仮の名前で呼んでいるのだけれど、本来の主あるじであるカルナックお師匠さまのことが大好きでたまらないの。
「私も楽しみにしていたんだよ! さあ、生徒たちの屋台を見て回ろう」
やっぱり、屋台だった!
お師匠さまが、あたしを抱き上げた。
「も、もう五歳だし抱っこはなしで!」
「おや水くさいな。ぎっくり腰の心配なら、私はだいじょうぶだからね!」
そういう問題ではないんですけど。
エステリオ叔父さまの顔色が悪いです。エルナトさま、笑い過ぎです!
10
お気に入りに追加
276
あなたにおすすめの小説
異世界で生きていく。
モネ
ファンタジー
目が覚めたら異世界。
素敵な女神様と出会い、魔力があったから選ばれた主人公。
魔法と調合スキルを使って成長していく。
小さな可愛い生き物と旅をしながら新しい世界で生きていく。
旅の中で出会う人々、訪れる土地で色々な経験をしていく。
3/8申し訳ありません。
章の編集をしました。
拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです
熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。
そこまではわりと良くある?お話だと思う。
ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。
しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。
ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。
生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。
これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。
比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。
P.S
最近、右半身にリンゴがなるようになりました。
やったね(´・ω・`)
火、木曜と土日更新でいきたいと思います。
おっす、わしロマ爺。ぴっちぴちの新米教皇~もう辞めさせとくれっ!?~
月白ヤトヒコ
ファンタジー
教皇ロマンシス。歴代教皇の中でも八十九歳という最高齢で就任。
前任の教皇が急逝後、教皇選定の儀にて有力候補二名が不慮の死を遂げ、混乱に陥った教会で年功序列の精神に従い、選出された教皇。
元からの候補ではなく、支持者もおらず、穏健派であることと健康であることから選ばれた。故に、就任直後はぽっと出教皇や漁夫の利教皇と揶揄されることもあった。
しかし、教皇就任後に教会内でも声を上げることなく、密やかにその資格を有していた聖者や聖女を見抜き、要職へと抜擢。
教皇ロマンシスの時代は歴代の教皇のどの時代よりも数多くの聖者、聖女の聖人が在籍し、世の安寧に尽力したと言われ、豊作の時代とされている。
また、教皇ロマンシスの口癖は「わしよりも教皇の座に相応しいものがおる」と、非常に謙虚な人柄であった。口の悪い子供に「徘徊老人」などと言われても、「よいよい、元気な子じゃのぅ」と笑って済ませるなど、穏やかな好々爺であったとも言われている。
その実態は……「わしゃ、さっさと隠居して子供達と戯れたいんじゃ~っ!?」という、ロマ爺の日常。
短編『わし、八十九歳。ぴっちぴちの新米教皇。もう辞めたい……』を連載してみました。不定期更新。
【超不定期更新】アラフォー女は異世界転生したのでのんびりスローライフしたい!
猫石
ファンタジー
目が覚めたら、人間と、獣人(けものびと)と鳥人(とりびと)と花樹人(はなきひと)が暮らす世界でした。
離婚後、おいしいお菓子と愛猫だけが心の癒しだったアラフォー女は、どうか自分を愛してくれる人が現れますようにと願って眠る。
そうして起きたら、ここはどこよっ!
なんだかでっかい水晶の前で、「ご褒美」に、お前の願いをかなえてあ~げるなんて軽いノリで転生させてくれたでっかい水晶の塊にしか見えないって言うかまさにそれな神様。
たどり着いた先は、いろんな種族行きかう王都要塞・ルフォートフォーマ。
前世の経験を頼りに、スローライフ(?)を送りたいと願う お話
★オリジナルのファンタジーですが、かなりまったり進行になっています。
設定は緩いですが、暖かく見ていただけると嬉しいです。
★誤字脱字、誤変換等多く、また矛盾してるところもあり、現在鋭意修正中です。 今後もそれらが撲滅できるように務めて頑張ります。
★豆腐メンタルですのであまめがいいですが、ご感想いただけると豆腐、頑張って進化・更新しますので、いただけると嬉しいです、小躍りします!
★小説家になろう 様へも投稿はじめました。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
異世界道中ゆめうつつ! 転生したら虚弱令嬢でした。チート能力なしでたのしい健康スローライフ!
マーニー
ファンタジー
※ほのぼの日常系です
病弱で閉鎖的な生活を送る、伯爵令嬢の美少女ニコル(10歳)。対して、亡くなった両親が残した借金地獄から抜け出すため、忙殺状態の限界社会人サラ(22歳)。
ある日、同日同時刻に、体力の限界で息を引き取った2人だったが、なんとサラはニコルの体に転生していたのだった。
「こういうときって、神様のチート能力とかあるんじゃないのぉ?涙」
異世界転生お約束の神様登場も特別スキルもなく、ただただ、不健康でひ弱な美少女に転生してしまったサラ。
「せっかく忙殺の日々から解放されたんだから…楽しむしかない。ぜっっったいにスローライフを満喫する!」
―――異世界と健康への不安が募りつつ
憧れのスローライフ実現のためまずは健康体になることを決意したが、果たしてどうなるのか?
魔法に魔物、お貴族様。
夢と現実の狭間のような日々の中で、
転生者サラが自身の夢を叶えるために
新ニコルとして我が道をつきすすむ!
『目指せ健康体!美味しいご飯と楽しい仲間たちと夢のスローライフを叶えていくお話』
※はじめは健康生活。そのうちお料理したり、旅に出たりもします。日常ほのぼの系です。
※非現実色強めな内容です。
※溺愛親バカと、あたおか要素があるのでご注意です。
ゆとりある生活を異世界で
コロ
ファンタジー
とある世界の皇国
公爵家の長男坊は
少しばかりの異能を持っていて、それを不思議に思いながらも健やかに成長していた…
それなりに頑張って生きていた俺は48歳
なかなか楽しい人生だと満喫していたら
交通事故でアッサリ逝ってもた…orz
そんな俺を何気に興味を持って見ていた神様の一柱が
『楽しませてくれた礼をあげるよ』
とボーナスとして異世界でもう一つの人生を歩ませてくれる事に…
それもチートまでくれて♪
ありがたやありがたや
チート?強力なのがあります→使うとは言ってない
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
身体の状態(主に目)と相談しながら書くので遅筆になると思います
宜しくお付き合い下さい
おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ
Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_
【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】
後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。
目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。
そして若返った自分の身体。
美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。
これでワクワクしない方が嘘である。
そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる