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第六章 アイリス五歳
その21 金茶色のタイガーアイ
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21
「パーティ会場はここであってるよね!?」
風のように大食堂に飛び込んできた青年は、カルナックお師匠さまを見つけ、こう叫んだ。
「おお! マイハニー!」
たいそう嬉しそうだけれど。
それは彼だけだったみたい。
まさにその瞬間、空気が変わったわ。
さーっと、体感温度が凍り付きそうに下がったの。
特に、呼びかけられた当人であるカルナックお師匠さまの表情が、複雑だった。
親しみを持っているのは感じられたけれど、あたしを抱っこしてくださっている腕が、少しだけこわばったから。必ずしも好意だけではないような気がしたの。
お師匠さまを困らせるなんて。
……誰、これ?
そう呟いてしまった、あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルです。
あたしは今日、この国の子どもたちが五歳の三月に迎える『代理父母』さまとの儀式を、首都の中心部にある星辰神殿に出かけて、行った。
とどこおりなく儀式が終わったあと、みんなで公立学院の大食堂に移動した。
神殿のシャンティ司祭さまが、すごく乗り気で、お祝いをしましょうって話がとんとん拍子に進んで。学院を選んだのも司祭さまなのです。
そしてここは、宴会が繰り広げられていた会場。
集まっているのはお父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さまと、『代理父母』になってくださったアンティグア家のご夫妻と、そのご子息であるエルナトさま、ご令嬢のヴィーア・マルファさま。
神殿からは、どうみても大神官に違いないのに「一介の司祭です」と言い張るシャンティさま、司祭さまの護衛をつとめる衛士にして某国のやんごとなき高貴な家名をお持ちのミカエルさま(二人とも、隠しているおつもりらしいので身分には触れませんが)
カルナックさま、コマラパ老師さま、本来はカルナックさまの護衛で、あたし、アイリスの家に派遣されてるサファイアさん、ルビーさんたち、トミー、ニコラ、グレアムさんたち、学院の寄宿生たちがたくさんという大所帯で、賑やかに宴をしていたところ。
なのに、突然、あたし、アイリスにとってはまったくの初対面な、見知らぬ青年が乱入してきたのだから。
青年は、すごく嬉しそう。
カルナックさまに駆け寄って手を取ろうとして……
「寄るな」
ばしっと、はねつけられた。
「ええっひどい」
傷ついたように言った青年の姿に、なぜだか、あたしは大きな犬の幻が重なって見えた。
「ひどいもクソもあるかバカ者!」
カルナックさまに容赦ない罵声をあびせられた青年は、なぜだか、うっとりした。
「ああ、たまらない……」
あれ?
そこ、喜ぶとこです?
おかしくないかしら?
美丈夫という表現がある。
まさに、そのとおりの姿。
年頃は二十代半ば。
身長は2メートル近くあるだろう。カルナックお師匠さまより頭一つ背が高い。
ついでに言えば鍛え上げられた筋肉は盛り上がり、戦士のようだ。
癖のある、赤みを帯びた金髪が、ふさふさと肩へと降りかかっているさまは、野性的だった。
金茶色の、タイガーアイのような瞳は王侯貴族に特有のものだと、誰でも周知している。
生まれながらの王者。
なのに、叱られてなおかつ喜ぶなんて……
大きいのに。
駄犬?
「呼ばれていないのに、押しかけてくるな。サファイア!」
「はい、お師匠様」
すぐさまサファイアさんがやってきた。
「この子を隠せ」
カルナックお師匠さまは、腕に抱いていたあたしを、身体を覆っている白いヴェールごと持ち上げて、サファイアさんに預けた。
「かしこまりました。このサファイアにお任せください」
「……サファイアさん」
しっかりと抱き留められて、ほっと息をついた、あたし。
自分でも忘れかけてたけど、儀式の前に、顔を隠す薄いヴェールを被っていたの。
その上から銀のサークレットで抑えていて、しかもカルナックお師匠さまに魔法をかけてもらっているから、ちょっとやそっとじゃ外れないようになっている。
内側からは……つまり、あたしの視界は遮られないけど、外からは、あたしの顔は見えない。
儀式用にあつらえた白いドレスのスカートと、ヴェールからはみ出している髪の色くらいはわかるかしら。
「その子が、あなたのお気に入りの」
タイガーアイが、きらっと光ったような……?
「黙れ。口にするな」
「お披露目前だからですか」
美青年。
カルナックお師匠さまは、唇に指を当てて。
「精霊の怒りをかいたくなければ、それ以上は近づくな。口を開くな」
そして、息を吐いて。
「いずれ正式に会わせるまで待て」
断ち切るように、言った。
「では、この場は引き下がりますよ。愛しいあなたのために」
大仰な仕草で、頭を垂れて、青年は立ち去る。
その後ろ姿に、あたしは。
デジャヴ……
どこかで、あの背中を見なかったかしら?
だけど、それは、いつ?
あたしは、今日まで、家の外へ出たことなんてないのに……?
ああ、そういえば。
タイガーアイの美青年、名前も聞かなかったわ。
「パーティ会場はここであってるよね!?」
風のように大食堂に飛び込んできた青年は、カルナックお師匠さまを見つけ、こう叫んだ。
「おお! マイハニー!」
たいそう嬉しそうだけれど。
それは彼だけだったみたい。
まさにその瞬間、空気が変わったわ。
さーっと、体感温度が凍り付きそうに下がったの。
特に、呼びかけられた当人であるカルナックお師匠さまの表情が、複雑だった。
親しみを持っているのは感じられたけれど、あたしを抱っこしてくださっている腕が、少しだけこわばったから。必ずしも好意だけではないような気がしたの。
お師匠さまを困らせるなんて。
……誰、これ?
そう呟いてしまった、あたし、アイリス・リデル・ティス・ラゼルです。
あたしは今日、この国の子どもたちが五歳の三月に迎える『代理父母』さまとの儀式を、首都の中心部にある星辰神殿に出かけて、行った。
とどこおりなく儀式が終わったあと、みんなで公立学院の大食堂に移動した。
神殿のシャンティ司祭さまが、すごく乗り気で、お祝いをしましょうって話がとんとん拍子に進んで。学院を選んだのも司祭さまなのです。
そしてここは、宴会が繰り広げられていた会場。
集まっているのはお父さまお母さま、エステリオ・アウル叔父さまと、『代理父母』になってくださったアンティグア家のご夫妻と、そのご子息であるエルナトさま、ご令嬢のヴィーア・マルファさま。
神殿からは、どうみても大神官に違いないのに「一介の司祭です」と言い張るシャンティさま、司祭さまの護衛をつとめる衛士にして某国のやんごとなき高貴な家名をお持ちのミカエルさま(二人とも、隠しているおつもりらしいので身分には触れませんが)
カルナックさま、コマラパ老師さま、本来はカルナックさまの護衛で、あたし、アイリスの家に派遣されてるサファイアさん、ルビーさんたち、トミー、ニコラ、グレアムさんたち、学院の寄宿生たちがたくさんという大所帯で、賑やかに宴をしていたところ。
なのに、突然、あたし、アイリスにとってはまったくの初対面な、見知らぬ青年が乱入してきたのだから。
青年は、すごく嬉しそう。
カルナックさまに駆け寄って手を取ろうとして……
「寄るな」
ばしっと、はねつけられた。
「ええっひどい」
傷ついたように言った青年の姿に、なぜだか、あたしは大きな犬の幻が重なって見えた。
「ひどいもクソもあるかバカ者!」
カルナックさまに容赦ない罵声をあびせられた青年は、なぜだか、うっとりした。
「ああ、たまらない……」
あれ?
そこ、喜ぶとこです?
おかしくないかしら?
美丈夫という表現がある。
まさに、そのとおりの姿。
年頃は二十代半ば。
身長は2メートル近くあるだろう。カルナックお師匠さまより頭一つ背が高い。
ついでに言えば鍛え上げられた筋肉は盛り上がり、戦士のようだ。
癖のある、赤みを帯びた金髪が、ふさふさと肩へと降りかかっているさまは、野性的だった。
金茶色の、タイガーアイのような瞳は王侯貴族に特有のものだと、誰でも周知している。
生まれながらの王者。
なのに、叱られてなおかつ喜ぶなんて……
大きいのに。
駄犬?
「呼ばれていないのに、押しかけてくるな。サファイア!」
「はい、お師匠様」
すぐさまサファイアさんがやってきた。
「この子を隠せ」
カルナックお師匠さまは、腕に抱いていたあたしを、身体を覆っている白いヴェールごと持ち上げて、サファイアさんに預けた。
「かしこまりました。このサファイアにお任せください」
「……サファイアさん」
しっかりと抱き留められて、ほっと息をついた、あたし。
自分でも忘れかけてたけど、儀式の前に、顔を隠す薄いヴェールを被っていたの。
その上から銀のサークレットで抑えていて、しかもカルナックお師匠さまに魔法をかけてもらっているから、ちょっとやそっとじゃ外れないようになっている。
内側からは……つまり、あたしの視界は遮られないけど、外からは、あたしの顔は見えない。
儀式用にあつらえた白いドレスのスカートと、ヴェールからはみ出している髪の色くらいはわかるかしら。
「その子が、あなたのお気に入りの」
タイガーアイが、きらっと光ったような……?
「黙れ。口にするな」
「お披露目前だからですか」
美青年。
カルナックお師匠さまは、唇に指を当てて。
「精霊の怒りをかいたくなければ、それ以上は近づくな。口を開くな」
そして、息を吐いて。
「いずれ正式に会わせるまで待て」
断ち切るように、言った。
「では、この場は引き下がりますよ。愛しいあなたのために」
大仰な仕草で、頭を垂れて、青年は立ち去る。
その後ろ姿に、あたしは。
デジャヴ……
どこかで、あの背中を見なかったかしら?
だけど、それは、いつ?
あたしは、今日まで、家の外へ出たことなんてないのに……?
ああ、そういえば。
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