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第四章 シアとアイリス

その15 転移魔法陣は家電です

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         15

「どんなときも慌てないこと。慌てれば、いつもはできていることでも失敗しかねない。第一に魔法陣は、きちんと絶縁シールしろと教えたはずだ」

 トーマスとニコラウスは、ただ、うなだれる。
「すみません、まだ起動するつもりじゃなくて、絶縁してなかったっす……」

「まあいい。時間がないから手短に言っておこう」
 カルナックさまは肩をすくめた。

 時間がない?

「転移魔法陣は、他の魔法陣とは全く性質が違う。電気製品だな。もしも適切に絶縁されないまま起動したとする。近くに『圧』の高い魔力の発生源、たとえばこの私やアイリスのような……があれば、無線送電のように、そこから魔力を吸収して稼働し『亜空間通路』を形成し維持しようとするのだ」

「はい? お師匠様、それなんて宇宙語で?」
 つぶやいたのはティーレ。

「何を今更。課長。どっちかっていうとそれSF用語」
 続けたのは、リドラ。

「人前で課長言うな!」

「だいじょうぶよぉ。気にするゆとりなんてみんな、ないから」

 リドラさんとティーレさんの会話、どこかおかしくない?
 だけどあたしにも、余裕はなかった。

 亜空間通路。無線送電。……世界システム……
 それを聞いて、アイリスの魂の底で、誰かが、ひどく動揺している。


「仕方ない。短気で乱暴なティーレに、トーマスとニコラの監督を言いつけた私のミスだ。リドラ、君は相棒を抑えきれなかった上に、更に追い打ちをかけた。後で山ほど課題を出すから覚悟しておきなさい」

「短気で乱暴って!」
「ごめんなさいお師匠様!」
 ティーレさんとリドラさんの声が、遠ざかっていく。

 視界が暗くなった。
 身体が冷たい。
 たぶん、あたし、アイリスの中から魔力がごっそり抜けていってるんだわ。

『待ってアイリス!』
『気を確かに持って!』
 あ、あたしの守護妖精さんたちが来てくれた。
 光のイルミナ。風のシルル。

『通路が、開くわ!』
『おれたち妖精は、そこへ入って行けない。従魔を呼べ! 転移魔法陣に吸い込まれてしまったら、二匹を招喚することもできなくなるぞ!』
 水のディーネが。
 そして地の妖精ジオが、忠告をくれた。

「たすけてシロ、クロ」

 カルナックさまが貸してくれた、あたしの護衛の、二匹の従魔を呼ぶ。
 間に合うかしら。

 ふわっ。

 手のひらに、柔らかな毛皮の感触があった。あたたかくて、すべすべ。

 よかった、来てくれた。

 左右からシロとクロが、ぎゅっと身体を押しつけて、あたしを支えてくれる。
 そのおかげで、やがて、あたりが再び、見えてくる。

「ここ、どこ……?」
 シロとクロに両手を回して抱き寄せて。身を震わせる。

 何もない、空虚な場所。
 ほのかに銀色に染まった空間が広がっていた。

「カルナックさま! ティーレさん、リドラさん! トミーさん、ニコラさん……!」

 応える人は、いなかった。
 けれど、かろうじて、声が、かすかに聞こえたような……

「まさか誰もマーカーの一つも持っていなかったのか。だが、私には、紐付けされた場所がある。亜空間に来てしまったなら、必然的に、そこへ戻るしかないだろう……故郷へ」

 カルナックさま?
 けれど、声は、遠ざかって、消えていってしまった。

         ※

「あいつら、行き先の登録、まだ終えてなかったんだよな。こういうときは、どこに行くんだ?」
「虚数空間じゃないといいけどね~」
「なんだそれ」
「言葉のあやよ。もしそうだったら、とっくにわたしたちは対消滅しているはずだもの」
「消えてたまるか! あ~もう、こういうときはさ、タバコ持ってないの? メビウスの6ミリ、ボックスで。あ、ライターも」
「だめですよ課長ってば。肺ガンのリスク高いですから。っていう前に、この世界にはタバコないです!」
「まじか。あー、タバコ、たまにすっごく吸いたくなるわ~」

 ティーレとリドラは、マイペースだった。

         ※

「ああああああ! やばいやばいやばいやばい! 設定してない! ああ、でももし、グレアムが現場に来てくれたら、たどってくれるかも」
「だったらいいけど。その可能性は低いんじゃないかな……たぶん穴は、もうふさがってるよ。お師匠様も、お嬢様も、先輩たちも、通路に吸い込まれてる。どこにいるかは、わからないけどさ」
「どこにつながってるんだよ!」
「うん、推測するに、たぶん……おれらの中で一番強く、何かに『縁』を持ってる人がいたら、みんな、そこに引きずられるんじゃないかな……仮説だけどさ」

 トミーとニコラは、動転して、焦っていた。カルナックに、落ち着けと言われたばかりではあったが。
 こんな事態に陥るとは想像もしていなかったのだ。

         ※

「どうしたんだ、ちっこいの」

 アイリスが、呆然としていた、そのとき、声をかけてくれた、だれかがいた。
 顔をあげてみる。
 そこにいたのは、十五歳くらいの、男の子だった。

「わふふん!」
「わわわん!」

「うわぁ! って、ありゃ? おまえらどうした! なんだ、こんなに小さくなって。ご主人さまのそばを離れるなんて、だめだろう。……あ、そうか、この子が迷子になってるのを見つけたのか?」

 赤みのある金髪に、焦げ茶色の目をした少年だ。
 日焼けして精悍な感じ。

 シロとクロが、なぜかものすごく懐いてる。
 それに、二匹の本当の主人のことを知ってるみたいな口ぶりだわ?

「見ない顔だな。ちっこいお嬢ちゃん。いい服着てるから、どこか、いいとこのお嬢さんだろ。おれは、クイブロ。村長の息子だよ。三男で、末っ子だけどな!」
 にかっと、白い歯を見せて、快活に笑った。

「クイブロ?」

「うん。おれの村の言葉で『小さい鷹』っていう意味なんだ」

 小さい鷹?

「迷子なら、来いよ。森の奥におれの村がある。この『精霊の白い森』の中で人間が住んでいいのは、そこだけなんだ。精霊様にお許しをいただいてるのは」

 風景が、変わった。
 何もない銀色の空間ではない。

 いちめん、真っ白な草むらや、白い木々に囲まれた、森の中だった。
 見上げたら、青い空に、銀色のもやが霞んでる。
 深い森の中には、白い小石を敷き詰めた道が、あった。

「こっちだよ。『欠けた月』の村っていうんだ」

 ついていくべきなのか。
 シロとクロも懐いてる、この少年に。
 村長の息子だっていうし。

 でも、ひっかかっている、ことば。

 小さい鷹、っていう意味の名前。

 いつだったか。
 そんなに前のことじゃないわ。
 どこかで、聞いたような気がする。

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