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第三章 アイリス四歳
その8 新しい守護妖精?
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8
朝食の後、学院に出かけたエステリオ叔父さんに続いて、お父さまも仕事の支度を調えて館を出る。
二頭立ての、きれいな馬車なの。お父さま好みの地味派手とかいう路線。
お父さまの一番の愛馬ヴェラは栗毛で、額に白い十字の模様が可愛い。もう一頭はヴェラの妹馬、ビスタ。こちらは葦毛。二頭とも我が家の自慢の名馬だ。
四歳児のあたしは乳母やのサリーに抱っこされて、持ち上げられる。
「旦那様、いってらっしゃいませ」
メイド長のエウニーケさんが言う。ほかのメイドさんたちはそれに続いて声を揃える。
「いってらっしぃませ」
「気をつけて、あなた」
お母さまは今朝もとびきり美人。
「おとうさま。はやくかえってきてね。あ~、あいりすも、おうまのはな、さわる~」
小さい手をさしのべる。
「もちろん早く仕事を片付けるとも」
相好を崩すお父さま。
残念。
まだお腹も出てない、若々しい紳士なのに。
激甘、娘ラブな父。
ヴェラとビスタは機嫌良く、鼻面をすり寄せてくれた。
あたしの肩に乗っていた守護妖精シルルとイルミナが薄羽根を震わせて飛び上がり、馬車のまわりをぐるりと旋回した。細かな光が馬車に降りかかる。
あ、ちょっとやりすぎた?
「お嬢さますごい!」
「そのお年で妖精の守護を得ているなんて!」
メイドさんたちが歓声をあげる。
妖精の祝福の光を浴びるなんて滅多にないことらしい。
あたしの専属小間使いローサをはじめ若いメイドたちの間では、あたし本人が全く関知しないところで、噂にのぼっているみたいなの。
ところで、馬について、ひとこと。
お父さまの馬車のような乗り物を牽くのは獣馬(じゅうば)という、地球にいた馬にそっくりの動物。
この世界(セレナン)には、地球と明らかに違うところがいくつか、ある。
たとえば郊外や国外へ向かう馬車には、頑丈で身体の大きい騎竜(きりゅう)という、ドラゴンの親戚なんじゃないかと思われる動物が繋がれるという。
騎竜は魔物ではない。
むしろ人懐こく、飼い主に従うよう、よく馴らされている。
身体は堅い皮に覆われ、矢も剣も立たないから、主に軍に配備されている。国内で手に入る頭数も少なく高価だけど、貴族や裕福な人々が好んで用いる。
(ここまでは、エステリオ・アウル叔父さまが話していたことの受け売りです)
エルレーン公国の若き美形公子さま、御年二十歳のフィリクス・レギオン・エルレーンさまの愛騎は、真っ白な肌をしているんだって、ローサたちがうっとり話していたわ。
お父さまが家の門を出るときだけ、美しく飾られた鉄柵ごしにお外の風景が見える。
中世のヨーロッパふうな町、という感じ。
重厚な、石造りの家々が並んでいる。
ごくたまに、大きな馬車をひく騎竜を見かけることがあった。明るい茶色の肌をして、ひょいひょいって、ものすごい速さで走っていっちゃう。
公子さまの愛騎、純白の騎竜って、どんなふうかしら。
いつか、見てみたいな。
……あら?
あたし、いつか、騎竜に似た、小さい灰色のドラゴンを見たことがある?
おかしいな……。知らないはずなのに。
お父さまのお見送りの後は、お母さまも都の上流夫人たちの懇親会にお出かけの準備。
お昼はどこかの貴族さまのお茶会にお呼ばれ。
社交界の交流をしっかりやるのも奥さまたちの重要な仕事なの。
だから、あたしは乳母やのサリーに連れられて部屋に戻る。
サリーやローサには、あたしの世話のほかにも、たくさん仕事があるから。
いつもあたしの側にいて、見守ってくれているのは、サファイアさんとルビーさん。
魔法を見せてくれたり、従魔のシロとクロを出して遊ばせてくれたり。
……いつもは影の中に控えている二匹を出すと、あたし、結構疲れるんだけど、それは、二匹を呼び出すためには魔力をたくさん使うからだって。
あたしは魔力が多くて放っておくと健康によくないらしい。だから魔力をいつも使っているのがいいって、お医者さまのエルナトさまがおっしゃってた。
ところで、メイドさんたちは噂話が大好き。
「エステリオ様も素敵よね」
「まだ十七歳なのに、あの魔導師協会ナンバー2、コマラパ老師さまの大のお気に入りで、いずれは研究所の副所長になるって噂よ」
「きっとすぐに覚者(かくしゃ)様におなりだわ」
魔法使いに与えられる最高位「覚者(かくしゃ)」に就けば、他に並びない大きな名誉。
エステリオ・アウル叔父さまは、一族の期待を一身に背負っていたのだ。
叔父さまも大変。
なのに、重圧なんてぜんぜん感じさせない。すごいと思う。
とりあえず四歳児のあたしには、まだ何も思うにまかせない。
中庭でシロとクロと遊んだりしながら野望を抱くのだ。
早く大きくなりたいな。
中庭はパティオと呼ばれるつくり。
館の建物に囲まれていて外からは館を通らなければ入ってこられない。
屋根はなく、芝生やクローバーや植木がたくさん。
中心には池が配置され、お父さまが外国から仕入れた植物、睡蓮(みたいなもの)が水に沈んで、きれいな花を咲かせているの。
あたしは中庭で遊ぶ。
外には出ない言いつけを守って。
花かんむりをつくって、誰にあげようかな?
「ほら、シロとクロにあげる。サファイアさんとルビーさんにも」
「うふふふふ、ありがとう」
「お嬢は手先が器用だなあ」
サファイアさんととルビーさんは喜んでくれた。
だけどシロとクロったら、花かんむりを、ぱくっと食べちゃったのよ!
そのときだった。
守護妖精のシルルとイルミナが声をかけてきた。
『アイリスアイリス!』
『アイリス!』
あたしの守護妖精シルルとイルミナの声に、顔をあげる。
なんだか厳粛な表情で、空中に浮かんでる。
「どうしたの二人とも。なにかお話があるの?」
『ええ、しょうがないわね』
シルルがため息ついた。
『わたしたちの他にも、あなたと契約をしたいと思ってる妖精がいるのよ』
思い切ったようすで、イルミナが言ったのだった。
朝食の後、学院に出かけたエステリオ叔父さんに続いて、お父さまも仕事の支度を調えて館を出る。
二頭立ての、きれいな馬車なの。お父さま好みの地味派手とかいう路線。
お父さまの一番の愛馬ヴェラは栗毛で、額に白い十字の模様が可愛い。もう一頭はヴェラの妹馬、ビスタ。こちらは葦毛。二頭とも我が家の自慢の名馬だ。
四歳児のあたしは乳母やのサリーに抱っこされて、持ち上げられる。
「旦那様、いってらっしゃいませ」
メイド長のエウニーケさんが言う。ほかのメイドさんたちはそれに続いて声を揃える。
「いってらっしぃませ」
「気をつけて、あなた」
お母さまは今朝もとびきり美人。
「おとうさま。はやくかえってきてね。あ~、あいりすも、おうまのはな、さわる~」
小さい手をさしのべる。
「もちろん早く仕事を片付けるとも」
相好を崩すお父さま。
残念。
まだお腹も出てない、若々しい紳士なのに。
激甘、娘ラブな父。
ヴェラとビスタは機嫌良く、鼻面をすり寄せてくれた。
あたしの肩に乗っていた守護妖精シルルとイルミナが薄羽根を震わせて飛び上がり、馬車のまわりをぐるりと旋回した。細かな光が馬車に降りかかる。
あ、ちょっとやりすぎた?
「お嬢さますごい!」
「そのお年で妖精の守護を得ているなんて!」
メイドさんたちが歓声をあげる。
妖精の祝福の光を浴びるなんて滅多にないことらしい。
あたしの専属小間使いローサをはじめ若いメイドたちの間では、あたし本人が全く関知しないところで、噂にのぼっているみたいなの。
ところで、馬について、ひとこと。
お父さまの馬車のような乗り物を牽くのは獣馬(じゅうば)という、地球にいた馬にそっくりの動物。
この世界(セレナン)には、地球と明らかに違うところがいくつか、ある。
たとえば郊外や国外へ向かう馬車には、頑丈で身体の大きい騎竜(きりゅう)という、ドラゴンの親戚なんじゃないかと思われる動物が繋がれるという。
騎竜は魔物ではない。
むしろ人懐こく、飼い主に従うよう、よく馴らされている。
身体は堅い皮に覆われ、矢も剣も立たないから、主に軍に配備されている。国内で手に入る頭数も少なく高価だけど、貴族や裕福な人々が好んで用いる。
(ここまでは、エステリオ・アウル叔父さまが話していたことの受け売りです)
エルレーン公国の若き美形公子さま、御年二十歳のフィリクス・レギオン・エルレーンさまの愛騎は、真っ白な肌をしているんだって、ローサたちがうっとり話していたわ。
お父さまが家の門を出るときだけ、美しく飾られた鉄柵ごしにお外の風景が見える。
中世のヨーロッパふうな町、という感じ。
重厚な、石造りの家々が並んでいる。
ごくたまに、大きな馬車をひく騎竜を見かけることがあった。明るい茶色の肌をして、ひょいひょいって、ものすごい速さで走っていっちゃう。
公子さまの愛騎、純白の騎竜って、どんなふうかしら。
いつか、見てみたいな。
……あら?
あたし、いつか、騎竜に似た、小さい灰色のドラゴンを見たことがある?
おかしいな……。知らないはずなのに。
お父さまのお見送りの後は、お母さまも都の上流夫人たちの懇親会にお出かけの準備。
お昼はどこかの貴族さまのお茶会にお呼ばれ。
社交界の交流をしっかりやるのも奥さまたちの重要な仕事なの。
だから、あたしは乳母やのサリーに連れられて部屋に戻る。
サリーやローサには、あたしの世話のほかにも、たくさん仕事があるから。
いつもあたしの側にいて、見守ってくれているのは、サファイアさんとルビーさん。
魔法を見せてくれたり、従魔のシロとクロを出して遊ばせてくれたり。
……いつもは影の中に控えている二匹を出すと、あたし、結構疲れるんだけど、それは、二匹を呼び出すためには魔力をたくさん使うからだって。
あたしは魔力が多くて放っておくと健康によくないらしい。だから魔力をいつも使っているのがいいって、お医者さまのエルナトさまがおっしゃってた。
ところで、メイドさんたちは噂話が大好き。
「エステリオ様も素敵よね」
「まだ十七歳なのに、あの魔導師協会ナンバー2、コマラパ老師さまの大のお気に入りで、いずれは研究所の副所長になるって噂よ」
「きっとすぐに覚者(かくしゃ)様におなりだわ」
魔法使いに与えられる最高位「覚者(かくしゃ)」に就けば、他に並びない大きな名誉。
エステリオ・アウル叔父さまは、一族の期待を一身に背負っていたのだ。
叔父さまも大変。
なのに、重圧なんてぜんぜん感じさせない。すごいと思う。
とりあえず四歳児のあたしには、まだ何も思うにまかせない。
中庭でシロとクロと遊んだりしながら野望を抱くのだ。
早く大きくなりたいな。
中庭はパティオと呼ばれるつくり。
館の建物に囲まれていて外からは館を通らなければ入ってこられない。
屋根はなく、芝生やクローバーや植木がたくさん。
中心には池が配置され、お父さまが外国から仕入れた植物、睡蓮(みたいなもの)が水に沈んで、きれいな花を咲かせているの。
あたしは中庭で遊ぶ。
外には出ない言いつけを守って。
花かんむりをつくって、誰にあげようかな?
「ほら、シロとクロにあげる。サファイアさんとルビーさんにも」
「うふふふふ、ありがとう」
「お嬢は手先が器用だなあ」
サファイアさんととルビーさんは喜んでくれた。
だけどシロとクロったら、花かんむりを、ぱくっと食べちゃったのよ!
そのときだった。
守護妖精のシルルとイルミナが声をかけてきた。
『アイリスアイリス!』
『アイリス!』
あたしの守護妖精シルルとイルミナの声に、顔をあげる。
なんだか厳粛な表情で、空中に浮かんでる。
「どうしたの二人とも。なにかお話があるの?」
『ええ、しょうがないわね』
シルルがため息ついた。
『わたしたちの他にも、あなたと契約をしたいと思ってる妖精がいるのよ』
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