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第二章 半透明な令息と、初めてだらけの二日間

19.王立犯罪捜査局(4)

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「――以上が、グラント卿と私が捜査局に来た経緯です」

 ララはできるだけ簡潔に、事実のみを説明した。初対面の人間しかいない環境で話すのは緊張したが、テオドールが隣から助言をくれたためなんとか伝えられた、はずだ。

 ララの前に霊体のテオドールが現れたこと。彼には亡くなった時の記憶がないこと。ララが展開した安眠の間によって家に帰れないこと。テオドールがララの体を使えることと、なぜか体に触れられること。そして一番大切なのが――、

「つまりテオは、最後の六十日間を使って仕事をしたい、というわけですね?」
「はい、その通りです!」

 ヒューゴがメモにペンを走らせる音を聞きながら、ララは返事をする。

「オルティス伯爵令嬢は――」
「申し訳ありませんドーハティ卿。オルティスの名を出すと不快な思いをされる方がいらっしゃるかもしれませんので、ララと呼んでいただけるとありがたいのですが」
「よろしいのですか?」
「はい。グラント卿や開発局の局員にはそう呼ばれていますので、問題ありせん」
「テオが?……そう、ですか。事情が事情なので、ララさんと呼ばせていただきますね。代わりにと言ってはなんですが、私のこともヒューゴとお呼びください」
「私がお呼びしても大丈夫なのですか?」
「もちろんです」
「……嬉しいです。ではヒューゴ様と呼ばせていただきますね」

 ジャスパー以外に名前で呼び合える人が現れるとは思っていなかったため、頬が緩む。
 喜びを噛み締めていると、周りにいた捜査官たちが次々に「僕も名前がいい!」「俺も呼んでいいっすか?」「俺のことも名前で呼んでください!」と挙手した。
 思い返せば、捜査官たちはほとんどが名前で呼び合っていた。おそらくこれが当たり前なのだろう、と、ララは快く受け入れた。

(ふふっ。なんだか仕事の関係っていうより、お友達ができた気分)
 
 隣に立つテオドールが聞こえるか聞こえないかくらいの声で何やらぶつぶつ言っているが、ララは上機嫌だった。
 きっとテオドールは自分だけ話に入れないのが不満なのだろう。心配しなくても、ここからは彼に交代しようと考えているのに。

「ヒューゴ様。グラント卿の存在を信じていただくためにも、彼とたくさんお話しをしていただきたいのですが」

 色々と考えてみたが、やはりどんな方法を選んでもララの演技だと言われてしまえばそこで終わりだ。だから表面上ではなく、しっかりと会話をしてもらいたい。

「先ほどおっしゃっていた、体を貸す、というやつですね」
「はい。いきなり現れた私の言葉を信じていただくには、限界があると思いますので」
「確かにその方が、話が前に進みそうではありますが……ララさんの体に悪影響はないのですか?」

 ヒューゴがメモのページをめくり、ララの反応を待つ。体への影響を記入しようとしているようだ。その様子を見たララは……肩を震わせ始めた。

「ふ、……ふふっ」
「私、何か変なことを言いましたか?」
「すみません。ふふふっ、違うんです。いや、違わないんですけど。……ヒューゴ様が、グラント卿と全く同じことを言われたので」
「同じ?」
「はい。グラント卿に私の体を使いますかと聞いた時も、『君の体に悪影響は?』って聞き返されたんです。眠たくなるだけであとは大丈夫ですとお伝えしても、『本当か?』って疑いの目を向けてこられて。それを思い出したら、ふふっ、面白くて」

 意外と心配性なんだなと思った記憶がある。まだ肩震わせるララに言い返したのは、ヒューゴではなくテオドールだった。

「どこが面白いんだ。普通だろ」

 彼の言う通り、普通なのかもしれない。でもララには、たまらなく面白かった。

「だって、口の悪さや見た目は全然似てないのに、自分の損得よりも相手のことを気にしちゃうところが、……ふふっ。真面目で優しいところがそっくりなんですもん」
「――っ」

 面食らった顔をするテオドール。彼には自覚がなかったようだ。ささいな言葉一つ、考え方一つが、彼らが共に過ごしてきた時間を証明するようで。嬉しくて、おかしい。
 俯いて笑うのを堪えようとしていると、テオドールの手が頬に伸びてきた。顔を持ち上げられ、彼と目が合う。

「君が笑うツボは分からないな」
「すみません、こんなに笑うつもりはなかったのですが」
「顔が緩みきってる」

 そう言うテオドールだって、緩んだ表情をしていると思うのだが。
 彼の指にゴーグルの端と頬を撫でられ、くすぐったい。
 身じろぎをしながら、ララはここぞとばかりに苦情を漏らした。

「グラント卿、あなた亡くなってから距離感がおかしいです」

 自分が知らなかっただけで生前もこうだったのかもしれないが、間違いなく一般的な紳士淑女の距離感ではない。そう思ったのだが、テオドールは悪びれもせずに答えた。

「仕方ないだろ。俺が触れられるのは君だけなんだから」
「え……」

 触れるものがないという感覚は、さすがにララも分からない。どんな感じなのだろう。想像してみると、少し寂しいような気がする。

「そう言われてしまうと、この距離感も仕方がないような気がしなくとも、……ない、ですね」
「だろ? 仕方がないんだよ。……俺が君に触れたいのは、仕方がないんだ」
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