上 下
5 / 15

ルーシーの魔術

しおりを挟む
「ダン! ノエル!」

 ルーシーがその場にしゃがんで腕を広げると、二人はスピードを落とさずに抱きついてきた。
 予想以上の力に押し倒されそうになったものの、オーランドが背中を支えてくれたためなんとか受け止められた。
 この二人、会う度に力が強くなっている気がする。

「ルーシー姉ちゃんに会いたかったから、俺たち走ってきたんだぞ?」
「ノエルがルーシーお姉ちゃん見つけたの。すごい?」

 自分の腕の中で笑う子供達を見ると、それだけで少し幸せな気分だった。

 ルーシーが顔をほころばせたところに、エプロン姿の女性が走ってきた。ダンとノエルの母親、シエンナである。

「あんた達、いきなり、店飛び出すのは、やめなさいって――」

 すぐ近くの雑貨屋が彼女達の家なのだが、余程急いできたのか肩で息をしている。

 シエンナは呼吸を整えると、ルーシーの方を見て驚きの表情を浮かべた。
 正確には、ルーシーの隣で会釈をしたオーランドを見て、だ。

「ごめん! デートだったのかい?」

「はい」と即答するオーランドにルーシーは苦笑いを漏らす。
 心の中ではいたずら小僧のように笑っているのだろうが、傍から見れば真顔なのだ。真顔のオーランドジョークは耐性が無い人間には衝撃が大きい。

 一目散に立ち去ろうとするシエンナを呼び止め、ちょうどパンを平らげたレオを指す。

「もう一人いるよ」
「それはそれで、申し訳ないんだけど」

 眉尻を下げるシエンナとは対照的に、子供達は大はしゃぎだ。

「ルーシー姉ちゃん、アレやってくれ! キラキラするやつ!」
「ノエルもお花のやつ見たーい!」

 ダンは駆け足をしながらくるくると回り、ノエルは柔らかい頬を惜しげもなくルーシーに寄せる。
 なんという甘え上手だ。こんなに可愛いおねだりを断れる人がいるなら見てみたい。

「……ちょっと、遊んでいっても良い?」

 緩みきってだらしがない表情のままルーシーが聞けば、オーランドもレオも当然だと頷いた。

「というか」と、オーランドが視線を周りに向ける。不思議に思ったルーシーもそれを追い「あ」と小さな声を漏らした。

「なんか、集まってるみたいだ」

 オーランドの言葉の通り、いつの間にかルーシーの近くには人が集まり始めていた。
 おそらく子供達にせがまれるルーシーに気付いたからだろう。その光景は街の人々にとって、イベント開始の合図なのである。

 ダンとノエルに腕を引っ張られ、人々の輪に入って行く。途中振り返り、オーランドとレオを見た。

「手を使うから、荷物その辺に置いといてね!」
「手?」

 二人が首を傾げるが、詳しい説明をする時間はない。
 頷くだけの返事をして、そのまま人だかりの中心に来た。

 拍手で迎えられたルーシーはお辞儀をしてニッと笑うと、興味津々な様子の子供達の前にしゃがみ込む。

「見ててね」

 ルーシーが指で輪っかを作ると、そこに魔法陣が浮かび上がった。目一杯息を吸い込んで、輪っかに吹きかける。
 するといくつもの光の粒が空に舞い、姿を変える。

「妖精さんだ! かわいいー!」

 花かごをもった妖精が、美しく光る粉をまきながら飛び回る。
 ルーシーを見守る人々に近寄りきゃっきゃと笑うと、花かごから取り出した物をプレゼントする。

「すげー! 光る王冠だ!」
「私はティアラ!」
「まあまあ、可愛らしい花束だねぇ」

 光と幻の魔術で作り出したものは時間が経てば消えてしまうのだが、それでも街の人は喜んでくれる。

 ルーシーがもう一度輪っかに息を吹きかけると、今度は光の動物が飛び出した。
 広場の全員が目を輝かせてその動きを視線で追う。大人達も、この瞬間だけは子供に戻っているようだ。

「ママ見て、うさぎさん!」
「リスもいるー!」

 手に乗りそうなサイズの動物達が空中を駆け回る。
 駆けた道には色とりどりの花が咲き、辺りは別世界のようになった。

「これは……」
「すげぇ」

 大きな声ではなかったのだが、オーランドとレオだとすぐにわかった。

 二人の方を見ると、呆気に取られたように口をぽかんと開けている。真顔でも問題ない表情ならばオーランドにも出来るんだな、と妙に感心してしまう。

 だがここで思い出した。そうだ、今日の自分は二人の案内係であった。サービスくらいするべきだろう。ルーシーは大きく腕を動かす。

 ルーシーの動きに誘導されるように、人々の視線がオーランドとレオに集まった。
 すかさずルーシーは指で空中に円を描く。浮かび上がった魔法陣を指ではじくと妖精が現れ、オーランドとレオの元に飛んで行った。

 何事だと動きを止めた二人に妖精が近付き、その頬に口付ける。わっと人々の声が上がったのと同時に、彼らの前に光の剣が現れた。

 サルバスの男性にふさわしいのはやはりこれだろう、と思ったのだ。

 妖精のキスと突然現れた剣に目をぱちくりさせている二人に、ルーシーはわざとらしくウインクをして見せる。
 ウインクが下手くそだったのか嬉しいのかはわからないが、レオが破顔し、よく響く笑い声をあげた。

 どうやら楽しんでくれたようだ。と、ほっとしたものの、オーランドがぴくりとも動かないのが気になる。
 真顔なのは慣れているが、どうにもいつもと違う。

 ――だっておかしい。こちらを見つめる目が、ドロドロに甘い……ような気がする。

(気のせい、かな)

 妖精にキスしてもらう演出も、ウインクも初めての試みだった。

 急に恥ずかしくなってきたルーシーはオーランドの視線から逃れ、クライマックスに向けて準備を始めた。

「さあさあ皆さま、両手をお貸しくださいな!」

 開いた手を見せると人々も同じように準備をする。最後にこれをするのは毎回同じ。だからみんな慣れたものだった。

 ルーシーが片手を上げる。その手は指が三本立っている。

「さーん!」

 人々が声をそろえてカウントダウンを開始した。
 光の動物はさらに駆け回り、妖精達が空高くのぼっていく。

「にー!」

 足元がほのかに光り、人々の開いた手のひらに花びらが溢れ出す。

「いーち!」

 ルーシーが地面をこつんと蹴ると、中央広場の地面全体に、一輪の花のような巨大な魔法陣が現れる。
 次の瞬間、歓声と共に魔法陣から大量の花びらが舞い上がった。手に持った花びらを一斉に投げる。

 見渡す限りの花の景色と、眩しい笑顔。

 ただの休日だというのに、大きな祝い事でもあったかのような、幸せそうな光景が広がっていた。







 それからしばらくの間、子供達に魔術を見せていたルーシーには聞こえなかった。


「お前、ほんっと見る目あるわ」
「それだけは、自信ある」

 ――ルーシーを見つめるレオとオーランドの会話など、全く聞こえなかったのだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

公爵子息に気に入られて貴族令嬢になったけど姑の嫌がらせで婚約破棄されました。傷心の私を癒してくれるのは幼馴染だけです

エルトリア
恋愛
「アルフレッド・リヒテンブルグと、リーリエ・バンクシーとの婚約は、只今をもって破棄致します」 塗装看板屋バンクシー・ペイントサービスを営むリーリエは、人命救助をきっかけに出会った公爵子息アルフレッドから求婚される。 平民と貴族という身分差に戸惑いながらも、アルフレッドに惹かれていくリーリエ。 だが、それを快く思わない公爵夫人は、リーリエに対して冷酷な態度を取る。さらには、許嫁を名乗る娘が現れて――。 お披露目を兼ねた舞踏会で、婚約破棄を言い渡されたリーリエが、失意から再び立ち上がる物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

時間が戻った令嬢は新しい婚約者が出来ました。

屋月 トム伽
恋愛
ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。(リディアとオズワルド以外はなかった事になっているのでifとしてます。) 私は、リディア・ウォード侯爵令嬢19歳だ。 婚約者のレオンハルト・グラディオ様はこの国の第2王子だ。 レオン様の誕生日パーティーで、私はエスコートなしで行くと、婚約者のレオン様はアリシア男爵令嬢と仲睦まじい姿を見せつけられた。 一人壁の花になっていると、レオン様の兄のアレク様のご友人オズワルド様と知り合う。 話が弾み、つい地がでそうになるが…。 そして、パーティーの控室で私は襲われ、倒れてしまった。 朦朧とする意識の中、最後に見えたのはオズワルド様が私の名前を叫びながら控室に飛び込んでくる姿だった…。 そして、目が覚めると、オズワルド様と半年前に時間が戻っていた。 レオン様との婚約を避ける為に、オズワルド様と婚約することになり、二人の日常が始まる。 ifとして、時間が戻る前の半年間を時々入れます。 第14回恋愛小説大賞にて奨励賞受賞

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

処理中です...