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しおりを挟む諦めた…。
私はもう全てを諦めた…。
あたたかい湯船に浸りながら、虚無顔になった私はぷかぷかと頭だけを浮かばせて遊んでいる。
今日一日…短い時間の間にいろいろなことがあったせいか、お湯に触れた瞬間私は溶けるように全身が脱力していた…。
「はぁ~~…………」
全身の疲れが声になって出ていく。
ここ最近は今みたいにゆっくりする時間がなかったから、久しぶりのお風呂で全身が凄い勢いで回復していく…。
それと同時に、ふつふつと煮えたぎる溶岩みたいに司に対する怒りが湧き始めてきた。
司のやつ…司のやつ司のやつぅ……!!
なぁーにが『一日一回なんでも命令聞いて?』だ!子供じゃないんだからそんなふざけた話を出してくんなぁ!!
しかもあの後めっちゃくちゃ反対したけど、司のヤツのらりくらりと躱しては言い訳ばっかして、話を全く聞いてくれないから結局私の方から折れてしまった…。
「くっそ~…」
ちなみに、今は司より先にお風呂に入っている。
元々かなり汚れていたのもあってか、司に強引に勧められるような形で今は湯船に浸かっている。
やっぱ金持ちが住むような家だからか、お風呂は広くて足先までぐーっと伸ばせるし、なによりあったかいお湯がすぐに出るから最っ高…!
ほんとーに、私の家とは大違いだ。
「………あー…やなこと思い出した」
一瞬、嫌な記憶がフラッシュバックする。
けど、それと同時に頭をぶんぶんと大きく振って、蘇りかけた記憶を全力で否定した。
思い出したくもない嫌な記憶…家のことなんて今は何一つだって考えたくもない…。
眉間に皺を寄せて、酷く嫌がっている私の表情が揺れる水面に映っている。
私は、司とは違って恵まれていない。
親も、環境も、人間にも恵まれない不幸な人間だ。
そんな私なんかを、なんでアイツは好きになるんだろうか。
私は司なんか大っ嫌いなのに、司はそんな事気にもせずに近付いてくるし…あまつさえ脅すような真似をしてきてやりたい放題。
それに、久しぶりに司と話したけど…やっぱりアイツは変わってたな。
視界の隅でちょこちょこ見るくらいで、アイツの噂を陰ながら聞いてはいたけどさ…。
司と絶交してから数年ほど経ったけど、やっぱ時間の長さっていうのは人を変えてしまうらしい。
昔の司はもっとおどおどしてたし…。
「……ふぅ、だいぶ浸かってたせいか眠くなってきたかも」
昔の事を思い出していると、瞼が重くなってきて瞬きをする回数が増えてくる…。
溜まりに溜まった疲れを癒した弊害か、眠気がマックスまで高まって欠伸が何度か出そうになる。
私はそれを我慢しながら、立ちあがろうとしたその時だった…。
ガララッと、私が手をかけるよりも早く扉が開いたのは…。
「……ん?」
高まっていた眠気が一瞬で吹き飛ぶ。
目が飛び出そうな反応をすると同時に、何も着ていないソイツは陶器のような白くて綺麗な肌を見せつけるように…さもモデルのような立ち振る舞いで入ってきた。
金の髪を後ろに結んで、風呂場の照明に照らされながら煌々と輝くソイツは恥ずかしがることもなく私を見ると…にぱっとむかつくような笑顔を見せて、ひらひらと手のひらをひらつかせた。
「やっ茜、入ってきちゃった♪」
…な、なんで入ってきてんの。
「…な、なんで入ってきてんの!!?」
訳わからなくて、思ったことがすぐに言葉として出てくる。
身体は湯船に浸かって濡れていたのに、今じゃ嫌な汗がじわじわと溢れてきて、不快感が増して嫌な予感がする…。
そして、驚く私を他所に…司は愉しそうな顔をしてゆっくりと近付くと、その身長差を見せびらかすように司は見下ろしながら笑みを浮かべた。
「なんでって、ここは私の家だからね」
「だ、だだだからって人が入ってる時に入ってくるかフツー!!」
「? 茜はおかしな事を言うね?いいかい?ここは私の家だよ?私がホストなんだからいつどこでお風呂を使おうが私の勝手じゃないか?」
「じゃあ私がなんで風呂入っている時に入ってくるワケ!?」
「それは…………………………………たまたま入りたかったからさ☆」
それ絶対下心あるだろ!!!
なんだその無言、分かりきってるんだから正直に言えよ!言ったら言ったで引くけどさぁ!
てか、よくよく考えたら司と裸で二人きりは本当にヤバい気がする…!
ただでさえ突然キスしてきた前科があるワケで、コイツと一緒にいたらなんかそれっぽい言い訳しながら襲ってくるに決まってる。
ここは急いで、逃げないと!!
「あーはいはい!じゃあ私はもう上がるから、司なんかと一緒に入る義理なんてないしね」
ばいばーいと手をひらひらとさせながら、司の横を通り過ぎようとする。
このまま何もなく逃げてやる…そう思っていたその時だった。
むんずっと、私のお腹に司の腕が回ってきてお腹を掴まれたのは…。
「まあ、まあまあまあまあまあ♪」
「きゃっ!?な、なに掴んでっ……ってちょ、押さないでって……うわあっ!?」
司に押されて壁際に立たされる…。
ゲーセン以来の壁ドンに「またぁ!?」と驚きながらも、司はずっとニコニコ笑顔で私の顔を覗き込んでいた。
な、なにニヤニヤしてるんだコイツは…と思ったのも束の間、私の頭上から温かいシャワーが降ってきた。
「ふふっ♪君とシャワーを浴びるのは小学四年生以来だね♡」
「ちょっ、がぼぼぼっ!ぷはっ!なにすんの!?」
「え?私がシャワーを浴びようとしただけだが?」
「私を巻き込むなバカ!」
とぼける司を引っ叩きたい衝動に襲われるものの、私はグッと堪えて荒れる怒りを抑えようと息を吐く。
ある程度司といて理解したけど、コイツはバカ正直に付き合うよりも無視した方が断然早い。
とりあえず今はさりげなくここから脱出を…!
「む?茜ってば、せっかくの二人きりなんだからそんなに逃げなくてもいいじゃないか」
「へっ?ちょっと、なにして…!?か、身体を押し付けて…司の肌がぁ!」
逃げようとした私に気付いた司が、ぐいっと距離を縮めてくる。
白く透き通った柔肌が迫り来る壁のように私の身体を押し付けてくると、むにゅうっと司の肌が私の肌に引っ付いてきた。
胸と胸が…お腹とお腹が、足と足が境界線がなくなるまで押し付けられる。
シャワーよりも生温かい司の肌に驚きつつ、身動きの取れない私は慌てふためきながら以前ニヤついている司を見た。
「茜の肌…柔らかいな♡」
「な、なに堪能してんだぁ!」
「ふふっ♪茜ってば恥ずかしがってるのかい?別にこれくらいの密着は女同士でもよくあることじゃないか♪」
よくあることじゃなーーい!!
女同士でもそこまでしないし、そこまでするのは下心があるやつだけだぁ!!
て、てかっ!この体勢ほんとにやばい!
司と密着するなんて死ぬほどイヤだけど、今の状態はお互い服を着ていない素っ裸の状態で密着してるから余計にヒドイ!
こ、これじゃあ私…!このまま司に!
「ま、まじで離れて!いろいろくっ付いてる!くっ付いてるから!」
「え~?なにがくっ付いてるって言うんだい?それにそこまで言うなら、一緒にお風呂入ってくれるのなら考えるけど?」
「こ、このっ!このおっ!!バカ司!アホ司!クソ司ぁ!!」
「ふふふっ♪汚い言葉を使っても、これだけ密着して離れられないんじゃ可愛いものだね♡」
や、やばい…どれだけ言ってもコイツを興奮させてしまう!
一刻も早く抜け出したいのに、司のやつ分かってやってるのか余計にグイグイ攻めてきてる!
「ほ、ほんとに…!当たっちゃまずいとこ当たりそうだからぁ!離れろバカぁ!」
「当たっちゃまずい所…?まぁ、君が私と一緒にお風呂入ってくれるなら離れるよ♡」
「ぐぅっ、このっ…このおっ!!」
司の柔肌が私を押し潰す勢いで密着してくる…。
ほんとに、本当にこれ以上はぁ…!
「わ、わかったぁ!わかったからぁ!!」
「一緒に入る!入るから!だからほんとに…ほんとに離れろぉっ!!」
「~♡ああ、離れるよ♡」
こ、コイツ…上機嫌に笑いやがってぇ!
ついに折れてしまった私を横に、司は満面の笑みを浮かべてスッと離れていく。
さっきまでの司の体温が離れていくと、あたたかいシャワーだけが私を温めていた。
「……~~~ッ!!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないか」
怒るわ!
困り顔で笑う司に対して、私は殺す勢いで司を睨み付ける。
本当に今のは危なかった、裸同士であれだけ密着すれば誰だって襲われるって思ってしまう。
それに…"大事な所"同士が重なりそうになってホントに焦った…。
「次やったら…ぶん殴るから!」
「そ、そんなに嫌だったのか…」
「そりゃそうでしょ!?お、おもいっきりあそこを押し付けようとしてきてさぁ!?」
「……へ?当たってたのかい?」
「わ、わざとじゃないの?」
一瞬、司の表情に戸惑いが浮かぶ。
その反応に私と反応して言葉を返すと、司は出かけていた言葉を飲み込んで無言の世界が訪れた。
そして、少しだけ頬を染めて…。
「す、すまない…当たってたんだね///」
「今更謝っても無効だぁ!!」
◇
その後、私は先にお風呂に入って司がシャワーを終えるのを待った。
さっきのこともあってか少しだけぎこちない空気が流れたが、司はすぐに切り替えたのか、さっきまでと変わらない態度で会話を続けてくる。
私はなるべく司の方を見ないようにそっぽを向いて、生返事だけ返した。
司なんかとまともに会話する気がない私は、内心ざまーみろとか思ってたけど…。
「ふふっ♪いい湯だね茜♪」
「な、なんでこんな体勢に……」
「それは、君が生返事ばかり返すからじゃないか♪これは罰ゲームっていうものさ♪」
だ、だからってこの体勢はありえない!
機嫌上々な司を背後に、私はあまりの恥ずかしさに頬を染める。
シャワーを浴び終えた司は、そのまま入ってくると思いきや…なぜか私の後ろから足を入れると、そのまま私の身体を掴んできた。
それから私は司に全体重を乗せるような形で、後ろは司、前は私っていう意味不明な状態に……!
つ…司の胸が、背中に当たってる…!!
「ば、罰ゲームって…なら私もうあがるから」
「それは駄目だよ茜…♡」
「ちょおっ!?お腹掴むなぁ!」
立ちあがろうとした矢先、ねっとりと絡みつくような声と共に司の白い手がお腹を掴む。
そしてふにふにとお腹の感触を味わうように揉みながら、その細い腕からは到底考えられない怪力で元の位置に戻してしまう…。
現状…私はどこにも逃げられないでいた。
「ぐうっ、このっ…!この!」
「ふふっ♪君はいつだって可愛いなぁ♡」
「きもい!ほんとに司きもい!」
「あははっ!ならもう少し本気を出したほうがいいかな?」
「そ、それはやめて…」
それに今みたいに拒んだとしても、私は司には勝てなかった。
大体、考えてみれば私は司に勝ったことがない。
勉強も運動もゲームもなにもかも勝ったためしがないのだ、それを考えてしまえば今の状況に対して諦めて従順になるのも無理はないと思う。
それはそれとしてコイツに好き勝手されるの屈辱だけどさ。
と、そんなことを考えていると左肩あたりから何かが乗っかったように重くなる感覚を覚えた。
なに?と疑問に思って私が振り向くと…そこには司が私の肩に顎を乗せて、すんすんっと鼻を揺らしている最悪の後悔だった。
「な、なにしてんの!!?」
「え?綺麗になったなぁ…と思い匂いを嗅いでいただけだが?」
「さも常識みたいな表情でとぼけんなばか!普通はそんなこと思っても匂いは嗅がないの!」
「…………たしかに、そう…なのか?」
コイツに常識って概念はないのかぁ!!
ん?と本気で分かってなさそうな表情をする司を前に、私は何度も声を荒げたくなる。
けど、司は顎を乗せてそのままにフッと柔らかい笑みを浮かべて言った。
「でも、あそこまで荒れていた君が綺麗になって良かった…」
「……きゅ、急になに」
「茜のことが好きだからだよ、ゲームセンターで会った時は本当に気が気じゃなかったんだ」
「それに、君とこうやって触れ合えるこの時間が…なにより愛おしくて幸福なんだ」
「…………勝手に言っとけば」
散々セクハラしておいて、なんなんだその言葉は。
口を開けば言い訳ばっかり、なにかと理由を付けてはきもいことばっかしてくるくせに。
それに、今だって…。
「ちゃっかり私の胸見てるのバレてるから」
「ギクッ…」
私が気付かないと思っていたのか?司がチラチラ見ていた視線を私は見逃さなかった。
「ほんと司ってキモい」
「キ、キモいとは心外だな…」
「いや実際そうじゃん」
「………………そんなわけないよ?」
そんなわけあるよ。
サラッといい笑顔で乗り切ろうとすんな。
けど、まじか。
私、今日からコイツと暮らすのか…。
数年間会話すらしてこなかったのに、なんで今更司なんかとって思ってしまう。
今ですら嫌で嫌で仕方ないのに、でも心の片隅にはあの頃の思い出が僅かに蘇ろうとしていた。
子供の頃の、私と司。
もう思い出すことはないと思っていた私達の関係は、なんの因果かまた始まろうとしていた…。
そんな予感を…変態となって変わり果てた司を背後に、私はそう思ったのだった。
ちなみに、この後私はのぼせて倒れた。
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