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弐ノ譚

闇ヲ抱ク手(上)

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人通りがない静かな駅ホーム。
静かで闇に染まった空間には光すら全く見えない。味気のあるホームの電灯は眠りにつき静寂と同時に不気味さも滲ませ漆黒を包み無人と化した深夜のホームは普段とは違う姿を見せていた。
そんな寝静まるホームの中に小さな光が見えた。光は闇に包まれ小さくそして一握りの灯が静かな空間を照らす。
小さな光と共に現れたのが帽子と国鉄制服を着た一人の男。その男はこの駅の職員みたいでどうやらホーム内を見回っていたみたいだ。
痩せた顔で細々とした職員は手に持っている懐中電灯で暗闇に染まった寝静まるホームを一望した。こんな深夜に一人で見回りをするのはとても心細いと思うがこれも仕事の一つだから仕方がない。入社してまだ一年ぐらいの職員はどこか落ち着きがなくて緊張気味ている。痩せ細った職員はホームから下に見える線路に懐中電灯を向ける。銀色だったレールは汚れていて間には木の板が並んでいる。線路にはいくつもの電車が通っている。空襲で被害を受けた新宿駅は終戦後、すぐ修復し建て直したと聞く。痩せ細った職員は見下ろした線路を後にホームに戻る。
どこも異常はないと判断し駅員室へ帰ろうと歩き始めた。すると、何かを感じたのか痩せ細った職員は突然足を止めた。線路の方へ振り向いたが何も変わった様子はなかった。気のせいかと駅員室を目指して歩き始めた。が、後ろから何か気配を感じて再び立ち止まる。背中に誰かの視線を感じる。この駅ホームには痩せ細った職員一人しかいない。はずなのに誰かがいる気配がした。額から冷や汗が流れ冷たい空気を感じたかのように背中がゾクゾクして振り向こうとも振り向けない。この駅ホームには何かがいる。早くこの場から離れようと止まっていた足を動かそうとした。その時だ。足に何か触られた感触が走った。生温い何かが自分の足を掴んでいるようだ。今まで感じた事がない感触に痩せ細った職員はゆっくりと視線を下ろす。下ろした視線の先に見えたのは自分の足を掴む白い触手。
ホームの地面から生えたその触手を見た&痩せ細った職員は仰天し顔が真っ青に染まった。触手は職員の足を引っ張り地面の中へと引きずり込んだ。動ける足を封じられた瘦せ細った職員は助けを呼ぼうと大声で叫ぼうとした。しかし、色白い触手が彼の口を塞いで地面へ引きずりこむ。もがく痩せ細った職員は抵抗ができず塞がれた口で助けを求め続けたが彼の声は全く届かなかった。力強く引っ張られて足掻きつつも結局、痩せ細った職員は溺れるかのように地面に沈みその姿を消した。残ったのは、彼が落とした懐中電灯と再び静寂に包まれた真夜中の駅ホームだけだった。小さな光を灯る懐中電灯は一人寂しくホームの闇に包まれていった。


一夜が明けた今日はとても気持ちのいい日を迎えていた。
広がる青空の下は賑わいと混み合いを見せる銀座の街。和光という高級宝飾店の上に建つと時計塔は時間を刻み進めているた。十字路には車を含め路面電車や多くの人間がたくさん通っている。
お洒落に着物や服を着こなし大通りを歩く人々は銀座というジャングルを楽しんでいる。高級店が建ち並ぶブランドの街は大人達にとっては一種のテーマパークと言えるだろう。いつもお洒落なファッションで出掛ける人がよく見かける。この街は誰もが笑顔になり楽しむ和気あいあいな声が飛び交う。そして、銀座の街に溶け合うようなリズミカルな音楽が耳に入る。陽気で楽しくまさに「銀座」に会う楽曲だ。
ジュークボックスから流れる音楽は部屋中を響かせた。緩やかで軽やかに駆け下りるようなメロディーが広がっていく。和やかで楽しく時間を過ごせるような歌と旋律が聞こえてくる。
高峰秀子の「銀座カンカン娘」。昭和24年に公開された映画で使われた主題歌だ。映画のタイトルも「銀座カンカン娘」。ちなみに「カンカン」は「カンカンに怒っている」という意味らしい。この曲を聴いていると大人の雰囲気を漂わせるバーに来ているかのように思える。
ジュークボックスから流れるこの歌を聴いているのは、二人の男達だった。一人の大人と一人の少年。
音楽が流れるこの部屋は、映画館ピオラ座の二階にある相談所 東都立日ノ守会談館。ここは、超常現象また怪奇現象・心霊現象による事件から一般の人生お悩み相談まで何でも引き受ける一風変わった事務所。部屋には変わったお面や絵画に民族品が飾られている。まるで、別世界に入り込んだような怪しさと不思議さが感じさせる。
上半身は青にグレーを足した淡くくすんだワイシャツと緑色のダブルベスト、下半身はカーキ色のズボンといったスーツを着こなしていた。緑と白の二色が入ったストライプのネクタイを締め腕まくりをしているスーツ男の名は鐸木燎平(すずきりょうへい)。この相談所 東都立日ノ守会談館の主にして二世界という異界からきた陰陽師だ。もう一人は、青色のシャツにカーゴ色の短パンを履いた少年 鐸木一郎(すずきいちろう)。物心がついた時は父親は他界し大空襲では母親を失い親戚もいなければ帰る場所もなく独りぼっちになっていたところ、燎平と出会い拾ってもらった。今は燎平が自分の養父となり二人でこの相談所を切り盛りしている。魔力を持たない一世界人なので燎平とは違って陰陽術や占いとかはできないが彼の助手として相談所の雑務をしたりしている。
燎平は自分専用のデスクで寛ぎながら読書を楽しみ一郎は台所でお茶菓子の用意をしていた。
時計は15時に回りまだ誰一人もお客さんは来ていない。映画館に来るお客さんはたくさんいるけど相談所に寄る客はそんなに多くはない。幽霊や妖怪などが起こす怪事件の依頼は数少なくどちらかと言えば人生相談で占いや助言を求める人の方がほとんど多い。でも、今日は人生に悩むお客は誰一人もいないので業務時間とはいえ仕事が何一つもないので暇を弄ぶしかない。まぁ、何も起きないことはいい事なのは確かだ。
一郎は木製のお菓子皿にピオラ座のオーナーからお裾分けで貰った袋入りの支倉焼(はせくらやき)を乗せた。同時に煎茶が入った急須とまだ空っぽの湯呑をお盆に乗せテーブルまで運ぶ。
「リョーさん。お茶でもしよう」
おやつの用意ができた一郎を見て読書を後にした燎平はデスクから立ち上がり革製のソファへ移動した。一郎は向かいのソファに座りながら急須に入っている煎茶を湯呑に注いだ。注いだ湯呑を燎平に渡したその時、ドアの奥からコンコンコンという音が聞こえた。燎平は湯呑を片手に「ちょっと見に行ってくれないか」と一郎に頼む。
一郎は「はーい」とドアを開けると少年の前に現れたのは白髪交じりの黒いスーツを身にまとう高齢者が立っていた。律儀で優しそうな男性だ。黒スーツの男性はドアから出てきた少年に訊ねてきた。
「すみません。こちらは東都立日ノ守会談館で間違いありませんでしょうか?」
黒スーツ男の質問に一郎は「そうですよ」と受け答える。
「ぜひご相談したいことがございまして・・・。宜しいでしょうか?」


相談所に訊ねてきた白髪交じりの黒スーツを着た高齢者の名は斉田和郎。新宿駅の駅長を務めている。
一郎は自分用として用意した湯呑を斉田に譲り煎茶を注いだ後、自分達のおやつとしてテーブルの上に置いた支倉焼もよかったら召仕上がってくださいと勧めた。
前髪を後ろにかきあげたアップバンクの髪型を格好良くキメてスタイリッシュで清潔感があるクールな顔はもちろん筋肉質の良い体を持つ燎平は「本日はどの様なご用件で?」と背中を丸めながらも優しい表情で向かいの席に座る斉田に訊ねた。かしこまった態度で斉田はこの相談所について質問してきた。
「あの、こちらは心霊現象とか不可思議な事件を取り扱っていると聞いて来たのですが、本当でございますか?」
斉田はスーツの内ポケットから一枚のビラを差し出す。東都立日ノ守会談館のチラシだ。
本人はチラシに書いてある内容は本当なのか怪しんでいるようだが燎平は穏やかな表情で初めて相談所に来た彼に説明をした。
「はい。我々は、妖怪や幽霊などが起こす超常現象や怪奇現象、または心霊現象に悩まされている方々の依頼を請け負っています。もちろん、日頃の人間関係や金銭問題などの悩みを解決する一般の人生相談も受け付けております。人生相談を始め、幽霊の除霊や封印、妖怪の退治や和平交渉、超常怪奇心霊現象の調査も対応しています。それで、本日はどんなご依頼を?」
説明を聞いて分かった斉田は意味ありげな表情で目の前にいる相談所の主または陰陽師に向かって語り出す。
「実は、私が勤めている新宿駅内に幽霊の手が出るという噂が流れているんです」
陰陽師の隣に座っている一郎は支倉焼をかじりながら耳を傾ける。
「幽霊の手?」
「はい。その幽霊の手はどこからともなく人を襲い地面の中へ引きずるという・・・・。実は昨日の深夜、3番線ホームへ巡回しに行ったはずの駅務員が消えてしまったんです。細山くんといいまして、入社してまだ一年経つ駅務員なんです。昨日は、細山くんが当直勤務だったので泊まり込みで駅員室にいました」
「斉田さんも当直だったんですか?」
「ええ。細山くんとあと三人の職員と一緒に駅に残って夜間業務をしていました。私は駅構内の見回りなどをしていましたが、駅員室に戻った時にはまだ細山くんはいませんでした。私は細山くんが戻って来るまで他の駅務員と一緒に駅員室で待っていたのですが、20分過ぎても細山くんが戻ってこないので私は三人の駅務員を連れて捜しに行ったんです。そしたら、三番線と四番線の駅ホームに点けっぱなしの懐中電灯が転がっていて」
斉田は当時の現状を振り返りながら詳しく話す。燎平は猫背ながら指を顎に当てて聞いていた。
「つまり、細山さんはその幽霊に攫われたと?」
燎平がそう訊ねると斉田は深く頷いた。
「その話、前に友達から聞いた事があります。トイレに白い手が出るとかなんとか」
噂とはいえトイレに白い手が出てくるとさすがに驚いて絶叫するだろう。四、五年ぐらい前にトイレから青白い手が尻を触るので退治してほしいという珍妙な怪奇事件があったのを思い出す。
「斉田さんはその幽霊の手を見た事は?」
「いいえ。私はまだ見た事はありませんが、職員を含めて駅を利用している方々がこの目で見たという話を聞いたこことがあります。なんでも、その幽霊の手は夕方頃に出るとか夜にでるとかで」
「その噂はいつから始まったんですか?」
「半年前だと思います。初めは一人の女子中学生が駅の女子トイレで姿を消したという事件があったので、その日からかと・・・」
駅の女子トイレで女子中学生が消えた。そんな事件は聞いたことないなと思った一郎は隣の方を目をやるが燎平は小さくかぶりを振る。
「実を言うと細山くんだけじゃないんです。この半年、職員を含め新宿駅をご利用されているお客様が日に日に行方不明になっているんです。噂とはいえこのまま放っておいたら新宿駅の評判がガタ落ちしご利用されるお客様方の足が途絶え状況が悪化すれば潰れてしまうことも・・・。最近やっと復旧したばかりだというのにこのままでは・・・わしゃ破滅じゃー!!」
顔面蒼白で頭を抱えながら酷く落ち込み叫ぶ斉田に一郎は「落ち着いてください」と宥めた。新宿駅は東京の中で利用者数が一番多い駅。31年前に起きた関東大震災の後、繁華街として本格的な発展を遂げた。
そんな新宿駅がたかが噂だけで潰れるのはとても想像しづらいが有り得ないとは言い切れないかもしれない。
一郎は「お菓子でも食べて元気出してください」と落ち込み嘆く斉田に袋入りの支倉焼をあげようとしたが何の反応もなく無視された。お菓子より新宿駅の方が一番心配しているようだ。落ち込む斉田にあげようとした支倉焼は一郎が袋を開けてパクッと口に入れた。さすがは仙台で作った銘菓だ。皮はフレッシュバターと卵に砂糖、粉でさっくりと仕上げていてクルミ風味の白あんが包まれていて美味しい。頭を抱えて項垂れる斉田を目の前に燎平は猫背だった背中を伸ばして彼の話を理解したかのように今回の依頼を承諾した。
「分かりました。そのご依頼承ります」
その言葉を聞いた斉田は顔を上げて明るい表情を見せた。さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようだ。
「本当ですか!?」
斉田が喜んでいると「ただし」と燎平は付け加えて言った。
「斉田さんにもぜひご協力してほしいことがあります」


深夜2時。
誰もが寝静まる丑三つ時。喧騒に包まれていた新宿駅は静寂となり暗い闇夜に溶け込んでいる。普段は昼間と終電前の夜だと多くの人がたくさん行き交う駅だが深夜になると全く別の顔を見せる。電灯の光一つすら見かけない広い駅構内は闇と一体化しどことな恐怖感を仰ぐような不気味さを感じさせる。
三番線・四番線ホームは異様な静けさと真っ暗な空間が広がっていた。誰もが使うホームに人っ子一人いないというのはとても薄気味悪い。一人でいるのは耐え難いだろう。しかし、そんな暗闇の中に小さな光が見えた。
光と共に現れたのは懐中電灯を持った斉田だった。彼は三番線・四番線ホームの巡回をしに来たのだ。不安そうな表情を浮かべる斉田はホームの周りを懐中電灯の灯りで照らす。光でうつるのはコンクリートの地面に向かい側のホーム。木の柱に時刻表。おかしなところもないホーム内は普段とは全く変わらない。なんの変哲もないホームに斉田は安心しているかのように見えた。でも、斉田が行っているのはただの巡回ではない。
三番線・四番線ホームの階段に二人の人物の姿がいた。一人は鐸木燎平。もう一人は鐸木一郎だ。二人は階段で待機しながら後ろで斉田の動きを見守っていた。
今日の昼頃、東都立日ノ守会談館に来た斉田が幽霊の手の正体を突き止めてほしいとの依頼があった。もちろん、燎平はその依頼を受けることにした。ただし、一つだけ条件があった。
深夜2時に斉田が一人だけで三番線・四番線ホームへ行き例の幽霊の手を誘き寄せること。燎平と一郎は幽霊の手が出てくるチャンスを見計らうようホームの階段で身を隠しながら待機するという作戦。ちょっと危険なやり方だが霊を誘き出すにはこの手を使うしかない。ウロウロとホームを歩く斉田に一郎は階段に腰を下ろしながら隣で立っている燎平と話していた。
「斉田さん、大丈夫なのかな?やっぱり、ぼくが囮をやった方が」
「ダメに決まっているだろ。子供にそんな危険な真似をさせるわけにはいかない」
「でも」
「大丈夫。斉田さんの身に危険が迫ったら俺が必ず助ける。これまでもいろんな依頼をこなして多くの人間を助けてきたじゃないか」
斉田の後ろ姿を見る燎平はとても真剣でいつでも助けられるようスタンバイしていた。一郎は心配な面持ちで斉田を見守るが燎平ならうまく彼を助け出すことはできるだろうと信じてはいた。でも、深夜の駅に来たのは初めてなのでドキドキしていた。二人は時々しか駅を使わないが真夜中になるとこんなにも暗くなるとは知らなかった。これが夏になれば肝試しができるんじゃないだろうか。そでに、駅員は朝と夜だけじゃなく深夜も仕事をしているとは昨日まで知らなかったの。斉田達は客がいない駅構内の身の回りを世話をしながら日々頑張っているのだ。
斉田を三番線・四番線ホームに行かせて20分経過した。夜中なので一郎は大きな口を開けてあくびをした。今は誰もが寝静まっている頃。夜更かしする子供がいるのは一郎だけだろう。「寝てもいいんだぞ?」と燎平が気にかけてくれたが一郎は大丈夫とかぶりを振り頑張ってみた。その時だ。何だか冷たい空気を感じた。そして、ただならぬ気配は斉田を襲う。燎平と一郎もこの冷たい空気と怪しい気配に気づき緊張が走った。何かを感じたか斉田は後ろを振り向く。目の前には四番線、その奥に五番線ホームが見えた。しかし、影の形すら全くない。不気味な雰囲気が漂う三番線・四番線ホームの恐怖は懐中電灯を持って立ち尽くす斉田を襲う。額と背中に汗が流れ唾を飲み込み強張った表情を見せる斉田。異様な空気を感じたのか体が足が動ない。頬に汗が流れた瞬間、奇妙な感触がした。誰かが自分の頬を触れたような・・・。体温を感じないぐらい冷たくて背筋が凍り人の温もりではないような異常で悪い心地。息を荒げ視線を向けると隣から白くて長い物体が見えた。その物体はまるで手のようで斉田の頬を優しく触れている。嫌な予感がしたのか背中から異様な冷たさが突き刺さる。斉田の頬を触れている白い手だけではなく背後には海に漂うワカメのようにウネウネと動かす無数の手が地面から生えていた。白い手の群れは斉田の背後を襲おうとするかのようにジワジワと迫っていた。歯を食いしばって恐怖で慄く斉田は振り向きたいけど振り向けられず逃げたくても足が動けない危険な状態に陥っていた。そして、動けない足から何かに掴まれた感触がした。目を見開いて視線を落とすと白い手が斉田の足を掴んでいたのだ。おぞましい白い手に斉田は血の気が引いて大声で悲鳴を上げた。その悲鳴は静寂に包まれている三番線・四番線ホーム内に大きく響いた。
もうダメだと思い絶体絶命な危機を感じた斉田は顔面蒼白して気を失いかけ多くの白い手が群がり彼を捕まえて地面に引きずり込もうと襲い出した。その時だ。白い手の群れが襲いかかった時、斉田の体から強い光が放った。黄緑色に輝く光は斉田を守るかのように包み込み背後から襲ってきた白い手を弾き返したのだ。さすがの白い手も急に襲った人間の体が光り出して驚いているようだ。すると、群がる白い手の後ろから「その人には触るな」と強い言葉が聞こえた。白い手が振り向くとそこには逞しく佇むスーツ男の姿が見えた。燎平だ。強い眼差しで白い手の群れに睨みを利かす。彼の存在に気づいて白い手が燎平を襲う。襲い来る白い手の群れは強い勢いで燎平を捕まえようとする。しかし、燎平は群がる白い手の動きを見てかわし始める。雨のように降り注ぐ白い手の群れは燎平の動きを追いながら攻撃をする。燎平は群がって襲い来る白い手の間を縫うかのように避けきる。彼の反射神経は高くあろうことか捕まえようと猛威を振るう白い手の群れでも見事にかわしきる。後ろへ下がりながら避けていると背後にはホームの階段にいる一郎の元に辿り着いた。袋のネズミだと思ったのか白い手の群れが追い詰めたかのように燎平を襲う。これで捕まえたも同然と思った白い手は今だと勢いを増して襲いかかった時、燎平は腰に掛けているポーチから翡翠色の陰陽札を前に出した。すると、陰陽札から黄緑色の光が現れバリアとなって白い手の魔の手から防ぐ。バリアの威力が強いので群がる白い手の勢いを阻むかのように燎平を守る。抗う陰陽札にたくさんの白い手はバリアを壊そうと腕に力を入れて押し始めた。翡翠色の陰陽札一枚だけでは無数の白い手から振り切るのは時間の問題となるだろう。必死で襲い来る白い手から陰陽札で防ぐ燎平はとても必死だった。すると、燎平の後ろから一郎の影が映り手に持っていた球を白い手に目掛けて投げた。野球ボールと同じ大きさの球は押し出そうとする白い手の群れの中に入り急に光り出した。黄色い閃光が三番線・四番線ホーム辺り一帯を包み込み目が開けられないほど眩しかった。突然の眩しさに白い手は驚いたかのように地面の中へ潜り始めた。一郎が投げた球は相手の目を眩ませる陰陽式閃光玉だった。
一郎が閃光玉を投げてくれたおかげで何とか振り切られた。バリアを張っていた翡翠色の陰陽札は役目を終えたかのように消えてしまった。燎平はすぐに斉田の方へ駆けつけ起こそうとしたが、斉田は気を失い完全に寝込んでいた。
「伸びちゃってるね」
側に寄った一郎は目を覚まさない斉田を見て言った。
「仕方がないよ。あんなにたくさんの幽霊の手に襲われたら誰だって気を失ってもおかくはない。一郎。斉田さんは俺が運ぶからちょっと手伝ってくれるか?」
一郎が気を失ったままの斉田を支えると燎平は膝をついて背中を向けた。そして、斉田を背中に乗せて立ち上がる。
「このまま仮眠室へ連れて行こう」
頷いた一郎は落ちていた斉田の帽子を拾い歩き始めた。燎平は軽々と斉田を負ぶって一郎と一緒に歩いた時、ふと足を止めた。今一瞬だけ妙な気配を感じたのだ。その気配の出どころは自分達が立っている三番線・四番線ホームの奥にある五番線の方からだった。あそこから一瞬だけ怪しい気配を感じたのだ。燎平が五番線ホームの方を見ていると一郎に呼ばれて歩き始めた。


斉田は仮眠室で気を失ったまま寝ていた。燎平が運んでくれたおかげで無事に仮眠室に辿り着けたのだ。部屋は狭く小さいがそんなに窮屈ではない。畳み式で布団が敷かれているのだ。斉田は布団に身を包まれ仰向けになって寝ていた。もちろん、一郎も仮眠室で眠っていた。今回の依頼で特別に二人用の仮眠室を用意してくれたのだ。一郎はとてもぐっすりと寝ていた。家とは違う空間だが全く気にせず眠っている。しかし、燎平の姿だけはなかった。
燎平はというと一人で五番線ホームの来ていた。さっき感じた妙な気配が気になったのだろう。しかし、その妙な気配はすっかり消えていて何も感じなかった。たくさんの幽霊の手がこの新宿駅構内に蔓延っているとなると本体は巨大な幽体を持っている霊かもしれない。この五年間の中で燎平は幾度も大きな幽体を持つ霊と遭遇し戦ってきている。ホーム以外で駅構内のどこでも幽霊の手が現れ人を襲うとなればこれは十分に危険度が高い。早く手をうなければ次々と被害者が増えるだけだ。でも、幽霊の手の正体が分からない。正体を突き止めなければ今回の事件は解決できないだろう。何か手がかりさえあればいいのだが・・・。


次の日。
朝を迎えた燎平と一郎は銀座の裏通りを歩いていた。二人は新宿駅を後にして一旦、東都立日ノ守会談館へ帰る途中だった。空は生憎の曇り模様。厚い雲に覆われ青空と太陽が全く見えない。空を漂う暗い雲をは今でも雨が降りそうなぐらい雲行きが怪しかった。それでも、銀座の街は変わらず活気があった。
裏通りには数多くの古いビルや老舗が建ち並んでいた。二人の朝食は新宿駅の駅長である斉田が用意をしてくれた弁当を食べたのだ。本当に律儀な人で自分を助けてくれたことを感謝しつつ気を失って仮眠室まで運ばせてしまったことを謝罪していた。でも、燎平は彼を危険な目に遭わせたことにとても申し訳ない気持ちで一杯で謝ったが斉田は笑いながらも全く気にしていないと優しい言葉をかけてくれた。今は普段通りに仕事をしている。
「今日の夜中は楽しかったな~。夜中に駅の中に入るなんて滅多にないからおもしろかった」
笑顔を浮かべる一郎にとって幽霊の手より深夜の駅に行けたのがどうも嬉しかったようだ。確かに、真夜中の駅に入るのは滅多にないので新鮮な感じはした。燎平は両手をポケットに入れて銀座裏通りの景色を眺めながら考えていた。五番線ホームに感じた気配。幽霊の手を退けた後、調べに行ったが気配はもう既に消えていた。今朝、斉田に五番線ホームで感じた気配を話しあそこで何かなかったか訊ねてみた。例えば、人身事故とか。
調べてくれた結果、一つだけ分かった。半年前に50代の男がお酒で酔っぱらいフラフラと歩いていたはずみでホームから落ちて電車に轢かれたという。斉田の話では幽霊の手は半年前に現れ最初の犠牲者となった女子中学生つまり新妻玲美子を襲ったと聞く。だとすれば辻褄が合う。幽霊の手の正体は半年前に線路に落ちて死んだ酔っぱらいの男に違いない。そうと分かれば今夜、再び新宿駅へ行き退治するべし。と思うが何だか今回の依頼は簡単に解決する一方だった。もう少し調べた方がよさそうな気がする。
「リョーさん。リョーさん」
考え込んでいた燎平は養子の声に気づき振り向いた。
「難しい顔しちゃってどしうしたの?今回の依頼はもう解決したんでしょ?」
どうやら一郎は今回の件は解決していると思っているようだ。燎平は「いや、何でもない」と言った。
しばらくしてやっと、映画館ピオラ座に着いた。今日もピオラ座には映画を観に来たお客さんがたくさんいて繁盛しているみたいだ。中へ入ると目の前には広い空間が目の前に現れた。天井には四枚羽のシーリングライトファンが回っている。床には赤いカーペットが敷かれていて中は売店があったりしてとても明るく見えた。
切符売り場を横切ろうとすると「燎平さん」と呼ぶ声が聞こえた。振り向くと切符売り場にパートスタイルの髪型をしていて首に蝶ネクタイを付けた男性がいた。見るからに40代後半の男性だが大人びた風貌を感じる。燎平を呼び止めたのは映画館ピオラ座のオーナー 多田 映蔵(ただ えいぞう)。主に切符売り場と受付を担当していて東都立日ノ守会談館がある部屋の大家だ。
「おはようございます。映蔵さん」
5年前に元々倉庫室として使っていた2階の部屋を貸してくれた多田は柔らかな表情で燎平に言う。
「おはよう。今日も遅い出勤だね」
東都立日ノ守会談館での営業時間はもう始まっていた。
「ちょっと仕事で新宿駅に行ってたんです。夜遅かったし仕事場で泊まって来たんです」
燎平は少し笑いながら深夜の新宿駅で仕事をしてきたことを教えた。多田は彼らの仕事内容については既に知っているので何の問題もなかった。でも、東都立日ノ守会談館の存在も仕事内容も知っている多田にはまだ知らない事が一つだけある。それは、燎平が二世界から来た異界人だということ。
「そうそう。さっき、君達がここに来る前に相談所を探していたお客様が来てたよ」
「お客さんですか?」
「2階で待たせているから早く会いに行った方がいいよ」
依頼人が来ていたことすら知らなかった燎平と一郎は教えてくれた映画館オーナー 多田にお礼を言いすぐ2階へ向かった。階段に上り2階に着くと東都立日ノ守会談館のドアの隣で佇んでいる一人の少女が見えた。
セーラー服姿の少女は二人が来たことに気づき顔を上げた。年齢は一郎と同じみたいで見た目はしっかりしていそうな人に見えた。燎平は笑みを浮かべて少女を迎え入れる。
「すみません。大変お待たせしてしまい」
少女は「いいえ。さっき着いたばかりで」と控えめでかしこまった態度で返事をする。
「あの、東都・・・・なんとか。すみません。名前が覚えられなくて。その不思議な事件を取り扱っている事務所ってここで宜しんですよね?」
確認してくる少女に一郎は「そうだよ」と教える。
「私、堀田 絵里子(ほった えりこ)って言います。その、友達を捜して欲しくて来ました」
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