調布奇伝

左藤 友大

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第二話

花子さんのお悩み(2)

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テーブルにはコップ一杯の麦茶が入っていて椅子に座った花子さんの前には辰巳と彼の隣で座っている翼がいた。
翼は花子さんをジロジロと見ていた。
「君、ホントにあのトイレの花子さんなの?」
翼は花子さんに本物なのか訊いた。
「はい。正真正銘、あたしはトイレの花子です」
花子さんは自分が本物のトイレの花子さんだと翼に向かって答えた。翼にとっては、信じられなかった。トイレの花子さんというと学校では噂になる都市伝説の一つなのだから。翼は本当にトイレの花子さんはいたんだと思った。
辰巳はどんな相談なのか花子に訊いてみた。
「それで、僕に相談があるって言っていたけど何だい?」
辰巳がそう訊いた時、花子さんは再び困った顔をしながら話した。
「実はここ最近、誰かがあたしの事をずっと見られている気がするんです」
困っている花子さんは自分が誰かに見られているという事を辰巳に話した。
「誰かに見られている?それは本当かい?」
辰巳は花子さんの話が本当なのか確認した。困っている花子さんは辰巳に向かって頷いた。
「本当です。廊下を歩く時も、女子トイレの中にいても誰かの妖気を感じるんです」
妖気?翼は一瞬だけ首を傾げた。
「もしかして、花子さんって妖怪なの?お化けじゃなくて?」
その質問に辰巳と花子は翼の方を見た。
「確かに、あなたから見るとあたしはただの幽霊に見えますが、あたしはれっきとした妖怪ですよ」
花子さんは少し笑みを見せ翼に教えた。翼に教えた後、辰巳は腕を組み椅子に寄り掛かり始めた。そのうえ、足を組んだ辰巳は花子さんにこう質問をした。
「何かストーカーされる覚えはないのかい?例えば、妖怪仲間に悪口を言ったとか・・。」
すると、花子さんは勢いよく頭を振った。
「言っていません!それに、ストーカーされるような事は一切していません!」
花子さんは自分がストーカーされる様な事はしていないと全力で拒否した。花子さんは今、真夜中の学校でストーカー被害を受けている。誰が花子さんをストーカーしているのかそれは、本人でも知らない。辰巳は、一体誰が花子にストーカーをしているのか考えたが全く犯人像が浮かばない。それに、ストーカーの犯人は妖怪。しかし、一体どんな妖怪なのかも知らないうえ、危険な妖怪なのかそれとも害を加えない妖怪なのかもわからない。それに花子さんの顔を見ると本当に困っていて嘘はついていないみたいだ。
花子さんは顔を俯かせて不安そうな声で辰巳に話した。
「あたし、思っているんです。このまま、あの学校を出て行った方がいいのか。でも、勝手に出て行ってしまったら、彼が心配しちゃうし・・」
「彼?」
翼は首を傾げた。
その「彼」という言葉で辰巳は気付いていた。
「ヨースケくんの事だね?」
花子さんは顔を俯かせながら小さく頷いた。翼は辰巳に訊いた。
「ヨースケくんって?」
「僕が教師として働いている小学校の男子トイレにいる妖怪さ。翼くん、知っているだろ?」
それを聞いた翼は真顔で首を振った。翼はヨースケくんという妖怪は知らないみたいだ。
どうやら、花子さんはストーカーをしている妖怪に見られ続けている不安で暮らしていた小学校を出ようと考えていた。しかし、友人のヨースケくんには黙って出て行く事は出来なかったみたいだ。しかし、花子さんはストーカーによって不安を募らせ、あげくにヨースケくんとの別れの挨拶をしないままトイレの花子として別の学校へ行く事は出来ない。それに、出て行こうとするとヨースケくんに止められてしまう可能性もある。花子さんはそれを考え悩んだが自分では決められなかったので、辰巳に相談しようと思ったに違いない。昼間の町田さんの時は、貧乏神で悩まされてはいたが、花子さんはストーカーで悩まされている。人間だけではなく相手が妖怪でも助けるのも山崎辰巳のポリシーだ。花子さんは怯えているのか肩を竦め自分の腕を掴んでいた。よほど、怖かったのだろう。そんな悩みを持っている花子さんを見て翼は可哀想だと思っていた。そして、翼はもう一つ思っていた事があった。妖怪が妖怪をストーカーするなんて可笑(おか)しな話だと。しかし、ストーカー被害を受けている花子さんにとっては辛い事だ。このまま、ほっといてしまえば、ますますひどくなる。
辰巳は怯えている花子を見た。
「花子さん。今から学校へ行きましょう」
その話を聞いた翼は驚いた。不安と恐怖で怯えていた花子さんは辰巳が言った一言で震えが止まった。しかし、花子さんの表情は少し不安気味だった。辰巳はどうやら、今夜中に花子さんをずっと見ているストーカー妖怪を捕まえるに違いない。それに、辰巳の顔は真剣だ。
「ここにいても仕方がない。僕も一緒に学校へ行ってそのストーカー妖怪を捕まえよう」
その言葉で花子さんの表情は少しだけ明るくなってきた。よほど、辰巳が夜の学校に来て調べてくれるのが嬉しいのであろう。辰巳は席に立ち自分の部屋へ向かった。辰巳がいなくなって花子と二人だけとなった翼はお互いの顔を見た。
「叔父さんって一体何をしているの?」
翼は花子さんに訊いた。翼は叔父である辰巳は一体何をしているのかわからなかったのだ。
「なんか、妖怪である君の悩みを聞いてストーカー妖怪を捕まえるって言っていたけど・・?」
花子さんは小学校の教師としか知らない翼に教えてあげた。
「山崎先生は、あたしが住んでいる小学校で教師として働いているけど、妖怪や幽霊の事で悩んでいる人間を助けているんです。もちろん、あたしみたいな妖怪が抱えている悩みを聞いて助けてくれる立派な事をしてくれているんです」
その話を初めて聞いた翼は腕を組んだ。
「そんな話、初めて聞いたよ。悩んでいる人を助けるのはわかるけど、悩んでいる妖怪を助けるなんて・・。」
花子さんは優しそうな表情で翼に言った。その表情はまるで安心したかのような顔だった。
「あたし達、妖怪にも悩みや苦しみはありますわ。姿形や住んでいる場所、住んでいる世界が違ってもあたし達妖怪もあなた達人間と同じ感情を持っています」
それを聞いた翼は花子さんを見た。花子さんはおかっぱ頭をしているが綺麗な黒髪で肌は白いが何か温かみを感じる。翼が知っているトイレの花子さんはごく普通の女の子で怖いイメージがあると聞いた事はあるが、今こうしてトイレの花子さん本人を見ていると噂とはちょっと違うイメージがある。おしとやかで凛としていて礼儀も正しい。そのうえ、優しい。まるで、お化けや妖怪ではなく本当に小学校にいそうな女の子だ。翼は花子の優しい表情で笑っている姿を見て自分の目を下に向かせて自分の頬を掻いた。顔の表情とかが綺麗なので少し照れているのだ。すると、辰巳がリビングに戻ってきた。辰巳の右手には材木で出来た刀を持っていた。彼が持っているのは木刀だ。翼は辰巳が持っている木刀を見て驚いた。翼が使っていた辰巳の部屋にはどこにも木刀なんて無かったからだ。辰巳は木刀を肩に担ぎまだ椅子に座っている花子さんを見て言った。
「さぁ、花子さん。学校へ行こう」
花子は頷き椅子から降りた瞬間、翼は辰巳が持っている木刀に指を指して訊いた。
「お、叔父さん。それ、どこから?」
辰巳は自分の肩に担いでいる木刀を見て翼に教えた。
「ああ。これか。僕の部屋にあるベッド下に置いた木刀だよ。花子さんを見続けている妖怪が悪い奴だったらこれで大変だろ?だから、木刀を持っているんだ」
「あ、そうなんだ」
翼は辰巳が木刀を持っている理由を聞いて納得した。妖怪と戦う。そんな事が出来るのかと翼は半信半疑で辰巳の木刀を見ていた。花子さんは木刀を肩で担いでいる辰巳に向かってお礼を言った。
「ありがとうございます。あたしなんかの為に協力してくださって」
辰巳は微笑みながらお礼を言った花子さんに言った。
「花子さん。まだ終わった訳でもない。お礼は今回の件が解決してから」
花子さんは笑顔で頷いた。
翼は二人がなかなか良いムードになっている所を見て椅子から降りて割り込むように話しかけた。
「叔父さん。ぼくも一緒に行く!」
その言葉を聞いた辰巳は驚いた。
「えっ⁉翼くんも⁈」
「うん。ぼくも一緒に来てもいいでしょ?」
翼のお願いに辰巳はちょっとだけ戸惑った。
「ダメだ。今日は夜遅いし、花子さんを見ている妖怪はもしかしたら、恐ろしい奴なのかもしれないんだぞ?翼くんを危険な目にあわすのはー」
そう言いかけた途端、翼は手を合わせた。
「お願い。邪魔はしないから、連れてって!」
あまりのお願いに辰巳は困っていた。
花子さんを見続けているストーカー妖怪は、きっと恐ろしい奴に決まっていると辰巳は思っている。花子さんはともかく人間でまだ幼い甥っ子を夜の学校へ連れて行くのは危険だと思っていた。しかし、翼は手を合わせたままじっと辰巳を見ていた。本気で付いて行く気満々だった。辰巳は乞うている翼にまた断ろうとした。
「ダメだ」
辰巳はもう一回言った。今度は少し重々しい表情で言った。しかし、翼は引き下がろうとはしない。辰巳は引き下がらない翼を見て呆れていた。
しかし、こんな所で時間を食っている暇はない。一刻も早く学校へ行きストーカー妖怪を突き詰めて花子さんを安心させなければならない。そう思った辰巳は仕方がないと思うような表情で言った。
「分かった。どうしてもって言うなら付いてっていいよ」
その事を聞いた翼は喜んだ。辰巳は苦笑いを浮かべ肩を竦(すく)め花子さんの方を見た。
「花子さん。すまないけど、甥っ子も連れてっていいかな?」
「構いませんよ」
花子さんは一切迷わず連れてっても構わないと許可を与えた。翼は自分の荷物が置いてある辰巳の部屋へ行き着替えて行こうとした。
「今、着替えに行くからちょっと待ってて!」
翼は借りている辰巳の部屋まで走っていた。
花子さんは翼の姿を見て笑った。
「元気な甥っ子さんですね」
花子さんは笑顔で辰巳に言うと辰巳は花子さんに翼の事を教えた。
「ああ。あの子はとても元気で素直な子なんだ。でも、表は元気で明るくても裏は怒っているんだ」
「どういう事ですか?」
「今、あの子は両親を軽蔑しているんだ。あの子の両親がトラブルに遭って家庭裁判を受けているんだ。それで、両親の家庭裁判が終わるまで僕が預けているってわけ」
「あの子にそんなことが・・。」
「可哀想だよな。こんな事が起きて・・。」
辰巳は翼が可哀想だと思っていた。両親の喧嘩に巻き込まれ、しまいには家庭裁判で決着をつける事になり今はこうして辰巳と一緒に暮しているのだから。きっと、勝手に事を進めた両親を許さないんだろうなと辰巳は思った。

辰巳が着替えに行ってから10分経った。
普段着に着替え終えた翼は、二人が待っているリビングに来た。翼が着ている服は、どうやら明日着る服みたいだ。翼は明るい表情を見せながらリビングで待たせた辰巳と花子さんに声をかけた。
「お待たせ!さぁ、行こう。」
翼は準備万端だった。辰巳は準備が完了した翼に合わせて出発する事になった。
三人は夜道を歩きながら小学校へ目指して歩いていた。ビル窓の中から見える電気の光や街灯の光が夜道を照らしていた。今、この時間になっても車は通っていて人も歩いている。それに、夜になっても微かに暑い。夏の夜も昼と同じく暑いが、昼の気温よりは少しマシだ。辰巳が肩に掛けているのは木刀が入った長い巾着袋だった。そのまま、木刀を持ち歩いていたら不審者または暴力団の一員だと勘違いされるので昔、習っていた剣道の竹刀を入れて使った巾着袋に入れたのだ。辰巳は高校時代から24歳まで剣道を習っていたのだ。腕前はなかなかだが、本人にとっては腕には自信があると自覚している。ちなみに、中学時代はサッカー部に入っていた。
しかし、辰巳は翼と花子さんを守る義務がある。ストーカー妖怪を倒すまでは安心できない。一方、花子さんは辰巳がいるのか相談前の怯えようは消えていた。花子さんは辰巳が頼もしい人間だとわかって信じているのだ。しかし、花子さんには少し心配する妖怪はいた。それは、花子さんの友人 ヨースケくんの事だ。花子さんはヨースケくんが無事である事を願っていた。
そして、最もこの件には関係ない人物 翼は、ただ単に二人と一緒に小学校へ向かっていた。辰巳は本気でストーカー妖怪を退治しようと心がけてはいるが翼は少し面白そうと思っていて全く、緊張がない。呑気というかお気楽というか・・・。それもそうだ。翼はまだ猫又と花子さんぐらいしか妖怪を見ていないのだからきっと、ヨースケくんはどんな妖怪なのか会うのが楽しみらしい。それに、花子さんは都市伝説に出てくる妖怪(またはお化け)の一人。その他は、人面犬や動く二宮金次郎像に肖像画から飛び出すベートベン等多数あるが、今の時代になってから都市伝説の噂は消えてしまった。それに、現代になってから多くの建物が出来て街頭や電機等があって昔よりだいぶ明るくなり妖怪がなかなか住みにくくなり多くの人は妖怪という存在を忘れかけている。今、三人が歩いている夜道は妖怪がウヨウヨいる。しかし、二人の他に見える人はあまりいないみたいだ。
妖怪は最も古い時代から存在した未知の生き物。昔は、妖怪が見えたり身の回り奇妙な事が起こると妖怪の仕業だと考えられた。最初に辰巳が言っていた通り、妖怪は見えない世界の住人で人間が見える世界の住人。この世には見えるモノと見えないモノがある。しかし、人間達が妖怪たちの存在を忘れているとしても妖怪はひっそりとこの世には見えないもう一つの世界で生きている。もしかすると、妖怪は人の心から生み出したお化けではなく人間が誕生するずっと昔にいた存在なのかも知れない。花子さんや町田さんみたいに、辰巳は困っている人や妖怪を助けるという行いをしている。それは、辰巳だけしか出来ない方法だからやっているに違いない。そんな事が出来るのは辰巳か陰陽師や呪(まじな)い師、霊能力者にお寺の住職さんぐらいしかいないだろう。でも、辰巳は好きで人や妖怪を助けているだけではなく小学校の教師もしている。例え、大変でも好きでやっているのだろう。
昨日なんかは、翼は初めて見えない世界がこの世に実在している事を知った。見えない世界は、翼達人間が住んで生きている「見えている世界」とは違うもう一つの世界。なぜ、急に見えない世界に住んでいる妖怪が見えたのかは自分でも分からない。でも、これはこれで面白そうにも思っていた。見えない世界だなんて滅多に見れるもんじゃない。それに、妖怪やお化けと言えば夏だからちょうどいい。翼は花子さんの顔を覗いた。花子さんの表情は少し曇っていた。先程は喜んでいたのに今は曇った顔をしている。きっと、男子トイレトイレにいる妖怪 ヨースケくんの事が心配なのだろう。それにしても、妖怪をストーカーする話なんて過去に一つも聞いた事がない。きっと、花子さんの事が好きな妖怪かお化けがいるのであろう。すると、花子さんが自分の顔を覗いている翼に気付いた。
「どうしたんですか?」
花子さんは笑みを浮かべながら自分の顔を覗いていた翼に訊いた。
「花子さん。大丈夫?」
翼が心配してくれているのを知り花子さんは頷いた。
「大丈夫です」
「ぼくに出来る事があったら、いつでも言って。ぼくも力を貸してあげるから」
「ありがとうございます。翼さんって優しいんですね」
それを聞いた翼は頬を赤く染めて照れていた。辰巳は、照れている翼の姿を見て笑った。
翼は照れた後、花子さんに訊きたい事があったので歩きながら訊ねた。
「花子さん。ヨースケくんって、どんな子なの?」
そう質問された花子さんは思い出しながら答えた。
「そうですね・・。優しくてユーモアで、それとお話がとても面白い人ですね。ヨースケくんは、あたしがまだ山崎先生が働いている学校へ初めて来てから間もない頃、優しくしてくれたんです。それからです。ヨースケくんと友達になったのは」
「じゃあ、花子さんはヨースケ君が好きなんだね?」
それを聞いた途端、花子さんの肌白い頬が赤く染め慌てた声を出しながら両手を振った。
「そ、そんな!好きっていうか何て言うか・・・普通の友達ですよ!そう!友達です!」
「友達か~。ぼくもヨースケくんの友達になろうかなぁ~。あっ、でもおかしいかな?人間が妖怪と友達になるなんて」
翼は考えた。妖怪と人間。例え、お互いこの世に存在していても住んでいる世界は違う。そんな簡単に、人間と妖怪が友達になるなんて夢の先の夢でもあるのでやっぱり、住んでいる世界が違う同士、友達になるのは無理があるのかもしれないと翼はそう思ったのだ。すると、先頭に立って歩いている辰巳が翼に言った。
「可笑しくはないよ。確かに、僕達人間と花子さんみたいな妖怪は住んでいる世界が違う。でも、世界が違くても友達になりたい気持ちは間違っていないよ。人間と妖怪は同じ「この世」に生きているんだから。違う世界に住んでいる者同士、友達になるのは良い事だと僕は思う」
「そうだね」
辰巳からの言葉を聞いた翼は笑顔で頷いた。確かにそうだ。例え、住んでいる世界が違くてもお互い同じ「この世」で生きている者として友達になるのは悪くない。翼にとって妖怪と友達になるのは今回が初めて。翼は妖怪と友達になってもっと彼らの事を知りたいのだ。花子さんは二人の会話を聞いてクスッと笑った。
「翼くんが友達になってくれるときっと、ヨースケくんは喜ぶわ。翼くん。あたしもあなたの友達になってもいい?」
それを聞いた翼は喜んだ。
「もちろん!友達になろう」
翼は嬉しかった。あの学校会談で有名なトイレの花子さんと友達になれたのだから。
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