JAPAN・WIZARD

左藤 友大

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Historia Ⅲ

異食(4)

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シンとユータはベゼルが指さした方を見上げた。ベゼルの頭の上には天使が描かれた大きな額縁が壁に立てかけられている。白く染まった美しい翼を広げ片手に杖を持ち濁りのない透き通った目をしていて空を見上げながら飛んでいる天使の姿が堂々と映し出される。
「これが、あたしが求めていた食べ物よ」
とても嬉しそうに指を差すベゼルは期待に胸を膨らませながらも天使を食するのが楽しみでしょうがないようで心が躍っていた。広間に入った時から立派な天使の絵だなと思っていたが彼があの絵に指を差した時、シンとユータは察した。
ベゼルが求めている食材。「天使」そのものだったのだ。
頭のネジがぶっ飛んでいるのかイカレているのかと思うぐらいベゼルが出したとんでもない級の願望にユータは唖然とした。
率直で大雑把な答え方に対しシンはこれがどういう意味なのか理解してから「つまり、天使を呼び出して欲しいと?」と訊ねるとベゼルは含み笑いをしながら頷いた。
「謎と神秘に満ち溢れ誰も口にしたこともない珍しくて新しい食材。それこそ天使の肉。その中でも天使の階級で高いとされるケルビムつまり『智天使』を食べたいのよ」
さすがのシンもこいつの考えは如何にも危険だとよく分かる。人知を超え並外れた食欲が彼を狩り立たせ遂には人間の域を超えてしまった。天使の肉が食べたいなんてさすがに考えた事もない異常すぎる発想に血の気が引く。ユータなんて困惑な表情を浮かべながら放心状態になりかけている。食事を運び主の側から少し離れた先で待機している執事はこの話を聞いても何一つ表情を変えていなかった。天使を喰らいたいという話しは二人より先に聞かされたからだろうか。それにしても、先日の悪魔に続いて今度は天使で来るとは。
「そして、特に一番食べたいのはケルビムの脳みそ。あれこそ、あたしが欲している極上の食材。ケルビムの脳みそを口にすればあたしは膨大な知識を得て世界中の人間界にも魔法界にもない珍しくて希少な未知の食材を見つけることができる。そして、未知と神秘に溢れた食材を本に出せば第一発見者としてあたしの名声と地位は更に上がり売り上げも最高潮で美食家にして料理評論家であるゼベル・ビュートルの名は更に世間に広まるうえこれからもずっと未知の食材を死ぬまで食べ続けられる。ああ。想像するだけでゾクゾクするわ」
ベゼルの頭の中は人間界や魔法界にはない未知の珍しい食べ物がいくつか浮かんでいた。どんな食材が待ち受けているのかどんな味がするのか子供心をくすぐるような楽しみと期待が満ち溢れている。
「天使の味ってどんなものかしら?幸福を満たす甘美な味か?清らかで喉ごしと舌触りが良く仄かな香りが鼻に抜けるようなくちどけある優しい風味か?旨味成分が出て噛み応えのある弾力さがあるのか?想像しただけで涎が止まらないわ」
と垂らしていた涎を吸った。ベゼルがそう話していると変な想像がついてしまう。皿の上に横たわったケルビム。極上のワインとピカピカに磨かれたナイフとフォークを持って子供のように目を輝かせて嬉々する異常者ベゼルの姿が脳裏に過った。
ベゼルからすれば生きる物全てが食い物として見ている。牛や豚や魚はまだしも人が手を伸ばさない物で手をつけるからこの男はとても危険だと脳細胞が厳重警戒せよと知らせる。
「話は分かりました。でも、天使はさすがに無理かと」
気味悪さを抱きつつもベゼルの全容を理解したユータは天使を呼び出すのは無理だと軽く否定した。依頼の内容は分かったがあまりにも突飛でさすがに難儀であると判断した。何とかこの依頼を断って退散しようと企むユータは笑顔絶やさず「今の時点で天使を召喚する方法はどこにもなく極めて難しいと思います。もちろん。ビュートルさんのご期待には添えたいのですがさすがに天使を呼ぶのは無理かと思ったり思わなかったり」と後半は口ごもって声量が小さくなり愛想よく笑ったつもりだが引きずり顔になっていた。
「天使を召喚すると言っても。肝心の召喚方法がありません。仮にできるとしてもまずは契約を結ばなければ─」
その時だ。シンが話している途中、バリバリッ!という激しい音が聞こえた。
ベゼルが持つ杖から緑色の閃光が走るのが見えた。そして、閃光の先を見ると執事がうつ伏せになって倒れていた。ユータはギョッとした目で微動だしない執事の方を見て驚く。
「これで契約は成立ね」
不敵な笑みを浮かべたベゼルはこれなら天使を呼べると嬉しそうに言った。
緑の閃光からして恐らく死の呪いだろう。許されざる呪文の一つで相手を一瞬にして殺す史上最悪の魔法。執事に死の呪いをかけた事で天使を呼べる契約が成立したと思っている。
「ビュートルさんなんてことを!なぜ執事さんを殺したんですか!?」
驚きを隠せない様子でユータは執事に死の呪いをかけた彼に怒りを覚えた。
しかし、ベゼルは全く気にしていないかのように「別に殺したワケじゃなくてよ?彼には一肌脱いでもらっただけ。寧ろ喜ぶべきだわ。この世界屈指の美食家にして美食評論家のあたしの為に役立ててくれたのよ。主人の役に立てられて彼も喜んでいるはずよ」と主人の為に命を捧げたと公言するベゼルは執事を殺した事を後悔もしていない。自らの欲望を果たせるのであれば人間だって殺せる。食欲とケルビムの脳みそに強い執着を持つベゼルにとって人一人の命なんてただの道具としか思えていない。忠誠を誓った執事に手をかけた異常者に正義感が強いユータは許せなかった。何食わぬ顔でワインの味を楽しむ奴の態度を睨み「シン。こいつを拘束して魔法省に突き出さそう。依頼どころじゃない」とスーツジャケットの懐から杖を出した瞬間、下からガコンという音が聞こえた。床に穴ができてユータは「えっ?」とキョトンとした後、悲鳴を上げながら真っ逆さまに穴に落ちた。まさかの落とし穴にシンは立ち上がって「ユータ!」と声を出した。ユータが落とし穴に嵌ってしまい「一体、何の真似だ?」と鋭く睨むとシンにベゼルは杖を突き出して不敵な笑みを浮かべ怪しい動きをしたら撃てるよう身構えしている。
「彼にはご退場してもらっただけ。あたしの狙いはミスター・ツモリ。あんたよ」
ベゼルは初めてからシンを狙っていたかのように指摘した。
「あんたにケルビムを呼び出して欲しいの」
にまにまと笑いながらベゼルはケルビムを召喚するのはシンだと公言し無理やりにでもやらせようと企む。シンは感情的にはならず落ち着いた態度を見せつけて「御冗談を。フランス式ジョークのつもりで?」とはぐらかした。探偵でもないただの助手にお願いするなんて変わった人だ。依頼の仕事は探偵の役目で助手はあくまで探偵の仕事を手伝いだったりサポートしたりする役職だ。下働きをする役名を持った助手に依頼者のご希望を応えられるわけがない。シンは自分が〝陰の功労者〟であることを知られないようひた隠しながら事件解決への糸口を探っている。どっかの誰かさんが『名探偵だ』だのと調子こいて自ら名乗りを上げているから多少ムカつくけど嫌いではない。マホウトコロ時代でも調子に乗って痛い目に遭うことは何度もあったが一度も彼を憎んだこともウザいと思った事も一度もない。彼には人に好かれる魅力が備わっているからだろう。でも、探偵のくせに推理力はもちろん知識も低迷で乏しいのが彼の唯一の弱点とでもいえるだろう。だからこそ、シンが事件の謎を解きユータがその謎の答えを伝える。仮にユータは探偵に憧れていたから彼にも花を持たせる必要がある。そんな事を考えてくれるのは世界でたった一人シンだけしかいない。
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