妖魔大決戦

左藤 友大

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第七幕

大戦争(七)

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一方、ぬらりひょん率いる百鬼夜行軍団は東京都内の港区にいた。
彼らが目指す場所は言うまでもない。
スカイツリーに着地しているトコヤミ大神へ目指しているのだ。
先頭に立つぬらりひょんに続いて各地方から集まって来た妖怪達が長い列を連なり大進行していく。
武器を持ち戦う意思を持った妖怪達は港区を押し寄せ敵の本拠地へと向かう。
その勇ましい姿は、まるで兵士が祖国を守る為に戦地へ出兵するような威風堂々な立ち回りをしていた。
逞しく、勇気があって一切の威厳を乱さない。
そんな彼らは相手が凶暴な悪霊だろうと恐れず立ち向かって勝利を掴もうとする強い想いを抱いている。
そして、何よりも聖戦士 草壁正輝という心強い味方がいる。
今は、猩々達と共に飛騨の大洞山に行っている。
正輝が戻るまで何とか足止めをするのが彼らの役目でもあった。
赤い月が怪しい光を照らされ重い空気と怪しい気配が広がるこの港区の町に百鬼夜行軍団は徐々に目的地へ進行していた。



トコヤミ大神の体内─
「神の間」という広間で黑緋神之命(こくひじんのみこと)が自ら座っている石の座椅子の後ろに映っている映像を見ていた。その映像は、ぬらりひょん率いる百鬼夜行軍団がこのトコヤミ大神がいる方角へ歩いている様子が映し出されていた。両腕を後ろで組む黑緋神之命は全く動じない冷静な態度と冷徹な表情で彼らの動向をただ観ている。
すると、神の間から滝夜叉姫が現れた。
「黑緋神之命(こくひじんのみこと)様。これは」
滝夜叉姫は跪く前に映像を観たまま立ち尽くしていた。
黑緋神之命は映像を見ながら滝夜叉姫に命令を下した。
「五月姫。都内中の悪霊共に奴らを叩き潰すよう指示をしろ」
フッと鼻で笑う滝夜叉姫は映像に映る百鬼夜行軍団を見て愚かな連中だと口走る。
「わざわざ自ら捕らわれに来たとは、馬鹿な奴らだ。まぁ、遠征する手間が省けたので助かりましたね」
黑緋神之命(こくひじんのみこと)が振り向く。
「何を言っている。貴様が大洞山の大天狗の捕獲を失敗しなければ少しは予定を早める事ができたものの」
それを聞いて滝夜叉姫の背筋がゾッとした。
大洞山を襲った時、大天狗を捕獲するつもりだったのが黒カラスと白カラスに邪魔をされその挙句、大天狗に押されて結局、集落にいた烏天狗達だけ持ち帰り大天狗の捕獲は失敗で終わった。
「も、申し訳ございません」
滝夜叉姫は跪いて深々と頭を下げる。
黑緋神之命(こくひじんのみこと)にはさすがに逆らえないし彼の言葉を否定する事はできない。
なんせ、彼は神でもあって地獄にいた自分を救い父親の仇を打つチャンスを与えてくれた恩人でもあるから。
黑緋神之命(こくひじんのみこと)は再び映像に振り返り後ろで跪いている滝夜叉姫に言った。
それは、冷たくて落ち着いた声だが妙に圧がかかる威厳のある声だった。
「用は済んだ。下がれ」
その一言だけで滝夜叉姫の表情は蒼白し緊張と恐怖が入り混じった感情を抱きつつ不機嫌そうに見えても一切、怒りの感情を出さず常に冷静な姿を見せる黑緋神之命(こくひじんのみこと)を恐れていた。
滝夜叉姫は怖ず怖ずと神の間を退散した。

川丸は背中を丸めて足を抱えながら牢屋の隅っこに座っていた。
ここは、滝夜叉姫と悪霊軍団に捕まった妖怪達が入る牢屋。
牢屋の中は、寂しく妖怪の数がだいぶ減っていた。
それもそのはず、大半の妖怪はもうすでに悪霊化されたてしまったのだ。
今、この牢屋にいる妖怪は貉と川丸の二人だけだ。
最初に入れられた時は、すごい数の妖怪が箱詰め状態になっていたが今では大分寂しくなりすごく心細くなった。
断末魔の声、溶鉱炉に入れられた妖怪の最期の叫び、恐怖に怯え泣き出す声、悪霊達に痛めつけられ苦しみだす悲痛の叫喚はまだ耳に残っている。
地獄のような惨状を見て聞き泣き続けたせいか、今の川丸は一滴の涙を流さず疲れ果てていた。
泣き疲れたとはいえ、次は自分の番だと恐怖を抱きつつ今も尚、隅っこに隠れるかのように怯えていた。
貉は胡坐をかいたまま動かなかった。
次々と仲間が悪霊にされる所を見て助けたくても助けられなく結局、仲間を救えず生き残ってしまった。
叫び続けたせいなのか体力が無くなりぐったりしていた。
でも、貉は信じていた。必ず正輝と仲間達が助けに来てくれることを。
すると、牢屋の外からカツンカツンと高い足音が聞こえた。
貉と川丸が顔を上げ牢屋の外を見てみると滝夜叉姫の姿が現れた。
滝夜叉姫は冷徹な目で二人を見下していた。
川丸は滝夜叉姫を見る度にひどく怯える。
「どうした?さっきまでの威勢がないぞ?」
皮肉な笑みを浮かべる滝夜叉姫に貉は獣のような目で睨み返答する余地もなかった。
「ふん。所詮、妖怪は雑草のように何千何百生き続ける雑魚に過ぎないんだ。何の力もない、ただ人間を恐れさせて闇に隠れる哀れで愚かな生き物。力が弱い者がいれば力が強い者もいる。力こそが全てを制する。弱者は強者に喰われる。お前達は我々に喰われ我々はお前達を喰らう。人間もそう。弱者は虐げたれ強者は支配する。私達は、お前ら妖怪という弱生物を悪霊化させて強い力を与えているのだ。お前達は人間を憎んだことはないか?人間は身勝手で己の事しか考えていない。その挙句、お前達妖怪の住処と闇を奪う。妖怪は古来より長く生き続ける生き物。だが、現代の人間はお前達の存在を忘れ闇は失われ続けている。そんな人間をお前達は恨んだことはあるか?」
彼女の話を聞いていた貉は口を開いた。
「貴様だって人間じゃないか」
睨んでくる貉に対し滝夜叉姫は微笑を浮かべる。
「元な。今の私は違う。私は、黑緋神之命様の忠実な僕(しもべ)。私は黑緋神之命様の夢が叶えられるのであれば何だってする。この命を捧げても構わない」
すると、微笑を浮かべていた滝夜叉姫が眉間を寄せて険しい表情を見せた。
その表情は怒りだった。
「だがその前に、あの草壁正輝をこの手で始末しなければならない」
貉は険しい表情を浮かべる滝夜叉姫に訊いた。
「そういえばお前。里を襲った時から正輝に対して相当怒ってたな?」
その言葉を聞いて川丸も滝夜叉姫を見た。
烏天狗の里を襲ってきた時、滝夜叉姫は正輝の顔を見てすごく怒っていた。
なぜ、初対面だった正輝を知っていて彼を憎んでいたのか。
それがとても気になっていた。
険しい表情をしながらも腹の奥底から込み上げる怒りを抑えながら滝夜叉姫は落ち着いた声で話す。
「奴は私の父・・・平将門を殺したからだ。父上の無念を晴らす為にも私の手で奴を消さなければならないのだ」
滝夜叉姫は奥歯を強く噛みしめる。
今、彼女の頭の中には正輝に殺された父の姿が映っている。
斬首された父の姿が。
込み上げる怒りを抑えつつも正輝の姿が映ると憎んではいられない。
正輝を憎んでいる今の滝夜叉姫の姿に貉は静かに言う。
「正輝は、外神真太郎の子孫だ」
しかし、滝夜叉姫は否定する。
「そうだとしても、奴は間違いなく父を殺した憎き敵だ!外神の子孫だろうと聖戦士だろうとそんなの私には一切関係ない!草壁正輝は私の天敵だ!」
そう言うと滝夜叉姫は牢屋の鍵を開けた。
そして、中に入ると川丸の方へ近づきこう伝えた。
「最期の言葉はないか?次はお前だ」
そう言い滝夜叉姫は手を伸ばす。
彼女が手を伸ばした瞬間、川丸は絶望の顔を見せて逃げ場を失った。
滝夜叉姫の手が川丸の首を掴む。彼女の手からは温もりがない強い冷たさを感じる。
首を絞められ川丸は苦しそうにもがく。
宙に浮いてジタバタしている川丸を見て貉は怒りの叫びを上げた。
「貴様!その子を離せ!!」
貉は滝夜叉姫に飛び掛かる。
体にしがみつく滝夜叉姫は貉が邪魔で引き剥がそうとする。が、貉は必死の抵抗で滝夜叉姫にしがみつきながらも川丸を助けようとした。
「離せ!獣臭い汚れた体で私に触れるな!!」
滝夜叉姫は引き剥がそうとしたが、貉は必死に滝夜叉姫をしがみつきながら離すまいと抵抗し続ける。
「確かに、人間は身勝手で傲慢な奴らで俺達の住処を奪い闇も奪った!俺達、妖怪からすれば人間は目の敵のようなもんだ!でも、人間はバカじゃない!全ての人間が愚かで悪い奴らばからじゃない。優しい心を持った人間もいる!それは俺達、妖怪もいる。悪い妖怪もいれば良い妖怪もいる!それは人間と同じだ!妖怪と人間は元々時代を共に過ごした仲でもあって住む世界が違くても共に生きてきたんだ。俺らは、何度も人間に恐れられ人間を襲い喰ったりする奴もいるが、逆に人間を助ける妖怪だっているんだ!妖怪にもそれぞれ人生ってもんがある!その人生をテメェらが滅茶苦茶にしやがった!これ以上、テメェらの思い通りにはなりたくねぇし人間を傷つけさせたくねぇ!」
滝夜叉姫に抵抗しながらも貉は自身が思った事を彼女にぶつける。
せめて、川丸だけでも逃がしたい。
もし、川丸が悪霊化されたら兄貴である太郎丸がどれだけ悲しむか。それに、まだ幼いし子供が恐ろしい目に遭わせるわけにもいかない。
貉は命一杯、力を振り絞って川丸の首を掴んでいる滝夜叉姫の手を離そうとした。
滝夜叉姫は川丸の首を掴みながらもしがみつく貉を振り解こうと必死に抵抗する。
貉が後ろからしがみついているので、紫電の鞭が放てないのだ。
身動きを封じながらも貉は川丸の首を掴む滝夜叉姫の手を強引に引き剥がそうとした。
その時だ。突然、足が絡まり貉の体制が崩れる。
滝夜叉姫が自らの長い脚で貉の足を引っ掛け押し倒したのだ。
倒れた貉は地に手を付き体を起こそうとした瞬間、いきなり滝夜叉姫の細い脚が襲いかかる。
顔から鈍い音が鳴り貉は横転する。
目の前から滝夜叉姫の脚が見えこちらに向かって来る。
そして、彼女の脚が貉の腹部を直撃した。
腹部を踏まれて気づいた。脚から異様な怒りを感じたのだ。
滝夜叉姫の美しい顔が般若のような顔に変わり何度も貉の腹部を激しく踏み続ける。
「下等の分際で!私に歯向かおうとは!生意気な!しかも!獣臭い体で!私に触れるとは!何という屈辱!私の体を触れていいのは!黑緋神之命様だけ!雑魚の分際で!生意気な口を叩くんじゃ!ないわよ!」
怒涛の踏みつけ攻撃が止んだと思い切りやまた、脚で蹴られた。
激しい痛みが体とお腹から伝わり立ってはいられず、切れた唇から血を垂らしながら貉は仰向けに倒れたまま動かなかった。でも、まだ息はある。
「今、お前らの愚かな仲間がこちらに向かって来ている。哀れながら戦(いくさ)をしに来たのだろう。我々に大敗する事を分かっていながら自ら贄になって来るとは捜す手が省けた。この戦を利用してお前達の仲間も悪霊となって働いてもらう。結局、貴様ら妖怪は私達には勝てないんだよ!」
妖怪は悪霊軍団に勝てない。
滝夜叉姫はそう強く断言した。そこまで言う自信が充分あったのだ。
彼女は信じている。黑緋神之命(こくひじんのみこと)が目指す野望が叶う事を。そして、愛しているのだ。
黑緋神之命(こくひじんのみこと)と初めて出会った時からずっと。
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