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婚約破棄を受け入れます
しおりを挟む「あなたが好きです」
「あなたが好きです」
「あなたが、好きです」
伝えたい言葉は、一欠片も口にはできない。そんな私をどうか、どうか……。
「婚約破棄、ですか」
内心は呆然としながらも、私は淡々と聞き返しました。
それはとても失礼なことだと気づいて、けれど聞き返してしまったからには仕方ありません。不快そうに眉を顰めた父の姿に、血の気が引いた気がしました。けれど、父は今回は私を叱ることはありませんでした。
きっと、内心は怒鳴りたいのでしょう。けれど、外聞があるのでしないのです。
「そうだ。ハーデルハイド子爵、いや、ドレシアン公爵から、お前とアルフォンス殿の婚約を破棄したいという連絡があった」
ドレシアン公爵。
私、クリスティア・ヴォルケーの婚約者、ハーデルハイド地方の統治を行うハーデルハイド子爵、アルフォンス・フォグマル様のお父上。
つまり、婚約者の父親からの連絡。となれば、正式な要求でしょう。
伯爵位を持っている父といえど、公爵様のご意向となれば、受け入れる他ありません。
「わかりました」
そう答えるしか、私にはできることがありません。
「そう、簡単に受け入れてもらっては困る」
「ですが……」
「この婚約は貴族のつながりを深めるための大事な契約だったのだ。それをお前のせいで……」
わたしのせい。確かにそうなのでしょう。理由は定かではありませんが、きっとそうに違いありません。だって私は、一度もアルフォンス様に気持ちを伝えることができなかった。
目の前で、微笑んで見せることすらできない、鉄仮面のような女を妻にしたいと望むでしょうか。
「公爵とてそれをわかっているはずだ。それで尚、婚約破棄をするというのだからな、そうとう御子息が強く望まれたに違いない。お前の責任以外の何がある」
「……おっしゃる通りです。お父様。申し訳ございません」
私は痛む胸を手で押さえることもできず、ただこの情けない顔を見せたくなくて、深く頭を下げました。
いえ、もしかしたら、そんなことをしなくても、私の表情は一切変わっていないのかもしれません。
「……もういい。それに別の打診があった。そちらを受ければなんとか」
「それは、どのような?」
「貴様には関係ない。まったく、不気味なほどに無表情。貴様の母と同じだ」
忌々しげに父が吐き捨てました。
だから、母とは違う別の女性を愛したのですよね。
そうして生まれた妹をあなたは愛し、私を愛しては下さらなかったのですよね。
そんなこと、口が裂けてもいえませんが。
でも、これは、呪いなのですよ。
人前では笑うことも泣くこともできない。愛する人に愛を囁くこともできない。そういう呪いなのです。
祖父が受けてしまった、愛の呪い。
だから私はこの想いを伝えられなかったのです。
あなたを愛しています。と。
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