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「婚約破棄ですか?」
しおりを挟む「婚約を破棄したい」
婚約者の言葉にアリーシャは盛大に眉を顰めた。
伯爵家の娘たるもの、人前でわかりやすく感情を見せてはいけない。そう何度も教わってきたことも、この時ばかりは実践できそうになかった。
困ったことになった。というのがアリーシャの本心だ。
婚約者であるアルスは、国王陛下が溺愛する御子息で、次男でありながら第一王位継承者と呼ばれて久しい人物だった。
アリーシャからしてみれば、勉学、剣術、そして王としての人を従える者としての素質など総合して、長男であるレイズ殿下の方がはるかに王にふさわしいと想うのだが、本人も乗り気ではないらしく、弟のアルスに王位をゆずると公言している。
昔から色々と面倒を見てくれたこともあって、アルスよりレイズの方がアリーシャは単純に好きなのだ。レイズにその気があって、国王がアルスを溺愛していなければ、アリーシャの婚約者はレイズになったことだろう。それを残念に思ったことは随分昔のことではあったが。
さて、当然アルスの婚約者であるアリーシャは、王妃として国を支えていく役目を担うため、それはそれは厳しい教育を受けて育った。
だというのに、これではこれまでの苦労が水の泡ではないか。
別に。とアリーシャは内心で言い訳をする。
別に苦労を返せなどと言うつもりはない。
最高の教育の賜物で、そんじょそこらの令嬢とは比較にならない能力を手に入れられたことは、アリーシャの人生には価値のあることだ。そして何もアルスに恋をして、彼のためになどという理由で努力してきたわけでもない。
ただ、その能力を今後国のためにどう生かしていくのか。その手段が奪われてしまったことが何よりも問題だった。
「アルス殿下。一応、理由を伺ってもよろしいですか?」
「真実の愛を見つけたんだ」
アリーシャは、やはり苦労を返せと言ってみるか、と先ほどまでの考えを撤回しそうになった。努めてため息を押し殺しす。
「真実の愛、ですか」
「そうだ。君には……理解できないだろうな」
自嘲気味にアルスが笑う。
一にお役目、二にお役目、三にお役目、四にお役目。とさんざんアルスに立場を自覚しろと言い続けてきたアリーシャである。
「君は俺を愛しているのか?」などという言葉に迷いなく「いいえ、ですがお役目なので」と返したのは一年前か二年前か。ともかくアリーシャは本心からそう言っていた。アルスはそんなアリーシャを見て、きっと「この娘には愛や恋がわからないのだろう」と思ったに違いない。
実際、あまり興味もなかった。
そして今も、アルスの言葉が全く理解できない。
けれど「それはお役目よりも大事なことですか?」などと聞いたら、怒声が返ってきそうだったので、アリーシャは言葉を発したくなるのを必死で抑えた。
そうしてふるえる唇に何を思ったのか、アルスは申し訳なさそうな顔をした。
どうやら自分が悪いことをしている自覚はあるらしい。
「陛下もご存じのことでしょうか」
アリーシャはアルスの後ろに優雅に座る国王へ尋ねてみる。無礼な行為ではあったが、王も誰も非難したりはしなかった。
「無論」
王は言葉少なく答えた。
「左様でございますか。であれば、わたくしからは何も申すことはございません」
溺愛している息子の頼みとあれば、国王陛下も断れなかったのだろう。例えアリーシャ以上に次期国王の妻が務まる女性がこの国のどこを探してもいないことを理解していたのだとしても。
――しかしそうなると、もしかして……。
「王位は……どうなるのでしょうか」
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