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伯爵

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 恋人が死んだ。
 処刑された。憎き皇太子の手で。
 哀れな女性だった。
 両親に憎まれ、婚約者を妹に奪われ、結婚する相手もおらず、存在事態に価値のない。必要のない女だった。
 そう思っている女が哀れであったし、それが事実であることも哀れだった。
 そして本当は誰かが必要としてくれているはず。と考え続ける彼女が、ただただ哀れだった。
 だから、彼女に声をかけた。
 彼女の望む言葉を与えた。
 彼女が望む温もりを与えた。
 すべて彼女が望むようにしてやった。
 彼女はどんどん自分に自信をもっていくのだ。それがまた哀れだった。
 そんなもの幻なのに、思い込んでいる。自分に価値があると。
 いや実際利用する価値はあった。
 あったが、役に立たなかった。
 
 一つの利点を上げるなら、彼女の行動は王太子の狂気を刺激したらしい。
 王太子はそれまで見せなかった笑顔を私に見せた。
 今までなら受け取ってくれない贈り物も受け取ってくれた。狂気に満ちた笑顔で、私を憐れむふりをした。

「恋人を失ってかわいそうに」

 そう言った。
 何をいう。お前が奪ったのに。
 もちろんそんなことは言わない。そもそも大事なことでもない。ただ悲しむふりをする。それは彼女への弔いだ。
 せめてもの慈悲だ。
 私を盲目的に愛したことへの情だ。
 わずかな情だ。

 ああ、王太子はワインを飲んだだろうか。

 飲んだのだろう。

 だから今私は王城で歓迎されているのだ。

 私は幸福を手に入れた。権力を手に入れた。 
 私は勇んで王城の廊下をあるく。皆が私に頭を下げる。
 気分がいいい。

 誰かの声が聞こえた。ふりかえった途端。何かがぶつかった。
 赤い血が胸から流れている。
 目の前にあるものが信じられず、目を見開いた。視界が黒く染まるまで、私はその人を見ていた。




 
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