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一章 はじめまして、オトギリ荘
6話 301号室のアタシと管理人-2
しおりを挟む「たすかりまーす」
よかったぁ今回も処理してくれる。
隠さんには色々助けてもらってばっかりだな。
一応ね、お礼もいずれしなきゃかなって思ってたりもする。
どうお礼すればいいかわかんないし、正直何したら喜んでくれるのかもさっぱりだけど。そういえば、この人が怒るっていうのもイマイチ想像できない。
そのくらい関係は薄いんだけど、めっちゃ頼りまくってる。
アタシ、この人に頼らなくなる時くるのかな。
もしそんなときが来たら、それって隠さんがいなくなったときだと思うの。
だって隠さんって不在だったことないんだよ。
今まで、何度も考えたんだよ。
隠さんがいない時があったら、その時は自分で処理しにいこうって。ついでに兄さん探しに山に行くつもりだった。
でもいつも隠さんはいるの。
むしろいすぎ?
アタシ深く付き合うの苦手だし、この人のこといつか煩わしくなるときがくるのかも。そのときは、隠さんにもリンゴあげればいいかな。
絶対食べてくれないだろーけど。
「毒島さん、処理に関しては、私は別に構わないんですけどね。302号室だけなかなか人が定住してくれないのは困るんですよね。家賃収入とか、結構大事なんですから」
隠さんは笑いながら溜息をはくと、玄関の壁に引っ掛けてある302号室の合鍵を取った。
アタシは慌てて隠さんを止める。
「あ、違う違う。お向かいの一戸建ての家のおばさんいるじゃない? あの人やっちゃったから、それ処理してほしいんだあ」
てへっと頭を小突く仕草をして、隠さんにお願いする。
実は【オトギリ荘】以外の人に手を出すのは初めてなの。
下手に手を出しちゃうと困るかもなあ、と勝手にアタシが思ってるだけだけど、なんか申し訳ないっていう気持ちがある。なんとなく、オトギリ荘だけがこの人のテリトリーというか、そういう感じなのかなって思ってるから。
なんて思いながらチラリと横目で隠さんを見ると、予想外にも、隠さんはとても楽しそうな顔でアタシを見てた。
いつもの穏やかな笑顔より、笑みが深い。
「……やっぱ、マズかった?」
恐る恐る尋ねる。
ノコギリで色々解体するような人だから、いつもと違うってだけでちょびっと怖い。
笑って怒る人みたい。そっか、これがこの人の怒り方なんだ。とか思ったりして。
単純な戦闘能力では劣るし……なんて、アタシはアニメみたいなことを思ってみたり。
アタシがすこしびびったのがわかったのか、隠さんはすぐに、取り繕うようにいつもの優しい、ちょっと胡散臭い笑顔になると、合鍵を壁に戻した。
「大丈夫ですよ。ですが、302号室には行ったんですよね。どうしたんです? 留守でした?」
「ううん。いたよ」
「どうでした?」
どうってなにが? 会ってみた感想ってこと?
アタシは首を傾げながらも「うーん」と考える。印象としては……。
「まあまあいい人そう?」
って感じ。
「それは運が良い」
「運? いいかなぁ、ああ、いい人は簡単にリンゴ受け取ってくれるから、たしかに運はいいのかな。でもねー、渡せなかったんだぁ」
そう、彼はまだ生きている。
「なぜ?」
「あのね、受け取らない家訓らしいのよ。だから、表屋くん、まだ無事♡」
アタシが笑って「変な家訓だよねー」と同意を求める。隠さんは「そうですね」と笑って頷いた。
「髪、染めておいてよかったですね」
「え? あーうん?」
なに? 突然。
ちょっと、意味不明なんですけど。
アタシが首を傾げてみせると「いいえ、なんでも」と笑ってごまかされる。
アタシはとりあえず自分の髪をいじってみた。
髪を染めたのは確か一週間前くらいだったと思う。
隠さんに次の髪の色を何色にしようかなーって、適当に話題作りで尋ねたのがきっかけ。そしたら「個人的には黒以外がおすすめです。ピンクとかいかがです?」とか言われたから、なんとなく染めてみたんだった。
前は真っ黒だった。黒染めしてたから。その前はオレンジで。その前は、まあ、どうでもいいけど。
「髪、染めるとなんかあるの?」
「いいえ、運がいいという話です」
なんの?
なんでこう唐突に脈絡もないこと言
今の、脈絡ないってやつであってるよね、前後の会話おかしくないかなって思うけど、アタシが間違ってんの?
こういうのアタシもよく指摘されるから、どっちがおかしいのかよくわかんないよ。
でも今は表屋くんが無事だって話をしてたわけで、絶対アタシの髪の色とか関係ないでしょ。
アタシがそんなふうに思っているのを見透かしたように、隠さんはクスクスと笑う。
「話がずれましたねえ、すいません。ほら、プリン頭嫌だと言っていたでしょう? それを見せなくてよかったじゃないですか。──それにしても、家訓を理由に断るのもすごいですが、リンゴを受け取らないという選択もできたんですね」
と自分から話を戻しにかかった。
アタシはぐっと答えに困る。
「それで諦めるんですね」と言われているみたいで、イラッとするし、ちょっと悔しい。
でも実はその通りで、家訓で受け取れない。とか言われたのは初めてで思わず「じゃあしょうがない」とか言ってしまったのだ。
諦めたわけじゃないけど、うまく切り替えせなかったアタシが下手なんだ。
でもさ、断られて無理やり渡して変に警戒されても困るじゃんか。
猛烈に機嫌が悪くなったことを隠すために、アタシはクルッと体を回転させ、隠さんに背中を向けた。そして101号室の扉を開ける。
背中を向けたまま。
「“まだ”無事だっていったじゃん。アタシの隣になったら、リンゴは絶対食べないといけないの」
と言うと。
「そうですか。次は受け取ってくれるといいですね」
と言われた。
なんだろう「次も受け取ってもらえないだろうね」って聞こえるんてすけど。
振り返って睨む。
隠さんは相変わらず穏やかに笑っていた。
なんでかな。いい声なのに、優しい顔してんのに、かっこいいのに、すっごいムカつく。
てか、この人絶対アタシのことからかってる。
なんでも知ってますって感じも嫌だし、見透かされてるみたいで嘘付きにくいし、言葉遊びしてるみたいで難しいし。
イライラするたびに、この人にリンゴ渡そうか悩むけど、なんか渡したら怖いことになりそうなんだよね。その後が。
この人に常識的な方法で、変に思われないようにリンゴを渡す方法は一つ。
「隠さんも隣に住みたくなったら言ってねえ」
隠さんが隣に越してくれば、リンゴ渡せるじゃん。
「私の部屋はここだけですよ。毒島さん」
胡散臭い笑顔で隠さんがアタシの名前を呼ぶ。
あ。いまちょっと鳥肌たった。
声かっこいいのに。と本日数度目の同じことを思って、アタシは隠さんをジト目で見つめる。
「早速向かいたいところですが、アパート内ではないので。少し準備させてくださいね」
また部屋の中に戻り、何やらゴソゴソとボストンバッグにいろんなものを詰め込見始めた隠さんをぼーっと眺める。
扉開けっ放しで、なんかアホみたいじゃんアタシ。
「ねー何入れてんの?」
「セメントとか、ノコギリとか、ナイフとか。それから消臭剤と……」
ポイポイとバッグに入れてくのを眺める。
色々必要なのね。
こういうの、アタシも勉強したほうがいいのかなあ。
しばらくすると、隠さんは大きな黒いボストンバッグを2つ持って、玄関に戻ってきた。
「片方持ってもらえます? 私だけ2つ持ってると違和感ありますので」
多分こっちのほうが軽いんだろうなーっていう見た目のバッグを渡されて、文句を言うタイミングを逃しちゃった。
もしかしてこの人に妹扱いされてるんじゃないか。とか思ったりして。
アタシの兄さんは一人だけだってば。もー。
ぶーたれてみせて、バッグを持って部屋を出る。
後ろをついてきていた隠さんが、不意に笑った。
「なあに?」
「いいえ。楽しいことになりそうだなと。思ったので」
「まじで? 今度から【オトギリ荘】以外の人にリンゴ配ったほうが面白い?」
「そういう意味じゃないので、それは勘弁願いたいですね」
「……なんだあ」
この人やっぱりよくわかんない。
この管理人よりは、まだ表屋くんのが可愛げあるわ。
そんなこと考えてたら、だんだんアタシもこれからが楽しみになってきて、アタシはついつい鼻歌歌いながらスキップした。
もう今日のおばさんのことなんてすっかりどうでもよくなった。
次は、いつリンゴを渡そうかなぁ。表屋くんに。
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●301号室 毒島一笑18歳。
ピンクツインテールの高校3年生。
ゆるい喋り方とゆるい頭の持ち主。
兄を探している。
Ps.毒殺魔
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