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星に願いを1

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「俺、先生の写真好きだな」

 理科室の隣の小さな倉庫の壁に飾られた星空の写真を、そっと指でなぞる少年。
 高校三年生を少年と称するのは失礼だろうか。
 体は青年だが、少年のような穢れなき心を宿すその生徒を眺めながら考える。

「先生、なに笑ってんですか?」
「いや、君は少年と称するべきか青年と称するべきか、どちらなのかと考えていてね」
「で、少年だなって思って笑ってたんですか? どうせ俺はガキんちょですよ」

 唇を尖らせて拗ねてみせる彼は、私が担任を務めるクラスの生徒で、顧問を務める写真部の唯一の部員で、そして――

「伊織、ここにおいで」

 左腿を二度叩くと、パシンパシンと響く乾いた音に導かれるように、椅子に座る私の上に腰をおろす彼。
 彼――伊織は、大変厳格な家庭で甘えることを許されずに育った。
 同級生から壮絶な虐めを受けても、自分が悪いから虐げられるのだと、全てを自分の中に閉じ込め耐え続けていた。
 今年、私が此処に赴任してくるまで、彼は誰にも助けを求めず、親しき者達に心配をかけぬよう、折れそうな心と体を凛と支えていた。

 私が、もっと早く伊織と出逢っていたら……。
 助けだすのが遅くなってしまったのを謝罪するように、独りで耐え抜いたことを称えるように、その華奢な体を抱き締める。
 小さな磨りガラスの窓の下、僅かに届く光は、日光ではなく月光のように感じられ、公には出来ない関係の二人を優しく包んでいる。

「先生って、なんで星の写真ばっかり撮ってんの?」
「名字が星野、だからかな」

 暫し静かに私に体を預けていた伊織が、先程まで眺めていた、写真部の部室として使っているこの部屋の壁に飾られた写真に視線を向けて聞いてくる。
 私も伊織と同じで、甘えることを知らずに育った。そんな私が唯一弱さを吐き出せたのが、星空だった。
 求めていたものとは違っていただろう私の回答に、ふーんと不満げに呟いた伊織だが、それ以上は追求しようとしてこない。
 人の心を感じとる力に長けている彼のことだ、私の中の闇を感じたのだろう。

「あれ、どこの星空なの?」
「隣県の高原だ」
「綺麗だった?」
「あぁ、実物は写真の数倍の美しさだよ」
「ふーん」

 満天の星空を想像しているのか、天を仰ぐ伊織。

「写真部の夏合宿の行き先は、隣県の高原にしようか」
「マジで? 生であの星空が見えるのか……」

 私の提案に嬉しそうに答えた伊織の、想像の星空が写り込んだように輝く瞳が写真を見つめる。

「合宿って……先生と二人きり?」

 私から表情が見えないように俯いた伊織が、聞き辛そうに訊ねてくる。

「部員は君だけしかいないんだから当然だろう」
「……泊まんの?」
「合宿だからな」
「……一緒の部屋?」
「予算を考えたら、そうなるな」

 その心と同じで真っ直ぐで柔らかな髪の間から見える頬が、赤く染まっていくのが分かる。

「伊織が嫌がることはしないから安心しなさい」

 伊織の不安を吸いとるように頭を撫でてやる。

「嫌なことなんて……ない……」

 遠慮がちに私のスーツの裾を引っ張り、呟く伊織。

「元来、夏合宿は二泊三日なのだが、私のポケットマネーも使って一週間くらい滞在するか?」

 耳元で囁くと、擽ったそうに腰を捻った伊織は、楽しみにしてる、と笑った。
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