アクトレスの残痕

ぬくまろ

文字の大きさ
上 下
8 / 26

7

しおりを挟む
〈ピンポーン〉
「はい」
「こんにちは。新都心署です」
「えっ。あっ、はい」
 玄関ドアがゆっくり開き、顏が現われた。腰を引き気味に立っているので、少しだけ開いたドアの隙間から顏だけが出ていた。ここは、JR埼京線『板橋駅』から南東方向へ徒歩十分ほどのところ、豊島区西巣鴨二丁目に建つ鉄筋コンクリート造と思われるアパートの一階である。玄関ドアの外側には、木村と細井が立っていた。玄関ドアの内側に立っている人物は、藤堂剛である。顔が白い。近づくと青味が入っている。おびえているのか、視点が定まらない。
「細井と申します」
「えーと」
「今、お時間よろしいでしょうか」
「えーと」
 拒絶ではないが、多少嫌がっている感じだ。
「お聞きしたことがあるんです」
「何を?」
 目を伏せた。
「もちろん、事件のことです」
「だから、何を聞きたいのですか」
〈カチャ〉
「あっ」
 藤堂は反射的に後ろに下がった。木村がドアノブを引っ張り、強引に玄関ドアを開けたのだ。
「藤堂さん。ここだと近所に迷惑をかけるので、入らせてもらいます」
 木村は抑揚のない口調で、一方的に告げた。
 三和土(たたき)には、靴が散乱していた。一平方メートルほどのスペースに、スニーカー二足、サンダル一足しかなかったが、ぶちまけたような状態である。玄関入ってすぐのところにミニキッチンがあり、その先は八畳ほどの部屋がある。藤堂はミニキッチンの前に立っている。木村と細井は三和土に立っているが、靴が邪魔なのだろうか。足を交差している。
「ここで話すのもなんですから」
 木村は勝手に靴を脱いだ。連動するように、藤堂はさらに後ろに下がった。細井が続き、三人は部屋に立ったまま向き合った。壁際には、低床ベッド? ではなくマットレスの上に敷かれた布団。すぐ脇には、折りたたみテーブルが。反対側の壁際には、高さ一メートル、幅六十センチメートルほどのキャビネットが三つ並んでいた。内一つは移動式だ。
「藤堂さん。楽にしてください。確認するだけですので。座りましょうか」
 細井は場を和らげるよう、努めて明るく振る舞った。藤堂はキャビネットに寄りかかるようにして座った。木村は藤堂の真横に、細井は斜め前に座った。
「早速ですが、剛さんはさくらさんの自宅に度々行っていましたね」
「えっ? ああ、近いですから」
「そうですね。新宿区と豊島区ですね。さくらさんの自宅の周辺で何か変わったこととか、気づいたことなかったですか。どんな小さなことでも構いません。以前にもお聞きしたと思いますが、今思い出したとかでも構いません」
「今思い出した? 変な聞き方ですね。環境は常に変化していますので、何が変わったのかなんて、よくわかりませんよ」
 藤堂は細井に視線を向けることなく答えた。
「はい、そうですね。それでは、質問を変えます。さくらさんに悩みがあったとか、どうですか」
「えっ? それも聞かれたような。なんで同じことを聞くの」
 藤堂は苛立ってきた。が、視線を向けることはない。ベッド側の壁を見ている。
「はい。人の記憶というものは曖昧で、後から思い出すということもあるので、改めて伺っているのです。質問を変えます。さくらさんが所属していた劇団、星成塾についてです。会ったことがある劇団員の方はいらっしゃいますか」
「なぜ? そんなことを聞くの」
 藤堂は視線を細井に向けた。顔が引きつっている。
「はい。情報として伺っているのです。特段の意味はありません」
「姉の芝居を見に行ったことがあるんで、ありますよ。楽屋にも行ったことがあるし。みんな知ってるけど」
「話したことはありますか」
「ええ」
「どのくらい話しましたか」
「どのくらいって? どういうこと」
「あいさつ程度とか。芝居のこととか。普段の生活のこととか」
「それを聞いてどうするの? 事件に関係あるの?」
「さくらさんについて、話したことがありますか」
 細井は藤堂の質問に答えず、新たな質問をした。
「姉のこと? なんで?」
 藤堂は顔を引きつらせながら、細井を見た。というよりも、にらんだ。
「例えばです」
「刑事さん。僕に質問しているということは、どういう意味になるの。劇団員さんが犯人なの。それとも」
 間があって
「僕が犯人」
 くちびるがぴくぴく震えていた。
 間があって
「いえ、そのう」
 細井は予期せぬ返答に窮して口籠り、木村に視線を移した。木村は表情を変えることなく、藤堂を見ていた。というより、観察しているかのごとく、鋭い視線を投げている。
 間があって、細井は視線を藤堂に戻し
「なぜ、そのように考えるのですか。こちらは事実関係を確認しているだけです。勝手に推測したり、噂で判断したりはしていません。心配しないで、お答えください」
「くぅぅ」
 突然、藤堂は両手のひらで顔を覆った。
「藤堂さん。現在、困っていることとか、悩んでいることはありませんか」
「くぅぅ」
「抱え込まないほうがいいですよ」
 藤堂は顔を覆ったまま。答えない。
「事件と関係のある困りごとですかな」
〈パンッ〉
 突然、藤堂は右の手のひらでテーブルを叩いた。木村が言葉を放った直後だった。
「藤堂さん。どうしたのですか。事件と関係あるぅ、どのようなことで悩んでいるのですか」
 細井は思わず身を乗り出した。
 藤堂の右手が震えている。テーブルも震える。右の手のひらが吸盤のようにテーブルに強く張りつく。離そうとしているが、離れないというふうに。顔が強張る。
「藤堂さん。何か隠していませんか」
 細井はテーブルに触れた。震えを抑えるように。
「藤堂さん。さくらさんのために」
「やめてくれっ!」
 藤堂が叫んだ。目が虚ろだ。
「行くぞ」
 突然、木村が立ち上がった。
「えっ? でも」
 細井の言葉を無視して、木村は玄関に向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

ファクト ~真実~

華ノ月
ミステリー
 主人公、水無月 奏(みなづき かなで)はひょんな事件から警察の特殊捜査官に任命される。  そして、同じ特殊捜査班である、透(とおる)、紅蓮(ぐれん)、槙(しん)、そして、室長の冴子(さえこ)と共に、事件の「真実」を暴き出す。  その事件がなぜ起こったのか?  本当の「悪」は誰なのか?  そして、その事件と別で最終章に繋がるある真実……。  こちらは全部で第七章で構成されています。第七章が最終章となりますので、どうぞ、最後までお読みいただけると嬉しいです!  よろしくお願いいたしますm(__)m

学園ミステリ~桐木純架

よなぷー
ミステリー
・絶世の美貌で探偵を自称する高校生、桐木純架。しかし彼は重度の奇行癖の持ち主だった! 相棒・朱雀楼路は彼に振り回されつつ毎日を過ごす。 そんな二人の前に立ち塞がる数々の謎。 血の涙を流す肖像画、何者かに折られるチョーク、喫茶店で奇怪な行動を示す老人……。 新感覚学園ミステリ風コメディ、ここに開幕。 『小説家になろう』でも公開されています――が、検索除外設定です。

特殊捜査官・天城宿禰の事件簿~乙女の告発

斑鳩陽菜
ミステリー
 K県警捜査一課特殊捜査室――、そこにたった一人だけ特殊捜査官の肩書をもつ男、天城宿禰が在籍している。  遺留品や現場にある物が残留思念を読み取り、犯人を導くという。  そんな県警管轄内で、美術評論家が何者かに殺害された。  遺体の周りには、大量のガラス片が飛散。  臨場した天城は、さっそく残留思念を読み取るのだが――。

幻影のアリア

葉羽
ミステリー
天才高校生探偵の神藤葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、とある古時計のある屋敷を訪れる。その屋敷では、不可解な事件が頻発しており、葉羽は事件の真相を解き明かすべく、推理を開始する。しかし、屋敷には奇妙な力が渦巻いており、葉羽は次第に現実と幻想の境目が曖昧になっていく。果たして、葉羽は事件の謎を解き明かし、屋敷から無事に脱出できるのか?

眼異探偵

知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が 眼に備わっている特殊な能力を使って 親友を救うために難事件を 解決していく物語。 だが、1番の難事件である助手の謎を 解決しようとするが、助手の運命は...

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

真実の先に見えた笑顔

しまおか
ミステリー
損害保険会社の事務職の英美が働く八階フロアの冷蔵庫から、飲食物が続けて紛失。男性総合職の浦里と元刑事でSC課の賠償主事、三箇の力を借りて問題解決に動き犯人を特定。その過程で着任したばかりの総合職、久我埼の噂が広がる。過去に相性の悪い上司が事故や病気で三人死亡しており、彼は死に神と呼ばれていた。会社内で起こる小さな事件を解決していくうちに、久我埼の上司の死の真相を探り始めた主人公達。果たしてその結末は?

処理中です...