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〈ピンポーン〉
「はい」
「こんにちは。新都心署です」
「えっ。あっ、はい」
玄関ドアがゆっくり開き、顏が現われた。腰を引き気味に立っているので、少しだけ開いたドアの隙間から顏だけが出ていた。ここは、JR埼京線『板橋駅』から南東方向へ徒歩十分ほどのところ、豊島区西巣鴨二丁目に建つ鉄筋コンクリート造と思われるアパートの一階である。玄関ドアの外側には、木村と細井が立っていた。玄関ドアの内側に立っている人物は、藤堂剛である。顔が白い。近づくと青味が入っている。おびえているのか、視点が定まらない。
「細井と申します」
「えーと」
「今、お時間よろしいでしょうか」
「えーと」
拒絶ではないが、多少嫌がっている感じだ。
「お聞きしたことがあるんです」
「何を?」
目を伏せた。
「もちろん、事件のことです」
「だから、何を聞きたいのですか」
〈カチャ〉
「あっ」
藤堂は反射的に後ろに下がった。木村がドアノブを引っ張り、強引に玄関ドアを開けたのだ。
「藤堂さん。ここだと近所に迷惑をかけるので、入らせてもらいます」
木村は抑揚のない口調で、一方的に告げた。
三和土(たたき)には、靴が散乱していた。一平方メートルほどのスペースに、スニーカー二足、サンダル一足しかなかったが、ぶちまけたような状態である。玄関入ってすぐのところにミニキッチンがあり、その先は八畳ほどの部屋がある。藤堂はミニキッチンの前に立っている。木村と細井は三和土に立っているが、靴が邪魔なのだろうか。足を交差している。
「ここで話すのもなんですから」
木村は勝手に靴を脱いだ。連動するように、藤堂はさらに後ろに下がった。細井が続き、三人は部屋に立ったまま向き合った。壁際には、低床ベッド? ではなくマットレスの上に敷かれた布団。すぐ脇には、折りたたみテーブルが。反対側の壁際には、高さ一メートル、幅六十センチメートルほどのキャビネットが三つ並んでいた。内一つは移動式だ。
「藤堂さん。楽にしてください。確認するだけですので。座りましょうか」
細井は場を和らげるよう、努めて明るく振る舞った。藤堂はキャビネットに寄りかかるようにして座った。木村は藤堂の真横に、細井は斜め前に座った。
「早速ですが、剛さんはさくらさんの自宅に度々行っていましたね」
「えっ? ああ、近いですから」
「そうですね。新宿区と豊島区ですね。さくらさんの自宅の周辺で何か変わったこととか、気づいたことなかったですか。どんな小さなことでも構いません。以前にもお聞きしたと思いますが、今思い出したとかでも構いません」
「今思い出した? 変な聞き方ですね。環境は常に変化していますので、何が変わったのかなんて、よくわかりませんよ」
藤堂は細井に視線を向けることなく答えた。
「はい、そうですね。それでは、質問を変えます。さくらさんに悩みがあったとか、どうですか」
「えっ? それも聞かれたような。なんで同じことを聞くの」
藤堂は苛立ってきた。が、視線を向けることはない。ベッド側の壁を見ている。
「はい。人の記憶というものは曖昧で、後から思い出すということもあるので、改めて伺っているのです。質問を変えます。さくらさんが所属していた劇団、星成塾についてです。会ったことがある劇団員の方はいらっしゃいますか」
「なぜ? そんなことを聞くの」
藤堂は視線を細井に向けた。顔が引きつっている。
「はい。情報として伺っているのです。特段の意味はありません」
「姉の芝居を見に行ったことがあるんで、ありますよ。楽屋にも行ったことがあるし。みんな知ってるけど」
「話したことはありますか」
「ええ」
「どのくらい話しましたか」
「どのくらいって? どういうこと」
「あいさつ程度とか。芝居のこととか。普段の生活のこととか」
「それを聞いてどうするの? 事件に関係あるの?」
「さくらさんについて、話したことがありますか」
細井は藤堂の質問に答えず、新たな質問をした。
「姉のこと? なんで?」
藤堂は顔を引きつらせながら、細井を見た。というよりも、にらんだ。
「例えばです」
「刑事さん。僕に質問しているということは、どういう意味になるの。劇団員さんが犯人なの。それとも」
間があって
「僕が犯人」
くちびるがぴくぴく震えていた。
間があって
「いえ、そのう」
細井は予期せぬ返答に窮して口籠り、木村に視線を移した。木村は表情を変えることなく、藤堂を見ていた。というより、観察しているかのごとく、鋭い視線を投げている。
間があって、細井は視線を藤堂に戻し
「なぜ、そのように考えるのですか。こちらは事実関係を確認しているだけです。勝手に推測したり、噂で判断したりはしていません。心配しないで、お答えください」
「くぅぅ」
突然、藤堂は両手のひらで顔を覆った。
「藤堂さん。現在、困っていることとか、悩んでいることはありませんか」
「くぅぅ」
「抱え込まないほうがいいですよ」
藤堂は顔を覆ったまま。答えない。
「事件と関係のある困りごとですかな」
〈パンッ〉
突然、藤堂は右の手のひらでテーブルを叩いた。木村が言葉を放った直後だった。
「藤堂さん。どうしたのですか。事件と関係あるぅ、どのようなことで悩んでいるのですか」
細井は思わず身を乗り出した。
藤堂の右手が震えている。テーブルも震える。右の手のひらが吸盤のようにテーブルに強く張りつく。離そうとしているが、離れないというふうに。顔が強張る。
「藤堂さん。何か隠していませんか」
細井はテーブルに触れた。震えを抑えるように。
「藤堂さん。さくらさんのために」
「やめてくれっ!」
藤堂が叫んだ。目が虚ろだ。
「行くぞ」
突然、木村が立ち上がった。
「えっ? でも」
細井の言葉を無視して、木村は玄関に向かった。
「はい」
「こんにちは。新都心署です」
「えっ。あっ、はい」
玄関ドアがゆっくり開き、顏が現われた。腰を引き気味に立っているので、少しだけ開いたドアの隙間から顏だけが出ていた。ここは、JR埼京線『板橋駅』から南東方向へ徒歩十分ほどのところ、豊島区西巣鴨二丁目に建つ鉄筋コンクリート造と思われるアパートの一階である。玄関ドアの外側には、木村と細井が立っていた。玄関ドアの内側に立っている人物は、藤堂剛である。顔が白い。近づくと青味が入っている。おびえているのか、視点が定まらない。
「細井と申します」
「えーと」
「今、お時間よろしいでしょうか」
「えーと」
拒絶ではないが、多少嫌がっている感じだ。
「お聞きしたことがあるんです」
「何を?」
目を伏せた。
「もちろん、事件のことです」
「だから、何を聞きたいのですか」
〈カチャ〉
「あっ」
藤堂は反射的に後ろに下がった。木村がドアノブを引っ張り、強引に玄関ドアを開けたのだ。
「藤堂さん。ここだと近所に迷惑をかけるので、入らせてもらいます」
木村は抑揚のない口調で、一方的に告げた。
三和土(たたき)には、靴が散乱していた。一平方メートルほどのスペースに、スニーカー二足、サンダル一足しかなかったが、ぶちまけたような状態である。玄関入ってすぐのところにミニキッチンがあり、その先は八畳ほどの部屋がある。藤堂はミニキッチンの前に立っている。木村と細井は三和土に立っているが、靴が邪魔なのだろうか。足を交差している。
「ここで話すのもなんですから」
木村は勝手に靴を脱いだ。連動するように、藤堂はさらに後ろに下がった。細井が続き、三人は部屋に立ったまま向き合った。壁際には、低床ベッド? ではなくマットレスの上に敷かれた布団。すぐ脇には、折りたたみテーブルが。反対側の壁際には、高さ一メートル、幅六十センチメートルほどのキャビネットが三つ並んでいた。内一つは移動式だ。
「藤堂さん。楽にしてください。確認するだけですので。座りましょうか」
細井は場を和らげるよう、努めて明るく振る舞った。藤堂はキャビネットに寄りかかるようにして座った。木村は藤堂の真横に、細井は斜め前に座った。
「早速ですが、剛さんはさくらさんの自宅に度々行っていましたね」
「えっ? ああ、近いですから」
「そうですね。新宿区と豊島区ですね。さくらさんの自宅の周辺で何か変わったこととか、気づいたことなかったですか。どんな小さなことでも構いません。以前にもお聞きしたと思いますが、今思い出したとかでも構いません」
「今思い出した? 変な聞き方ですね。環境は常に変化していますので、何が変わったのかなんて、よくわかりませんよ」
藤堂は細井に視線を向けることなく答えた。
「はい、そうですね。それでは、質問を変えます。さくらさんに悩みがあったとか、どうですか」
「えっ? それも聞かれたような。なんで同じことを聞くの」
藤堂は苛立ってきた。が、視線を向けることはない。ベッド側の壁を見ている。
「はい。人の記憶というものは曖昧で、後から思い出すということもあるので、改めて伺っているのです。質問を変えます。さくらさんが所属していた劇団、星成塾についてです。会ったことがある劇団員の方はいらっしゃいますか」
「なぜ? そんなことを聞くの」
藤堂は視線を細井に向けた。顔が引きつっている。
「はい。情報として伺っているのです。特段の意味はありません」
「姉の芝居を見に行ったことがあるんで、ありますよ。楽屋にも行ったことがあるし。みんな知ってるけど」
「話したことはありますか」
「ええ」
「どのくらい話しましたか」
「どのくらいって? どういうこと」
「あいさつ程度とか。芝居のこととか。普段の生活のこととか」
「それを聞いてどうするの? 事件に関係あるの?」
「さくらさんについて、話したことがありますか」
細井は藤堂の質問に答えず、新たな質問をした。
「姉のこと? なんで?」
藤堂は顔を引きつらせながら、細井を見た。というよりも、にらんだ。
「例えばです」
「刑事さん。僕に質問しているということは、どういう意味になるの。劇団員さんが犯人なの。それとも」
間があって
「僕が犯人」
くちびるがぴくぴく震えていた。
間があって
「いえ、そのう」
細井は予期せぬ返答に窮して口籠り、木村に視線を移した。木村は表情を変えることなく、藤堂を見ていた。というより、観察しているかのごとく、鋭い視線を投げている。
間があって、細井は視線を藤堂に戻し
「なぜ、そのように考えるのですか。こちらは事実関係を確認しているだけです。勝手に推測したり、噂で判断したりはしていません。心配しないで、お答えください」
「くぅぅ」
突然、藤堂は両手のひらで顔を覆った。
「藤堂さん。現在、困っていることとか、悩んでいることはありませんか」
「くぅぅ」
「抱え込まないほうがいいですよ」
藤堂は顔を覆ったまま。答えない。
「事件と関係のある困りごとですかな」
〈パンッ〉
突然、藤堂は右の手のひらでテーブルを叩いた。木村が言葉を放った直後だった。
「藤堂さん。どうしたのですか。事件と関係あるぅ、どのようなことで悩んでいるのですか」
細井は思わず身を乗り出した。
藤堂の右手が震えている。テーブルも震える。右の手のひらが吸盤のようにテーブルに強く張りつく。離そうとしているが、離れないというふうに。顔が強張る。
「藤堂さん。何か隠していませんか」
細井はテーブルに触れた。震えを抑えるように。
「藤堂さん。さくらさんのために」
「やめてくれっ!」
藤堂が叫んだ。目が虚ろだ。
「行くぞ」
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「えっ? でも」
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