血塗れダンジョン攻略

甘党羊

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少年と触手とヒヨコ

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 初めての水難事故に焦る俺。
 バタ足しようにも俺の足には水でも滑る不思議な靴。
 水中で滑って尻もちをつくなんて行動をしたのは俺が人類史上初なのでは? あ、悪魔史上初か......人じゃなくなったし、俺。

「ガボボボボボボボボボボボ」

 どうしよう......本当にどうしよう......

 どっちに進めば水面なのかすらわからない。駄目元で【空間認識】を発動させてみても、発動元の俺が海水の畝りで上下左右を瞬時に入れ替えられる所為で何もわからなくなってしまう。そして、酔う。

 幸い、呼吸の心配はしなくても大丈夫なのが救いだけれども。まぁ、もういいか。気の済むまで流されてあげよう。あー本当に収納を強請っといてよかった。



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 スクリューサーペント
 レベル:82
 縄張りに入ってきたモノを強力な渦潮を発生させて撃退する海蛇
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 ミリオンニードルフィッシュ
 レベル:44
 生命の危機を察すると貫通力に特化した針を無差別に撒き散らして絶命するので誰も手を出さない
 射程は半径500m
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 クジラノエボシ
 レベル:66
 クジラを包み込める長さの口腕から超強力な電流と麻痺毒を流す
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 岩餓鬼
 レベル:26
 岩牡蠣そっくりだが河豚を主食にしている為に河豚毒を身に溜め込んでいる
 猛毒を持つので注意が必要だがとても美味
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 鑑定たのちい。

 やれる事が流されるだけでは寂しいから、覚えたての鑑定を使って目に付く生き物を鑑定しながら流されている。
 相変わらず周囲は真っ暗で殆ど見えなかったんだけど【部位魔化】を試しに使ってみたら解決した。視力は良くなって暗視機能もあり、水の中でもゴーグルをしているようなクリアさになった。でも眼球はきっと人の物とは思えない有り様になっている、きっと。

 まぁそれはさておき、【中位鑑定】は攻撃方法と注意点を教えてくれる物らしく、名前だけでもわかれば楽になると思って取った【簡易鑑定】と比べても、やっぱり位階が上がった物の方が使い勝手の良さは段違いだった。
 ......それに、モンスター名は多分地球上の言語に変換されて表示されてるっぽい。英語が得意じゃない俺には名前だけ見てもさっぱりだったし超助かる。

 水族館とか、ちゃんと行った事なかったなぁなんて事を考えながら流されていく。ちょっと昔を思い出してイラッとした俺は今水族館に行く事よりも、もっと貴重な光景を眺め、素晴らしい体験をしているんだと考えて苛立ちを鎮めた。



 それからも海洋生物の鑑賞は続いて荒れ狂う海の中を彷徨っていた。このフロアどんだけ広いんだよと悪態をつくのは当然の権利だと俺は主張する。
 ぬるぬるする靴さえなければ、もう少しだけマシな漂流になっていた。テレビでローション相撲とかローション〇〇とかやっていたのを見た事あるけど、アレを見て俺は大袈裟にやりすぎだろと思った記憶がある。けど......そうじゃなかったんだね。今の俺ならわかるよ。立てる訳がねぇよ!! こんなん!!
 靴を脱ぎたいのに脱げない。指は滑って引っ掛からない。金砕棒は離せないから片手で奮闘しているけど無料。バタ足で水を蹴れない。水の中なのに滑る。恐ろしいまでフィット感で自然に脱げる気配はしない。呪いの装備よりも呪いの装備してて恐ろしい。



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 多分、漂流を始めてから一日以上が経過した......と思われる。

 真っ暗な水中に長時間放置されれば当然だろうけど、時間の感覚など全く無い。普通なら恐怖です発狂するか精神を病むとかしそうなんだけど......生憎、俺の耐性は貫かれていないので未だに健常まっしぐら。
 そんな俺でも唯一恐怖を感じているのは、ジワジワと緩やかに減っていく血液の残高数値......この無呼吸無酸素状態でも何とかなっているのは、血液が関係しているんだと確定したのはまぁいい事でしょう。ヘモグロビンとか赤血球とか白血球とか血小板とかが活躍してくれているんだろうね、知らんけど。

 そして、びっくりするほど俺の運が無い。進化した影響でそこそこ上がっていたのに。
 こんだけ荒れ狂う海中で一度も何かに衝突しないのは......アレ? 逆に運がいいっていうのかな? まぁ、現状の打破には作用しないから運が悪いでいいや。何かがぶつかってきてくれれば、足とか吹っ飛ばしてぬるぬる靴をパージ出来たのに。
 なら膝から下を飛ばせって思うでしょ? でも、さっき俺が呪いの装備って言ったのが伏線になっている訳ですよ。

 なんか知らないけど、広い意味で足って付く部分が全てヌルヌルしていて自分で足を捥ごうとしてもダメだった。臍辺りからなら触れたから下半身全てを切り離さないと無理だった。でも、下半身全てにすると使う血の量が跳ね上がるからやろうにも出来ない。
 いつまでこうしていなきゃいけないかわからないから思い切れない。こんな事がこれまでで一番のピンチで、更に弱腰になるとか情けなさすぎる......

 でも、本当にどうしようか......正直、打つ手が無い。自然に収まるのを待つしか手がないんだけど、いつになったら収まるか、その片鱗すら見えない。
 普通の海だったのならば、もう波や海流は穏やかになっていて俺はただ海面を漂う流木みたいになっている筈だ。でも、ここはダンジョンの中の一階層。

 ここまでの状態になったのは波に攫われるまでは俺の所為、それ以降はダンジョンが俺を殺しにきているから......ずーっとこうやって波に揉ませておけば殺せると思われてるんだね。舐め腐りやがってぇぇぇ。

 もういい!! どーなっても知らん!! やってやるぞ畜生!!

 震えるぞヒヨコ!! 燃え尽きる程ヒヨコ!!

 海中でヒヨコを出した。炎と水、相性は最悪だろうけど、出した瞬間に鎮火されなければ何とかなるかもしれないという気持ちで出した。

 賭けには、一応勝てた。

 ただ、ヒヨコは泳げなかった。

 魔法は海流の影響は受けないらしく、出した瞬間に沈んでいった。

 羽ばたき、藻掻くが無意味だった。

「がぼぼぼぼぼぼ」

 最後の手段を使うしかなくなってしまった。出来ればやりたくなかったけど、もう四の五の言っている状況ではなくなってしまった。

 俺は収納からナイフを取り出して命令を一つ下した。付けていた封印布は収納から出す時に取って出すかそのまま出すかの選択肢が出た。こういうのは上位とかからじゃないのと思ったけど、ただただ助かっただけなので深く考えるのはやめた。

「がぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ」

 ナイフくん触手を出してヒヨコと逆方向に向かってバタ足っぽく泳いで!! と、言いたかったが海中だったので溺れた人になった。
 だが思考はちゃんと伝わってくれたらしく、海上らしき方向へ向かって触手をバタバタしだすナイフ。柄を確り掴む匠。そして沈んでいくヒヨコ。

「ごぼぼぼぼぼぼ、がばばばばば」

 指示を出すとナイフの触手の一本が匠の手首に絡み付き、残りの触手は一層水を掻く動きが早くなった。

 そしてもう一方、沈むヒヨコは身動ぎして方向を調整した後――お役目であるお馴染みの爆発。

 どうやら嘴の方向に指向性を持たせて爆発出来る事がこんな時にだが、わかった。

 爆発までが魔法らしく、その後発生する爆炎は海に消されるが生じた衝撃はそのままに、匠を海上があると思わしき方向へと押し出した。
 足のロスト&呪いの装備のロストを覚悟期待しての自爆水進は、まさかの衝撃まで靴が滑らせる結果となり身体は押し込まれて進めたが、足は無事で結果は失敗。

 哀しい顔をした匠は勢い良く身体を押し進められ、猛烈な勢いで海を掻き分けて進んでいく。



 顔面は何度か小魚モンスターに当たって負傷、両手首や肩肘は何度か外れ、水圧の掛かる場所からの急浮上で内臓等がヤられたが、無事に海上へ浮上を果たす事が出来た匠は、暫く疲れた顔で海を漂い休息を取る選択をした。

 適当か方向へ進めと指示されたナイフは、道中襲ってきたカツオみたいな生き物を捕食して御満悦だった。
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