血塗れダンジョン攻略

甘党羊

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頑張るナイフ君

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 今話最後の方の事に心当たりのある読者の皆様、大変申し訳ございません。頭空っぽにして夢を詰め込んで読んでください。
 心当たりのない読者の皆様、痛みは甘えではありません。患者さんや痛めている人を見かけたら優しくしてあげてください。そして絶対に自分は大丈夫と思わず日々ケアを心掛けてください。
 哀れな羊さんからのお願いでした。

──────────────────────────────


 頭蓋骨、毛髪、脳漿他、人体の頭部を構成しているパーツが血霧と共に空間に拡散する。
 人外の膂力に硬度、速度、それらにプラスして遠心力まで加わった一撃の前には、人体など破裂寸前にまで膨らんだ風船のような物で呆気なく爆散した。例え匠が物防にある程度振っていたとしても、飛び散る肉片の大きさが多少大きかった程度の違いでしかなかっただろう。

「シャア......」

 何度石化させて砕こうとも幾度も復活してきた匠故に、疲労困憊で今すぐ地べたにへたり込みたい身体に鞭を打って警戒を続ける。
 アレは何だったのか......モンスターの中でも強者の部類であると自負しているエキドナエンプレスからしても意味不明の存在で恐怖を感じる相手であった。完全にソレが死亡沈黙しているとわかる今でも、警戒が解けていないのがその証明である。

 一分、二分、三分......と、眼光鋭く警戒し続けて合計五分強、そこまでして漸くこの化け物との殺し合いが終わったのだと理解する。

「シュロロロロ......ロォッ!!」

 緊張の糸が切れた身体から力が抜け倒れ伏しそうになるが、最後の力を振り絞って踏ん張るエキドナエンプレス。皇后故の高貴さがどうこうではなく、確実に目の前に脅威の残滓があるまま休みたくなかった。

 首を失った事でレジストされていた石化が一気に進み完全に石像になった匠ボディを見つめ、徐にその右腕を圧し折り腕の石化を解除する。瞬時に石化していた腕はフレッシュな肉に戻り、胴体に繋がっていた傷口から真っ赤な血が漏れ出す。

「シュルゥ......」

 懸念していた事象――石化解除した腕から匠が生えて復活――は起きず、安堵の溜め息を吐いてから大口を開け匠の右腕を丸呑みにした。
 侵入者が来なくなって久しく、幾年振りかの人肉の旨味に目を見開き恍惚とした表情を浮かべるエキドナエンプレス。

 大丈夫だと証明されたも同然ではあったが、たまたまあの部位が平気だったと黒ひげ危機一髪のような疑心暗鬼に陥っているエキドナエンプレスは四肢を一つ一つ丁寧に捥ぎ食べていく。最後に残った胴体をゆっくり飲み込むと満足して寝床に戻り身体の修復の為に眠りに就いた。

 人の味の余韻と満腹感、激戦の疲れが相俟った結果、エキドナエンプレスは目を閉じると瞬く間に意識を手放した。



 ◆◆◆◆◆



 戦闘の気配が消えたのに持ち主が戻って来ない。
 荷物用に持っている袋の奥底で肉触手ナイフがヤキモキしていた。


 持ち主に新しい姿を見せたら何故か捨てられそうになった。全力で懇願して何とか捨てられずに済んだが、布をグルグルと巻かれた挙句仕舞われてしまった。
 この程度ならば余裕でどうにか出来るのだが、自分としては現持ち主に捨てられたくないので大人しく梱包状態を受け入れていた。

 だけど、戦闘が終わったようなのに持ち主が戻ってこない。持ち主が負ける姿は想像出来ないから安心して梱包されていたが、何かしら異常が起きている気がして気が気では無い。
 幸い、持ち主は死んではいない。だが死んではいないだけの状態に近い。持ち主は普段戦闘が終われば直ぐ様荷物を回収するはずなのに、それがない。それにいつも感じられる独特な気配が今は皆無に近い。

“異常事態”

 その言葉がナイフの頭にぴたりと嵌る。
 このままではいけないと焦りが出てくる。

 この中でヒトと遭う......いや、ヒトに拾って貰える、ましてや使って貰えるようになる確率なんてそれこそ奇跡でしかない。また今のようになる前に戻るなんて嫌だ。
 格が上がる前ならばまだ拾われるのを待つ事に耐えられたと思うけれど、こうまで意識がハッキリしてしまえばもう、耐えられない。

 持ち主が死ぬのは想像つかないけど、生物である限り必ず死は訪れる。寿命、事故、病気など、前の持ち主たちの死によって所有者無しになるのを繰り返した過去が今の焦る感情に拍車をかけた。

 動かなきゃ。
 所有者無しにならなければ、それだけでいい。

 自我を持って動けるのが悪かったのか梱包された。その理由はわからない。多分勝手に動いて何かしてしまえば後で余計にキツく梱包されるだろう。

 けど持ち主をロストするよりはマシ。持ち主に行動を咎められた場合はその時でいい。

 覚悟を決めた肉触手ナイフは触手を生やして強引に自身を拘束している布を引き裂いた。自由になった刀身はスッキリしたような雰囲気を出した後、生やせるだけ触手を生やして荷物袋から這いずり出た。

 ―――ッ!?

 ナイフに眼は無い。鼻も、耳も、触覚も無い。
 無いのだが、何故か周囲が知覚出来る。匂いは感じないが美味そうな匂いはわかる。何も聞こえないが何を言っているかわかる。自分がどういう状態になっているかわかる。
 不思議だが、そういうモノと理解すればいい。高名な化学者が大人数集まって全力で解析しようとも、解明不可能な謎なのだ。

 そんなナイフが最初に感じたのは美味そうな匂い。極身近でよく嗅ぐ持ち主のモノ。食欲に負けそうになった事は幾度もある。

 匂いの元へ眼? を向けると、細かい肉片が地面に大量にこびりついていた。何故アレで持ち主は死んでいないのだろうと不思議に思うが、その肉片は確かに生きているので一応は一安心。ソレを食えと命令してくる熱を感じた場所が煩い。

 内より湧き上がる衝動のようなナニかを無視してもう一つの匂いが濃い場所へ意識を移すと、全身が傷だらけのが寝ていた。

 ―――ああ、コレが持ち主を......

 結構な気配を出していたのにそれに気付く事なく眠り続ける目の前のを観察する。自身が刺さるべき箇所は何処か、注意深く視る。
 何処へ刺されば後は食べるだけになれるのか。手が使えるモンスターは刺さっているのを抜く事が出来るから厄介なのだから......

 候補は五箇所に絞った。
 脳天、胸、延髄、脊椎、腰椎の五箇所。
 そこからもう少し深く考える。
 もし――刺さりが甘くなれば致命的だから。

 ナイフ+触手。リーチは短く機動力はほぼ無い。
 一撃で致命的な傷を負わせられなければ、自身の行動が無意味になってしまう。

 物防と頭蓋骨を一気に突破する確率は――
 胸の邪魔な分厚い脂肪と物防を超えて心臓部を破損出来る確率は――
 他の三箇所の場合は――

 考え、考え、考えた結果、肉触手ナイフは腰椎にブッ刺さってやろうという結論に至った。
 老齢に達した何代か前の暗殺者をしていた持ち主が、任務中に不慮の事故ぎっくり腰をヤって任務遂行不可となり、それが原因で色々あった挙句最後には廃業した事を思い出したからだ。
 化け物みたいな隠密と機動力を誇っていた前持ち主がたった一回の怪我で廃業に追い込まれた。その人の最期の言葉は「人体急所云々言いつつ、最後には腰が一番大事だったんだなぁ」と呟いて死んだ。

 なんやかんや無意識の内に人体の知識を蓄えていたナイフは、もし仕損じても上半身と下半身を繋ぐ部位をある程度破損させれば厄介な機動力を奪う事を最優先にした。

 そうと決まれば......と、ナイフは早速行動に移った。

 これまで何度も何度も、数え切れない数のヒト、亜人、魔族、モンスター、動物にナイフは刺さってきた。使用者は達人、熟練者、駆け出し、素人など様々な使用者に振るわれてきた。

 なので刺さる事に関してナイフは妥協を許さない。
 その角度はダメ、もっと鋭く刺せなど思っても伝えられなかったから思うだけだったが。

 でも今ではやろうと思えば自分で刺せる。

 それが堪らなく嬉しかった。

 達人の教えと経験を思い出しながら走り、自身が一番気持ちいい角度と勢いで眠るエキドナエンプレスの身体へ―――

 人と蛇の構造ならば人の方が知っているので、人と蛇の境目のやや人よりの部分へ気持ち良く刺さると真っ直ぐ狙った部分の骨へと刃先が入る。

 そこで勢い良く触手を増やし、抜けない、抜かれないよう触手をエキドナエンプレスに絡みつかせた。鋭い痛みに瞬時に目を覚ましたエキドナエンプレスだったが、周囲に人は居らず気配も殺気も無い。
 何が起きているかわからずただ痛みの元の対処をしようと身体を動かすも既にナイフは深く突き刺さっており、しかも触手が絡みつき離せそうにない。ついでにナイフの刃先が椎間板に入り込んでいて、身体を捻ろうとするも邪魔をされ、下半身に至っては既にもう殆ど上手く動かせない。

 慣れない腰辺りの激痛、動かない下半身にただただ苦しむだけのエキドナエンプレス。どうすればいいかと鈍った頭で必死に考えていた時、体内を悪寒が駆け巡っていった。

 そう、苦しむエキドナエンプレスを嘲笑うかのようにナイフが刃先から触手を伸ばしたのだ。椎間板からニュルっと触手が奥へと進んだ。ただそれだけ。

 それだけだったのだが、エキドナエンプレスは悲鳴を上げた。悲痛な叫び声を。
 だがその反射とも言える叫び声が余計に痛みを増幅させているのに気付かない。何をしても痛い、動く事さえ拷問のような痛みが脳を突き刺す。

 絶対に刺激してはいけない神経を無遠慮に刺激......いや、攻撃をされてしまった。触手と刃先に生きながら肉を喰らわれているのに全く気付けない、気付く余裕も無い。

 エキドナエンプレスは、ただ悶え苦しむ。

 内側から肉を喰らわれ続け、その生命が尽きるという救いが訪れる迄......
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