血塗れダンジョン攻略

甘党羊

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紙と鎧と悪魔

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「ぐぁぁっ!?」

 空気が質量を持ち、襲いかかる。

『■■ル殿をババアと呼ぶだと......どうやら生命は要らないようだなッッ!!』

 驚きにより口からポロッと零れた一言で空気が一変した。やんごとない御方なんだというのは既に察していたが、このレベルで崇められているとは......

 それにしても殺気がエグい......身体が動かない......弁明しなくてはならないのに口も動かせない......
 あーあ......まさか死因がババアになるとはなぁ......会員証め......呪いの装備にも程がある。

 あ、いや、違うか。そもそもババアの会員証が無ければ部屋に入った時点で死んでたから、コレは一部の魔物への特攻装備だった。ババアありがとう。

『ふむ......その潔さ、不忠者ながら天晴!!』

 うるせぇなァ!! 名前も聞き取れないババアに忠誠なんか持てるかよ!! クソ鎧がっ!!

 内心で毒を吐きながらこれから何度も殺されてストックを削られ、何れ自分は本当の死を迎えるのは免れないだろう。死を前にして集中力が高まったからなのか、身体は言う事を聞かないクセに鎧の放つ斬撃だけはハッキリと見える......嫌な時間だ。
 右手を大上段の構えよろしく振りかぶりながら虚空へとその右手を入れ、こちらへと踏み込むと同時に虚空に手を入れた右手を振り下ろす。その手に握られていた刃物は先程の不快感を撒き散らした剣ではなく、斬馬刀のようなサイズのただただデカい剣だった。

 引き伸ばされた時間の中、振るわれた刃は徐々に頭部へと向かい―――脳天から身体へと侵入し、容易に自分の身体を分断した。
 薄れ行く意識の中、追撃と言う名の死体蹴りが無い事に気付く。油断してくれてありがとう。お前の持つ鑑定はと同等程度だと言う事と、強者故の慢心でないのなら探知性能が無能に近いと言う事をに教えてくれて......次、会った時はぶち殺してやるからな......



 ◆◆◆◆◆



 最初はただ、あの落下から運良く生き残れただけの小物が来たと思っていた。ここは所謂裏道、隠しルートなどと呼ばれるモノからしか来られない場所だ。
 来るモノは大体がそのまま落下の衝撃で死ぬ。それらの死体はそのままにしてあるので運良くクッションになって生き延びるモノがたまに居る。主にダンジョンに支配されていない、支配から抜けた魔物ばかりが来るのだが、其奴らでも普通は吹けば飛ぶような満身創痍になるものだ。

 しかし、部屋へと侵入ってきたモノは脆弱なヒト族。血に塗れたボロボロの体ではある物の、しっかりと五体満足で現れたから驚きだ。
 回復魔法や神聖魔法を授かれるような徳の高さや敬虔さは感じられなかった。寧ろ彼奴は我らに近い気配を発しているので上級回復薬が偶然割れて掛かり、一命を取り留めたのであろう。

 ......ぬっ!? 何故、彼奴からバアル殿の気配がするのだ!? よく見るとヒトなど歯牙にもかけないあのバアル殿が己の所有物だから手を出すなというマーキングではなく、己の庇護下にある存在であるとハッキリ意志を示しておられる......

 何者なのだ、このヒトは。

 普段ならばまみえた瞬間に即殺して終わりなのだが彼奴に手を出すと拙い事になる故、仕方なく部屋へと通し数百年単位で使っていなかったティーセットを出して会話をしてみる事にした。
 我が意志を持ち、主君に仕えるようになった時に主君の奥方様から頂戴した大切な品......久しぶりにそれらを使おうと思えたのはただの気紛れであった。



 ―――肝が据わっていて、慎重且つ無謀。そして大雑把。

 話してみて感じた彼奴の印象はこうであった。

 どの程度の鑑定かはわからないが、鑑定を用いて色々調べながらこちらを探っていた。我は鑑定は得意ではない故【簡易鑑定】しか使えないが、名前を呼んだ事で勝手に思考を飛躍させた彼奴が開き直って我に鑑定を向けてきたのは面白かったな。

 その後に我の剣も視て発狂しそうになった時は慌てたが......面白い、慌てるなどの感情を我が出すのは何時振りであろうか。

 その後も興が乗った我は彼奴に色々な事を話した。我の事情やバアル殿の事もそれとなく話して見たが彼奴には上手く伝わらず。どうやらそれを知るには彼奴の格が足りないようである。
 状況が一変したのはその後、バアル殿の庇護下である証の話をした時だ。あの戯けは大恩あるバアル殿を何を血迷うたかババアなどと呼んだのだ。

 バアル殿の庇護下にある輩が庇護者をババア呼ばわりするなど赦される事では断じて無い。
 同じ上位者の庇護下にある者同士で諍いを起こすのは褒められた事ではないが、アレはまだヒトである故にバアル殿がアレに執着するのであれば、死んだアレを魔に堕としてでも使役するであろう。
 バアル殿にお伺いを立てる前に行動に移してしまうのは早計だとは我でも思うし、バアル殿の怒りを買ってしまうと思うが......それでも大恩あるバアル殿をあの様に言う輩は赦せぬのだ。

 どうやら目の前のアレは我の怒りを受け、既に覚悟を決めている様子。うむ、ゴミながらその潔さには敬意を表そうではないか。

 一撃で葬り去ってやろう。

 そう決め、我の持つ武器の中で一番殺傷能力が高い鎧断よろいだちと呼ばれる大剣を用いて奴を分断し誅した。

 ――この時、ゾモロドネガルを使って殺しておれば......と、後々悔やむがこの時の我は知らなかった。ただただ殺傷能力のみで使用する剣を選んだのは間違いであったのだ......



 分断されて死んだ彼奴の死体と荷物を死体溜めに投げ捨ててから、部屋へと戻り持て成した痕跡を片付けていると空間が揺らぎ、途方もないと錯覚するようなプレッシャーが襲ってきた。

 知っている魔力だ......これ程の重圧を出せるのはバアル殿の傍に侍る事を唯一赦され、バアル殿の御名の内、二文字を賜った腹心、バエル殿......
 想定していた拙い事が起きた......しかし早すぎる......何者だったのだアレは......

『......おい貴様!! あの御方の庇護を得た貴様になら当然理解出来ていた事だろう? だというのに何故、私以外、他の誰にも与えられた事の無かったあの御方の加護を分け与えられた人の子を手に掛けるなぞ恐れ多い事を......さぁ、そんな大それた事をした理由を説明せよッ!!』

『ぐぅ......っ......』

 ッ!? バエル殿は今なんと仰ったのだ!?

 圧し潰されるようなプレッシャーが我を襲う。
 先程、我が彼奴にしたモノと同じ事をされているのだがコレは格が違う......彼奴ならばこのプレッシャーだけで死ぬであろう威圧を喰らっていようが、それすら些事と思えてしまう程の混乱に頭が追いつかない......全く意味がわからない。

『どうした? たかがこの程度の威圧で貴様は会話も出来なくなる雑魚なのか? オイ!!』

『......ぐっ、何故あんなヒト族の......軽く突いただけで死ぬような童に......バアル殿は加護を与えていた......のですか......ッ?』

 庇護下にあるといっても、我はあの御方の領地内に住む事を赦された程度の認識であり、其の程度の存在でしかない我にはあの御方の力を完全に理解できる筈もなく、加護と庇護の違いなどの差を理解できる筈は無い。精々我が頂いた物と同じような力を持っているのだなくらいである。

『チッ......質問に質問で返すな! まぁいい、何なら今から直接聞いてみるか? 私を即座に差し向けたくらいなのだから、当然今もあの御方は見ているぞ......機嫌が良ければ返答くらいはしてくれるかもな』

 不覚にも動転しすぎて対応を間違えてしまった。全く以て情けない......それと、妙に引っ掛かる事を仰っているが、今はそれ所ではない。

『ぐぅ......っ......失礼致しました。......我の様な矮小な存在では......バアル殿の加護と庇護の差を感じ取れないのです......それで......彼奴がバアル殿の事をババア等と抜かしたので斬りました......』

 なるようにしかならぬので理由を話した。我にはどのような沙汰が下るのだろうか......

『そうか......そのような下らぬ事であの子を斬ったのか......ふふふふふふ』

『我にとっては譲れない事でしたので......』

 感情が読めない。圧は弱まったが......

『あの御方があの子にそう呼ばれるのを推奨したのだから貴様がとやかく言うことでは無い。最近では私にもオババとでも呼べと言う始末だ......ッ!?』

 そう楽しそうに語るバエル殿......本当に理解出来ない。そのような呼び方をしろと言う方では無いだろうに......む? どうかしたのだろうか。

『......はい、畏まりました。ではその様に致します。
 おい、沙汰は追って言い渡す。貴様は沙汰が下るまで此処で大人しくしていろ!』

『御意に』

 どうやらバアル殿から命が下ったようだ。この場で即処断されなかったのは何故だろう。
 言い終わったバエル殿は此方に背を向け、空間を開き中へ入ろうとして――止まり、振り返った。

『そうだ。今のあの御方は名前をバル■■■様として居られるから間違えぬ様に。まぁ貴様如きでは理解できぬだろうが......一応な』

 先程までの威圧が児戯に思える程の威圧と共にそう言い放ち、去っていった。
 我は完全に彼奴への対応を間違えたようだ......我はバアル殿の......いや、バル■■■様のお情けで庇護下に置かれたモノ程度でしかないクセに......な。
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