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二章:暦の一族との邂逅

第26話:陰陽太極の女神達

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 ……目が覚める。いつもと同じで神綺の夢に誘われる感覚だ。
 誘われるように堕とされるように優しく奈落に堕とされる感覚――だけど、どうしてかいつもと雰囲気が違った。なんというか、暖かくて懐かしくて何処までも包み込んでくれるような、そんな感じなのだ。
 
「……何処だよここ」

 いつもの俺の成長した刃の姿。
 まぁ、それはいいのだが……どうしてか、居る場所が違ったのだ。
 いたのは湖の上に浮かぶ神社の前、相変わらずの神社だが……完全に場所が違う。
 黒ではなく石で出来た灰色の鳥居。そこから奥には大きな社が構えられており、石造りの参道の下を見れば見たことのない魚のような生き物が沢山居る。

「いやさ、本当に何処だよ。まじで心当たりないぞ俺」

 俺が覚えている限りこんな世界は知らない。
 こんな穏やかで綺麗で……何故かいるだけで感傷に襲われる場所なんて一切記憶にない。だけど、根本的なところでこの世界は神綺のモノ同じだろう……と、どうしてかそんな予感めいたモノが確かにある。

「あら、いらっしゃい――神綺の方に遊びに行こうと思ったけれどこっちに呼じゃったのね」

 で、少しすると聞き覚えはあるが全く違う声が耳に入ってきた。
 目を向ければ神社の奥には社の賽銭箱の上で浮くのは白いセーラー服を着た神綺の色違い。腰まで伸びる白い髪に真っ白な肌を盛った絶世とも言える少女がいた。

「…………は、九曜様? ――いや待て、なんで俺だと分かるんだよ」
「ふふ、だってわたしが見てるのは最初から魂だもの。気配も同じだし色も一緒、成長してるかどうかは些細な問題ね」

 ……そう言ったあとで手招きをしてくる女神様。
 ヒトデナシのこの少女が何を考えてるか分からないが、既に神綺の事を認知されている以上警戒する事しか出来ない。

「怖い顔しないで? ……私はただお話ししたいだけよ? それに私は神綺とは違うもの、呪いはしないわ――いえ、正確には呪えないの間違いね」
「……で、話ってなんだよ」
「あら聞いてくれるの? 嬉しいわ――と言っても、あんまり畏まらなくて良いわよ? あの子の姉として、初めての契約者と雑談をしに来ただけだから」

 鈴のような綺麗な声で警戒心の隙間を縫うように……甘く優しく言葉を紡ぐ少女。神綺と同じでどこまでも人を堕とす魔性の女神は、気を抜けば誘われる。
 それに今まじで聞き捨てならない言葉があった。
 姉だって? ……九曜が?
 確かに原作で登場時点から神綺様との関係は考察されていたが、それは終ぞ明かされなかった要素の一つ。それがこんな所で明かされた事実に俺の中のオタクが喜びかけたが、あまりの爆弾情報に普通に目眩がしてきた。 

「それにしても凄いのね刃、貴方程の依り代の才は見たことないわ――天性のモノでしょうし、本当に突然変異って言ったらいいのね」
「……バレてるのかよ」
「神なら分かるわ、貴方神性を持つ者からすると極上の餌よ? それこそ色んな意味でね。稀血でもあるから魔のモノも狙うでしょうし、とっても面白いのね」

 あぁ、一番お墨付きを貰いたくない人からそう言われると軽く鬱だ。
 子供の頃に婆さんである翠凰さんに言われたのは覚えてるが、それほどのモノってのは信じたくなかった。

「……あら? 今気付いたのだけど、契約してないのね。もうしてるモノだと思ってたけれど、あの子こんなに奥手だったの?」
「私は九曜と違って子供じゃないからよ……それより私の運命の人を取ろうとするの止めてくれないかしら?」
「あら、それが姉に対する態度? ――数百年ぶりだけど、変わってないのねお子様神綺」

 突如として俺と九曜様の前に遮るように現れる神綺。
 彼女は一本の刀を手に持ちながらその切っ先を相手に向けた。だが、九曜様は一切余裕を絶やさずにどこまでも笑顔でそう煽る。
 黒と白、殆ど全く同じ姿の二人が揃うこの空間。
 空気が急に変わりすぎて二人とも顔面偏差値たけぇな……と現実逃避してしまったが、多分俺は悪くない。

「それにしても人の社に急に来るなんて礼儀がなってないのね」

 そもそもだ。
 こんなに険悪な九曜様は原作で書かれてただろうか? ……いつ誰に対しても視点は違うし試練を与えるしヒトデナシな彼女だが、どこまでも一見優しそうではあったのだ。それがこんなになるって、どんだけ二人は仲悪いんだよ。

「そっちこそ、人の相手を勝手に連れて行くなんて頭に花でも咲いたのかしら? でも九曜が使えるのはナヴァグラハよね、遂に私の真似でも始めたの?」
「……殺すわ、神綺」
「それは私の言葉よ九曜」

 あ……思い出したぞ、確か原作で刃が後のメイン舞台である学園を襲撃したときにすっごく機嫌悪かったんだよな九曜様って……刃の事は認めてたのに神綺様が出た瞬間に殺意MAXで灼熱を使ってきたし。なんで忘れてたんだろうなぁ……。
 …………と、まぁ現実逃避はここまでにして。
 どうすればいいんだよこの状況、やばいぐらいに怖ぇよ。
 神綺の能力そして九曜様の能力を考えるに巻き込まれたら死ぬ。魂が剥き出し……というか、そのまま夢に連れてこられる状態で女神大激突とか起こったら余波で俺は逝くだろう。だからどうにしかして止めないといけない。

「……あの、二人とも喧嘩は止めないか? つもる話もあるだろうし、一時休戦じゃ駄目……ですか?」

 口調が崩れた。
 あまりの恐怖に普通に敬語になった。
 だってやべぇじゃん、原作最強と原作災強がぶつかるのなんて読者であった俺からすると一番見たくないから。

「貴方が言うならいいわ、九曜は感謝しなさい?」
「……そうね、子供に付き合っても意味がないものね。あと、流石に長居させると壊れちゃうから、現実に戻すわ。また今度お話ししましょうね刃」

 空間の主である彼女がそう言えば、俺の意識が堕ちていく感覚に襲われた。
 いや、正確に言えば上がる感覚だが……堕ちるように上がるという不思議な感覚に身を任せて俺が夢から追い出された。

            ◇ ◇ ◇ ◇

「じゃあ私達はお話ししましょうね神綺」
「嫌よ、私は帰るわ。彼が居ないしいる意味がないもの」

 残った二人は陽の気が満ちる社の中で睨み合っていた。
 険悪な態度を隠さず、互いに殺意をぶつけながらも牽制し合い――今にも戦闘が始まりそうな雰囲気。ここに刃がいたのなら、多分……いたら確実に胃痛に襲われるぐらいにはやばい空間だ。

「ねぇ、神綺? ――刃には死相が出てるわよ? それも沢山のケモノから狙われて、それに卯月に目を付けたあの龍にも」
「知ってるわ、そんなこと。だから私が守ってるの」
「へぇ、いまのでそう言えるのね――それなら精々今のままで守り抜きなさい? 初めての相手でしょう?」
「言われなくても分かってる――九曜こそ、彼を取ろうとしないで欲しいわ」
「妹のモノは姉のモノって言うでしょう? だから当然の権利よ」
「本当に殺したいわね、なんでこんなのが姉なのかしら?」

 参道の下にいた生き物たちは、既に彼女らから離れるように湖の下に潜っており完全に嵐が去るのを待っている。
 完全に今は二人しか居ないこの空間、ひびが入るほどに歪み始めてきた頃――これが最後と言いたいように九曜が口を開いた。

「姉だからよ……あとこれは忠告ね、彼を手に入れたいなら名を取り戻したらどう? 神在月の名をね」

 それに対しての返答はない。
 ただ踵を返して完全に姿を消し、神綺は九曜の世界から去って行った。

「……神在月の最高傑作と天性の依り代――ふふ、世界はこれからどうなるのかしらねとっても楽しみだわ――さぁ暦を回しましょう? はじめのけものを狩るために唄を歌って命を賭して――けもの唄を紡ぎましょう」 
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