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二章:暦の一族との邂逅

第19話:龍姫のいる非日常

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「……ふふ、可愛いわ」

 そんな一言で目が覚める。
 昼頃に自室で起きて見上げれば、そこにはここ二週間で見慣れた少女と目が合った。にこにこと笑顔を浮かべながら俺を見下ろす少女、何をする訳でもなく見下ろすだけの彼女から離れれば残念そうな声を漏らした。

「……ほんと兎みたいに逃げるわね」
「怖いからな……あと何回か言ったが部屋に忍び込むの止めてくれ」

 主にプライバシーが死ぬしさ……そこまでは口に出さないが、普通に起きると膝枕されてるのはビビるから止めて欲しい。だけど返ってくるのは予想通りの反応。

「嫌よ、最近の楽しみだもの」
「………………」
「やっぱり良い顔するわね」

 そしてこれはもう三回目ぐらいになるやり取りなのだが、少し慣れてきたのが複雑な気分だった。ドSというか……俺の複雑な表情を楽しんでいるのか龍華はめっちゃ困らせてくる。しかもキレないギリギリの範囲で……。
 正直なところ、強制契約が破れない時点で割と余裕がないが彼女の境遇を読者として見ていた俺からすると微妙に怒れない。
 俺が聖人って訳じゃないが、ずっと他者との関わりに飢えていたキャラだし……分かるというかさ。

「朝食はもう作ってあるわ。でももう昼だから、昼食になってしまうのだけれど」
「……誰のせいだよ誰の」
「勿論私よ? だって昨日も戦ったばかりじゃない。もしかして忘れたの?」
「忘れるわけ無いだろ、ここ連日ずっと戦ってるんだからさ。そのせいで大体昼起きだぞ俺は」

 自室で向かい合いながらそんな事を言い合う俺等。
 余裕を持って笑顔を浮かべる最恐ヒロイン様は本当に傍若無人の我が儘娘だ。原作ではここまで酷くなかったはずだが、あれは幾分か成長したから何だろう。
 今七歳らしいが、子供の頃の彼女は本当に酷いと思う。
 でも原作の良妻? の片鱗は今も見せてはいるし、割と恋愛脳な母さんを説得して俺のご飯を作るようになったしで、可愛い部分は少しあるのだ。

「なぁ、今更なんだがお前は何で家に来たんだよ」
「そんなの貴方に会う為よ、一年前お父様から話を聞いてずっと会いたかったの。それにあのお土産を見て強いとは分かっていたから」

 これ、戦犯は逢魔さんだけど何割か俺が悪いよな。
 ……喉から出かけたその言葉を飲み込みつつ、自分の軽率な行動に後悔する。
 一年ほど前のこと、帰り際の逢魔さんに頼まれて氷の造花を作ったのを覚えているが少し張り切ってしまい割と本気で霊力を込めてアレを作ったんだけどさ……過去に戻れるなら興味持たれるから止めろって過去の俺に言いたい位には今後悔してる。
 何を考えてるか分からないが、微笑む彼女は怖い。俺の中では怒った時の神綺様の次くらいに怖い。

「どうしたの急にこっちを見て」
「いや、なんでもない」

 ――――卯月の龍姫りゅうき
 恐怖に襲われながらもそう呼ばれる彼女の事を改めて思い返す。
 卯月の家は旧暦の四月を司り、本来なら木兎という神の加護を受けて生まれてくる一族で、他所の龍の加護を受けて生まれてしまった忌み子。
 幸い親である逢魔さん達からは愛情を受けたが、それ以外の他者とは決して触れあえず、触れれば呪いを与えてしまうというある意味で神綺様に近い少女だ。
 まぁ、神綺様は名前を教えるだけでアウトだし……呪いのレベルだけで言うと神である彼女の方が強いので別人ではあるが、境遇としては彼女と似ているという覚え方で良い。

「恥ずかしいから、先に戻ってるわね」

 暫く見続けていると顔を赤くした龍華が立ち上がってそう言った。
 
「ん、了解……ホント重いけど色々可愛いんだよなぁ」
 
 先に居間に戻る彼女を見送ってから、そんな言葉を吐く。
 彼女は原作では最恐キャラと言われるくらいに愛が重く、剣に敵対する者には一切の容赦がなくて、とても一途で重いことを覗けばかなりのヒロイン力を持っている。
 これはマジで思うのだが、本当に対象が俺じゃなかったら普通に愛が重いだけで微笑ましく感じるぐらいには彼女は本来初心なのだ。
 それは剣との関係値もあるだろうけど、怖いのに時折見せる初心さが可愛かったなぁと……前世で読んだであろう記憶を頼りにそう思った。

「とりあえず、居間に行くか」

 ご飯を作ってくれたのなら食べないのも悪いし、せっかくの食材が勿体ないから。 
 あと変なとこで初心な彼女が何か盛るみたいな事は考えなくていいだろうし、何より彼女の料理は美味い、それに作られた物には罪はないので食べないという選択肢はないよな。

「ねぇ刃、どうして昨日も私は負けたの?」
「そりゃあルールがルールだし、単純に相性問題」
「教えてくれると嬉しいわ」
「…………飯の礼になる分ぐらいなら」
「ならお願いね」

 食事中そう頼まれたので、ご飯の礼として少し解説することにした。
 昨日は一撃当てた方が勝ちというルールの下で、父さん監修で戦ったのだが……植物をメインで操り戦う彼女と俺とだと相性的にこっちの方が有利なのだ。
 現状の彼女が操れる植物は寒さに弱い。無からある程度の植物や岩石を作れる彼女だがまだ幼い故か創れるもの操れるものに限度があるらしく、それのおかげで勝ち越せてる感じだ……と、今のと似たような事を説明し俺は食事を終える。

「そうね、確かに今の私だとそうよね。でも変ね刃、その言い方だと私がもっと強くなると思っている言い方よ?」
「そりゃあ、お前凄いし。実際強くなるだろ?」

 それにこれは言えないが、原作で強くなった姿を死ぬほど見ているのでそんな風に断言できるのだ。最終的に溶岩操る彼女の姿を覚えてる俺からすると、彼女が弱い姿なんて想像出来ない――そんな事を思い、俺は苦笑する。
 百を超えるケモノの大群を溶岩に沈めた彼女が頭に過ったからだ。
 というかさ、現時点で溶岩などを使えてたら割と冗談抜きで負けるからやばい。

「そういえば刃、何度も言うけど正式に私の式神になる気はないかしら?」
「嫌だよ。強制契約は解除する気だし、お前の式神になる気は無い」
「そう、残念ね。でも私は諦めないわよ?」
「知ってる。ここ数日でそれは理解したからさ」

 この勧誘は四回目ぐらい、何度言われても答えは変わらないが……彼女は諦めずにそう言い続けてくる。諦めが悪いというか、家族以外で唯一触れあえ戦えるであろう俺が本当に欲しいのだろうから。

「それにね、あの時の貴方は私の誘いに乗ってくれたでしょう?」
「あの時って最初に会った時だよな」
「えぇ、逃げればよかったのに本気で私に向かってくれたじゃない」

 いやそれは不可抗力というか、お前の一言が怖かったというかさ。
 というかあれを誘いに乗るってのは酷い勘違いだと思う。

「だって怖かったじゃんお前」
「それでもよ、私の霊力を前にして立ち向かったという事実だけで嬉しいの。あの時私も本気だったから」

 こう、何を言ってもいい方に捉えられるのはなかなかにつらい。
 龍華を知ってるからこそ逃げられなかったし、逃げられないのを知ってたしのあの瞬間。本当にどうすればよかったんだろうか?

「なぁ、そういえばさお前はどうして強くなろうとしたんだ?」

 ふと思った疑問、これについては原作でも語れなかったこと。
 読者としてもこの世界で生きる今の俺からしても聞いてみたかったのでそう聞いてみれば……龍華は少し驚いた様な顔をした。

「どうした?」
「貴方が私に興味を持つなんて、数日に一緒にいてはじめてだわ。だから驚いたの」

 驚いた様な表情、だけど嬉しそうな彼女はこう続ける。

「お母様に言われたの、誰にも負けないくらいに強くなりなさいって――だから私は強くならなくちゃいけないのよ」
「……約束か?」
 
 そういえば龍華の母親は、龍華が四歳の頃ぐらいに亡くなってると描写されていた。きっと今のは大事な約束なんだろう。
 
「えぇ、そして私を負かす人が現れたらその人を逃がさないようにしなさいって」
「……えぇ、落差が」
「ふふ、だって強くなった私を倒せる人よ? その人ならきっと私を真っ直ぐ見てくれるはずでしょう?」

 そう言って絞めくくり、ちょっと赤い顔で別室に向かう龍華。
 夜ご飯の献立を考えるわといいながら、歩き去って行くお姫様を変な気分で見送った俺は食器を片付けることにして、キッチンに皿を運ぶことにした。
 そして、珍しく模擬戦に誘われなかった午後のこと、一人訓練場で鍛錬してると剣と孤蝶がやってきた。

「なんだ二人とも?」
「…………兄様、最近どうして遊んでくれないのですか」
「……あいつに言ってくれ」
「やっぱりあの龍華という人のせいなのですね。孤蝶の言った通りでした。だから兄様戦いましょう」
「なぁ剣、脈絡何処行った?」

 龍華が悪いのと俺と戦うのに何の関係があるんだよ。

「難しい事言わないでください。とにかく私は兄様を倒して構って貰うんです」
「あー……了解。それと孤蝶はあとで説教」
「私は悪くない、構わない刃が悪いから。それに今日は二対一、鬱憤晴らさせて」

 そう言って刀を構える俺の式神少女と木刀を構える未来の主人公様。
 拒否権というものがなさそうなこの空間で、とりあえず木刀を持った俺は仕方なく戦う事にした。
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