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第51話 告白(2)
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その翌日のバイトで、小さな出来事があった。事件と呼ぶほどのことではないのだが、その日も私と同じく二日連続で働いていたハンサムボーイの須田さんが、「後で少し話いい?」と声をかけてきたのだ。
その声のトーンや表情、視線、シチュエーションから勘案すると、恐らく告白系のイベントだろう。これが学校なら「後で話よくない」の一言で終わらせられるが、バイトでお世話になっている先輩となるとそうもいかない。
何もわからない顔でOKして、バイトが終わった後、二人でカラオケ店を出た。今日も朝から夕方までで、まだ明るくて暑い時間だ。年上の男性と歩いていることにいささか緊張しながら汗を拭うと、須田さんが突然こう言った。
「最近の若者は、リスクを恐れる傾向がある」
「そうですね。私もあまり冒険はしないタイプです」
身長差があるので顔ごと見上げると、須田さんは恥じらうように視線を逸らせた。反応に困る反応だ。
一瞬沈黙があったので、あまり居心地が悪くならないようにどうでもいい質問をしてみた。
「コンビニで新商品があったら、買う方ですか?」
「あー、あんまり」
「私もです。でも、友達といたら買うかもです。ネタになるので」
「それの味より、友達の反応の方が興味あるのはあるあるだな」
「私は特に、友達に依存して生きてますから」
「今澤さん?」
「大事な一人ですね」
涼夏と絢音の紹介をするような流れでもなかったので、それだけ言って反応を窺うと、須田さんは小さく深呼吸をした後、意を決したように足を止めて私を見下ろした。
「こういうことを野阪さんに聞くのもあれかもしれないけど」
「はい」
「今澤さんって、彼氏いたりする?」
「えっ? 奈都?」
まったく想定しなかった展開に、思わず変な声が出た。須田さんは少しも笑うことなく、真剣な顔で頷いた。
つまり、須田さんは奈都のことが好きで、告白したいと思っているが、その前に彼氏がいるかどうかを友達である私に確認したかった、という解釈で間違いないだろう。
こうなると私の予想は少々自惚れだったが、私は告白された回数が両手で足りないし、逆に奈都のことを聞かれた経験はゼロなので許して欲しい。告白イベントだったのは確かなので、私の予想は当たらずとも遠からずだった。
「えっと、いないです」
つい断言してしまったが、実際のところ奈都に彼氏がいる可能性はない。四六時中一緒にいるからそれは間違いないし、そうでなくても奈都が彼氏を作るのは考えにくい。それは須田さんが彼氏を作らないのと同じだ。はっきりと本人の口から聞いたことはないが、奈都が女の子を好きなのはもはや暗黙の了解だ。
もっとも、それも単に私が好きなだけで、本当に恋愛対象が女性なのかはわからない。恐らく本人もそんな分析はしていないだろう。
ともあれ、そんなややこしい話は今するべきではないし、そもそも私の口から言っていい話でもない。
「そっか。どう思う?」
須田さんが手のやり場に困ったように頭を掻いた。どう、というのは、須田さんが奈都の彼氏にふさわしいか、あるいは奈都がOKするかどうか、私の意見を聞いているのだろう。
ないですね、とは言いにくい。その理由は話せないし、私が友達を取られるのが嫌で、須田さんに告白させないようにしていると取られるのも困る。
「どうでしょう。あまり、恋愛の話はしたことがなくて」
曖昧に誤魔化す。こういう時、どんな反応をするのが正解なのか、まったくわからない。猪谷先生を召喚したいくらいだ。
私の内心の葛藤を知ってか知らずか、須田さんは難しそうに呟いた。
「ダメだった時に、気まずくなるのは避けたい。でも、今澤さんは短期バイトだし、可能性があるなら告りたいし、もしOKがもらえるなら夏に一緒に遊びたいから、少しでも早くチャレンジしたい」
「それはまあ、理解できます」
須田さんが気になっているのが奈都でなければ、まったく同じことを言って応援しただろう。しかし、相手が奈都なら応援するわけにはいかない。いい顔をするために背中を押すのは簡単だし、それで告白の結果が変わることもないが、私が応援したと知ったら、奈都はまた機嫌を損ねるだろう。
とりあえず曖昧に共感だけして逃げようと思ったら、先に須田さんが退路を塞いできた。
「野阪さん、セッティングとかお願いできない?」
須田さんが突然両手を合わせて目をつむった。私は思わず「えーっ!」と素っ頓狂な声を出して首を振った。
「今日、私を誘ったみたいに誘えばいいじゃないですか!」
「ほら、今澤さん、野坂さんと違って警戒心強めだから」
「私も警戒しまくりですよ! 人の形をした警報器って呼ばれてますよ!」
「マジで?」
「いえ、嘘です」
そんなことはないが、学校では壁を作りまくっているのは確かだ。バイトでは多少社交的に振る舞っているし、作っている壁も、会っている時間が短いと見えないのかもしれない。
何にしろ、私が奈都に対してそんな場を作るのはNGだ。逆ならまあ、奈都の立場的無念を理解してあげられるが、あの子は間違いなく怒るか不貞腐れる。
しかし、理由も言わずに拒否するのも申し訳ない。私にこの相談をするのだって、少なからず考えて勇気を出したはずだ。お世話になっている人のそういう努力を無碍には出来ない。
「まあちょっと考えてみます。ただ、学校で奈都に告白した人は全員振られてますから、結果には期待しない方がいいと思います」
私の考えではなく、事実を淡々と伝えると、須田さんは「可愛いもんなぁ」と唸った。
さもたくさん振っているような表現を使ったが、私の言った「全員」は恐らく2人だ。去年の秋に相談されたのと、確か終業式の前後にも告白されていたはずである。
「ちなみに、野阪さんは彼氏いないの? ご存知の通り、バイトの男子の一番人気だけど」
いかにもついでというふうに、須田さんがそう聞いてきた。一番人気という割には、須田さん自身は私に興味がなさそうだし、大したことはないだろう。
「ご存知じゃないし、いませんね」
ここで、奈都とよくキスとかする仲だと打ち明けたら、バイト先でのあらゆる恋愛沙汰を遠ざけられるが、奈都の許可なく言うことは出来ないし、デメリットも多い。学校でもそうしているように、それは切り札に取っておこう。
須田さんが何故か自慢げに、具体的な名前を挙げて私を狙っている人を教えてくれた。お礼のつもりだろうか。
今須田さんが名前を挙げた人たちが、どうか私に告白してこないことを願うばかりである。
その声のトーンや表情、視線、シチュエーションから勘案すると、恐らく告白系のイベントだろう。これが学校なら「後で話よくない」の一言で終わらせられるが、バイトでお世話になっている先輩となるとそうもいかない。
何もわからない顔でOKして、バイトが終わった後、二人でカラオケ店を出た。今日も朝から夕方までで、まだ明るくて暑い時間だ。年上の男性と歩いていることにいささか緊張しながら汗を拭うと、須田さんが突然こう言った。
「最近の若者は、リスクを恐れる傾向がある」
「そうですね。私もあまり冒険はしないタイプです」
身長差があるので顔ごと見上げると、須田さんは恥じらうように視線を逸らせた。反応に困る反応だ。
一瞬沈黙があったので、あまり居心地が悪くならないようにどうでもいい質問をしてみた。
「コンビニで新商品があったら、買う方ですか?」
「あー、あんまり」
「私もです。でも、友達といたら買うかもです。ネタになるので」
「それの味より、友達の反応の方が興味あるのはあるあるだな」
「私は特に、友達に依存して生きてますから」
「今澤さん?」
「大事な一人ですね」
涼夏と絢音の紹介をするような流れでもなかったので、それだけ言って反応を窺うと、須田さんは小さく深呼吸をした後、意を決したように足を止めて私を見下ろした。
「こういうことを野阪さんに聞くのもあれかもしれないけど」
「はい」
「今澤さんって、彼氏いたりする?」
「えっ? 奈都?」
まったく想定しなかった展開に、思わず変な声が出た。須田さんは少しも笑うことなく、真剣な顔で頷いた。
つまり、須田さんは奈都のことが好きで、告白したいと思っているが、その前に彼氏がいるかどうかを友達である私に確認したかった、という解釈で間違いないだろう。
こうなると私の予想は少々自惚れだったが、私は告白された回数が両手で足りないし、逆に奈都のことを聞かれた経験はゼロなので許して欲しい。告白イベントだったのは確かなので、私の予想は当たらずとも遠からずだった。
「えっと、いないです」
つい断言してしまったが、実際のところ奈都に彼氏がいる可能性はない。四六時中一緒にいるからそれは間違いないし、そうでなくても奈都が彼氏を作るのは考えにくい。それは須田さんが彼氏を作らないのと同じだ。はっきりと本人の口から聞いたことはないが、奈都が女の子を好きなのはもはや暗黙の了解だ。
もっとも、それも単に私が好きなだけで、本当に恋愛対象が女性なのかはわからない。恐らく本人もそんな分析はしていないだろう。
ともあれ、そんなややこしい話は今するべきではないし、そもそも私の口から言っていい話でもない。
「そっか。どう思う?」
須田さんが手のやり場に困ったように頭を掻いた。どう、というのは、須田さんが奈都の彼氏にふさわしいか、あるいは奈都がOKするかどうか、私の意見を聞いているのだろう。
ないですね、とは言いにくい。その理由は話せないし、私が友達を取られるのが嫌で、須田さんに告白させないようにしていると取られるのも困る。
「どうでしょう。あまり、恋愛の話はしたことがなくて」
曖昧に誤魔化す。こういう時、どんな反応をするのが正解なのか、まったくわからない。猪谷先生を召喚したいくらいだ。
私の内心の葛藤を知ってか知らずか、須田さんは難しそうに呟いた。
「ダメだった時に、気まずくなるのは避けたい。でも、今澤さんは短期バイトだし、可能性があるなら告りたいし、もしOKがもらえるなら夏に一緒に遊びたいから、少しでも早くチャレンジしたい」
「それはまあ、理解できます」
須田さんが気になっているのが奈都でなければ、まったく同じことを言って応援しただろう。しかし、相手が奈都なら応援するわけにはいかない。いい顔をするために背中を押すのは簡単だし、それで告白の結果が変わることもないが、私が応援したと知ったら、奈都はまた機嫌を損ねるだろう。
とりあえず曖昧に共感だけして逃げようと思ったら、先に須田さんが退路を塞いできた。
「野阪さん、セッティングとかお願いできない?」
須田さんが突然両手を合わせて目をつむった。私は思わず「えーっ!」と素っ頓狂な声を出して首を振った。
「今日、私を誘ったみたいに誘えばいいじゃないですか!」
「ほら、今澤さん、野坂さんと違って警戒心強めだから」
「私も警戒しまくりですよ! 人の形をした警報器って呼ばれてますよ!」
「マジで?」
「いえ、嘘です」
そんなことはないが、学校では壁を作りまくっているのは確かだ。バイトでは多少社交的に振る舞っているし、作っている壁も、会っている時間が短いと見えないのかもしれない。
何にしろ、私が奈都に対してそんな場を作るのはNGだ。逆ならまあ、奈都の立場的無念を理解してあげられるが、あの子は間違いなく怒るか不貞腐れる。
しかし、理由も言わずに拒否するのも申し訳ない。私にこの相談をするのだって、少なからず考えて勇気を出したはずだ。お世話になっている人のそういう努力を無碍には出来ない。
「まあちょっと考えてみます。ただ、学校で奈都に告白した人は全員振られてますから、結果には期待しない方がいいと思います」
私の考えではなく、事実を淡々と伝えると、須田さんは「可愛いもんなぁ」と唸った。
さもたくさん振っているような表現を使ったが、私の言った「全員」は恐らく2人だ。去年の秋に相談されたのと、確か終業式の前後にも告白されていたはずである。
「ちなみに、野阪さんは彼氏いないの? ご存知の通り、バイトの男子の一番人気だけど」
いかにもついでというふうに、須田さんがそう聞いてきた。一番人気という割には、須田さん自身は私に興味がなさそうだし、大したことはないだろう。
「ご存知じゃないし、いませんね」
ここで、奈都とよくキスとかする仲だと打ち明けたら、バイト先でのあらゆる恋愛沙汰を遠ざけられるが、奈都の許可なく言うことは出来ないし、デメリットも多い。学校でもそうしているように、それは切り札に取っておこう。
須田さんが何故か自慢げに、具体的な名前を挙げて私を狙っている人を教えてくれた。お礼のつもりだろうか。
今須田さんが名前を挙げた人たちが、どうか私に告白してこないことを願うばかりである。
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