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第49話 沖縄 9
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二日目の午後である。すでに十三時でお腹も空いたので、チェックインの時にもらったウェルカムドリンクのチケットを使いがてら、ホテルのカフェでお昼にすることにした。
クラブハウスサンドがオススメのようなので、私と絢音はそれにしたが、奈都はカレーを、涼夏はパスタを注文した。がっつり食べたい気持ちはあるが、今日はこれからまだカフェに入る予定だ。いくら意味のある暑さでも、海も満喫した今、暑さに弱い涼夏がずっと外にいるはずがない。
リュックを背負って外に出ると、まずホテルのステーションで自転車を借りた。もっとも、四台もないので、近くの別のホテルのステーションまで歩いて残りを調達する。
「便利だけど、四人で動くにはちょっと不向きかな」
「赤嶺なら二十台以上あったし、場所にもよるんじゃない?」
「それは言えるか」
国道沿いを北に向かって走り、国立劇場の辺りで海沿いの道に入る。ホテルからおよそ七キロほど走ると、前方右手にパルコシティが見えてきた。左手には綺麗な海が広がっている。
あしびなーと同じ結果になることはわかっていながらも、せっかくなので入ってみることにした。南の端から北の端まで四〇〇メートルくらいある巨大な建物で、一階から三階まで全部見て回ったら、外で自転車を漕ぐより疲れそうだ。
「イオンモールウォーキングならぬ、パルコシティウォーキング」
隊長を先頭に三十分ほど回り、結局何も買わずに外に出た。欲しいものがないというよりは、荷物が入らないといった方が正しいだろう。
「どこかで海人Tシャツが欲しいとは思ってるんだけどね」
奈都が屈託のない笑顔でそう言って、同意を求めるように私を見た。全然欲しいと思わなかったので、さりげない仕草で視線を逸らせると、奈都が驚いたように眉を上げて無念そうに首を振った。
「心の距離を取られた」
「いや、たまに着てる人見るし、何の偏見もないけど、自分が着たいとは思わなかったから」
パルコシティを出ると、海沿いの道を逸れて再び国道に戻った。そこから少し走ったところに、港川ステイツサイドタウンという小さなモールがあり、そこがこの午後の一番の目的地だった。
かつての外国人向けの住宅が建ち並び、今はカフェやレストラン、雑貨屋や土産物屋に使われている。通りにはアメリカの州の名前がつけられていて、オシャレな外観で写真映えもすることから、観光客に大人気とのことだ。
道の広さの割に車通りが多いのは、同じ目的地に向かう人たちだろう。コインパーキングの看板を眺めながら、適当な場所に自転車を駐めた。どう考えても自転車は便利だが、そもそもまだ高校生で、車という選択肢がないからそう感じるだけだろうか。
「そろそろ私の物欲を解き放とう」
涼夏が気合いを入れるように拳を握った。子供っぽい仕草が可愛らしい。微笑みながら眺めていると、涼夏に半眼で睨まれた。
「その、我が子を見守る母親みたいな目、やめて」
「涼夏って、煮ても焼いても可愛いよね」
「新しい日本語だな」
涼夏が不思議そうに首を傾げる隣で、絢音がお腹を押さえて肩を震わせた。ウケたのなら何よりだ。
港川ステイツサイドタウンには十の通りがあり、六十を超える店が並んでいる。ジョージア、テキサス、インディアナと順番に見て回る。
外観もカラフルで可愛らしく、看板や壁の絵はもちろん、青く塗られた木の柵や、塀から覗かせる南国の木々一つ取っても絵になる。
涼夏が上機嫌で写真を撮りながら、時々お店にも入ってお土産を物色する。夜にまた国際通りにも行くつもりだが、立地的にもアイテム的にも思い出的にも、ここで買った方が良いだろう。
「可愛いカップとか欲しいよね。三人でお揃い」
「そうだねー」
涼夏と絢音がそんな会話をしながら、陶器製のカップを手に取ると、隣で奈都が驚いた顔で自分を指差した。
「三人って、私は? あっ、涼夏とアヤと私? チサはほら、御神体みたいなものだから、数に入ってない?」
「ナッちゃんは帰宅部じゃないから……」
「うん……」
二人が暗い顔で俯くと、奈都が悲鳴を上げて涼夏にすがりついた。とても仲良しだ。
結局涼夏はハチミツとイヤリング、有名なカヌレを買い、絢音は沖縄の木材を使ったコースターを買った。奈都はアメリカンなTシャツを買っていたが、いつからTシャツ好きになったのだろう。聞いてみたら、奈都はなんでもないように言った。
「別に、目覚めてはないけど。まあほら、私ってボーイッシュな感じだし、Tシャツとか似合うじゃん?」
「奈都がボーイッシュ?」
三人で顔を見合わせる。私は昔の髪の毛が短かった奈都を知っているから、辛うじて言いたいことを理解できるが、それももう何年も前の話だ。
「奈都は、すごく女の子だよ?」
そう言いながら胸を揉むと、奈都がマンガのように飛び退いて、抱え込むように胸を押さえた。
「なんでいきなり揉むの!?」
「なんでって言われても……。奈都は可愛いし、髪も伸びたし、仕草も女の子っぽいし、全然ボーイッシュじゃないよってことが言いたかった」
丁寧に説明すると、絢音が小さく噴き出して、笑いながら涼夏の肩に額を押し当てた。
「言いたかったことと行動が全然合ってない。すごく面白い」
「うん。千紗都もナッちゃんも面白いな」
「待って。私は被害者だから!」
楽しく会話しながら、数あるカフェから一店選んで中に入った。海をイメージした青と白のペイントに、海っぽい小物が並べられたり吊るされたりしている。
タルトやらケーキやらを頼み、涼夏はまたノンアルコールカクテルを注文した。誰に見せるでもないが、オシャレなドリンクと一緒に撮影して喜んでいる。とても可愛い。
「やっぱりお金があると、選択の幅が広がるね」
奈都が涼夏のドリンクを借りて写真を撮りながら呟いた。この夏も二人で一緒に、去年と同じカラオケでバイトをしている。だいぶ早い段階でお願いしていたので、また二人一緒に雇ってもらえたが、例のごとく給料が入るのは夏休み終盤だ。
涼夏がストローをくわえながら、怪しげな瞳で言った。
「今夜、ナッちゃんの気持ち次第では、オシャレなドリンクを奢ってあげなくもない」
「いや、気持ちって何!?」
奈都が慌てた様子で手を振って、私も思わず手を広げた。
「この子は私のだから!」
「みんな千紗都のじゃん。ちょっと貸してよ」
「まあ、ちょっとだけなら……」
「えーっ!」
私があっさり折れると、奈都が顔を赤らめて身を乗り出した。
涼夏と奈都の組み合わせは、四人の中で一番距離を感じるので、是非とももっと親密になってもらいたい。その過程で必要なら、キスくらいはしてもらって構わない。
「涼夏と奈都か……」
テーブルに肘をついてうっとりと目を細めると、奈都が「しないから!」と大袈裟な動きで手を振った。
「そんなに全力で否定されると傷付くな……」
涼夏がしゅんと項垂れて、奈都が泣きそうな顔で頭を抱えた。そんな二人を、絢音がにこにこしながら眺めている。
ふと窓から外を見ると、輪郭の濃い夏の雲が浮かんでいた。今日も平和だ。
クラブハウスサンドがオススメのようなので、私と絢音はそれにしたが、奈都はカレーを、涼夏はパスタを注文した。がっつり食べたい気持ちはあるが、今日はこれからまだカフェに入る予定だ。いくら意味のある暑さでも、海も満喫した今、暑さに弱い涼夏がずっと外にいるはずがない。
リュックを背負って外に出ると、まずホテルのステーションで自転車を借りた。もっとも、四台もないので、近くの別のホテルのステーションまで歩いて残りを調達する。
「便利だけど、四人で動くにはちょっと不向きかな」
「赤嶺なら二十台以上あったし、場所にもよるんじゃない?」
「それは言えるか」
国道沿いを北に向かって走り、国立劇場の辺りで海沿いの道に入る。ホテルからおよそ七キロほど走ると、前方右手にパルコシティが見えてきた。左手には綺麗な海が広がっている。
あしびなーと同じ結果になることはわかっていながらも、せっかくなので入ってみることにした。南の端から北の端まで四〇〇メートルくらいある巨大な建物で、一階から三階まで全部見て回ったら、外で自転車を漕ぐより疲れそうだ。
「イオンモールウォーキングならぬ、パルコシティウォーキング」
隊長を先頭に三十分ほど回り、結局何も買わずに外に出た。欲しいものがないというよりは、荷物が入らないといった方が正しいだろう。
「どこかで海人Tシャツが欲しいとは思ってるんだけどね」
奈都が屈託のない笑顔でそう言って、同意を求めるように私を見た。全然欲しいと思わなかったので、さりげない仕草で視線を逸らせると、奈都が驚いたように眉を上げて無念そうに首を振った。
「心の距離を取られた」
「いや、たまに着てる人見るし、何の偏見もないけど、自分が着たいとは思わなかったから」
パルコシティを出ると、海沿いの道を逸れて再び国道に戻った。そこから少し走ったところに、港川ステイツサイドタウンという小さなモールがあり、そこがこの午後の一番の目的地だった。
かつての外国人向けの住宅が建ち並び、今はカフェやレストラン、雑貨屋や土産物屋に使われている。通りにはアメリカの州の名前がつけられていて、オシャレな外観で写真映えもすることから、観光客に大人気とのことだ。
道の広さの割に車通りが多いのは、同じ目的地に向かう人たちだろう。コインパーキングの看板を眺めながら、適当な場所に自転車を駐めた。どう考えても自転車は便利だが、そもそもまだ高校生で、車という選択肢がないからそう感じるだけだろうか。
「そろそろ私の物欲を解き放とう」
涼夏が気合いを入れるように拳を握った。子供っぽい仕草が可愛らしい。微笑みながら眺めていると、涼夏に半眼で睨まれた。
「その、我が子を見守る母親みたいな目、やめて」
「涼夏って、煮ても焼いても可愛いよね」
「新しい日本語だな」
涼夏が不思議そうに首を傾げる隣で、絢音がお腹を押さえて肩を震わせた。ウケたのなら何よりだ。
港川ステイツサイドタウンには十の通りがあり、六十を超える店が並んでいる。ジョージア、テキサス、インディアナと順番に見て回る。
外観もカラフルで可愛らしく、看板や壁の絵はもちろん、青く塗られた木の柵や、塀から覗かせる南国の木々一つ取っても絵になる。
涼夏が上機嫌で写真を撮りながら、時々お店にも入ってお土産を物色する。夜にまた国際通りにも行くつもりだが、立地的にもアイテム的にも思い出的にも、ここで買った方が良いだろう。
「可愛いカップとか欲しいよね。三人でお揃い」
「そうだねー」
涼夏と絢音がそんな会話をしながら、陶器製のカップを手に取ると、隣で奈都が驚いた顔で自分を指差した。
「三人って、私は? あっ、涼夏とアヤと私? チサはほら、御神体みたいなものだから、数に入ってない?」
「ナッちゃんは帰宅部じゃないから……」
「うん……」
二人が暗い顔で俯くと、奈都が悲鳴を上げて涼夏にすがりついた。とても仲良しだ。
結局涼夏はハチミツとイヤリング、有名なカヌレを買い、絢音は沖縄の木材を使ったコースターを買った。奈都はアメリカンなTシャツを買っていたが、いつからTシャツ好きになったのだろう。聞いてみたら、奈都はなんでもないように言った。
「別に、目覚めてはないけど。まあほら、私ってボーイッシュな感じだし、Tシャツとか似合うじゃん?」
「奈都がボーイッシュ?」
三人で顔を見合わせる。私は昔の髪の毛が短かった奈都を知っているから、辛うじて言いたいことを理解できるが、それももう何年も前の話だ。
「奈都は、すごく女の子だよ?」
そう言いながら胸を揉むと、奈都がマンガのように飛び退いて、抱え込むように胸を押さえた。
「なんでいきなり揉むの!?」
「なんでって言われても……。奈都は可愛いし、髪も伸びたし、仕草も女の子っぽいし、全然ボーイッシュじゃないよってことが言いたかった」
丁寧に説明すると、絢音が小さく噴き出して、笑いながら涼夏の肩に額を押し当てた。
「言いたかったことと行動が全然合ってない。すごく面白い」
「うん。千紗都もナッちゃんも面白いな」
「待って。私は被害者だから!」
楽しく会話しながら、数あるカフェから一店選んで中に入った。海をイメージした青と白のペイントに、海っぽい小物が並べられたり吊るされたりしている。
タルトやらケーキやらを頼み、涼夏はまたノンアルコールカクテルを注文した。誰に見せるでもないが、オシャレなドリンクと一緒に撮影して喜んでいる。とても可愛い。
「やっぱりお金があると、選択の幅が広がるね」
奈都が涼夏のドリンクを借りて写真を撮りながら呟いた。この夏も二人で一緒に、去年と同じカラオケでバイトをしている。だいぶ早い段階でお願いしていたので、また二人一緒に雇ってもらえたが、例のごとく給料が入るのは夏休み終盤だ。
涼夏がストローをくわえながら、怪しげな瞳で言った。
「今夜、ナッちゃんの気持ち次第では、オシャレなドリンクを奢ってあげなくもない」
「いや、気持ちって何!?」
奈都が慌てた様子で手を振って、私も思わず手を広げた。
「この子は私のだから!」
「みんな千紗都のじゃん。ちょっと貸してよ」
「まあ、ちょっとだけなら……」
「えーっ!」
私があっさり折れると、奈都が顔を赤らめて身を乗り出した。
涼夏と奈都の組み合わせは、四人の中で一番距離を感じるので、是非とももっと親密になってもらいたい。その過程で必要なら、キスくらいはしてもらって構わない。
「涼夏と奈都か……」
テーブルに肘をついてうっとりと目を細めると、奈都が「しないから!」と大袈裟な動きで手を振った。
「そんなに全力で否定されると傷付くな……」
涼夏がしゅんと項垂れて、奈都が泣きそうな顔で頭を抱えた。そんな二人を、絢音がにこにこしながら眺めている。
ふと窓から外を見ると、輪郭の濃い夏の雲が浮かんでいた。今日も平和だ。
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